日本三大朝市のひとつ「勝浦朝市」は、430年の歴史を誇る青空市場として勝浦の歴史を紡いできた。だが近年は需要が低下し、来訪者・出店者ともに減少傾向にある。勝浦市は、朝市の復活を目指す第一歩として「AIBeacon」による来訪者の見える化に着手した。

  • (左から)NTT東日本 千葉事業部 地域ICT化推進部 豊後碧氏、勝浦市役所 観光商工課 定住・ビジネス支援係 係長 菰田和徳氏、かつうら朝市の会 会長 江澤修氏、アドインテ セールスプランニング Div. 増田 遼太朗氏

勝浦朝市ににぎやかさを取り戻したい

千葉県の南東部に位置する勝浦市。沖を黒潮が流れる海沿いの街であり、豊かな自然のもとで楽しむ釣りやサーフィン、新鮮な海と山へは多くの来訪者を楽しませてきた。「かつうらビッグひな祭り」や「勝浦タンタンメン」など、イベントやご当地グルメにも事欠かない。

その中でも古い歴史を持っているのが「勝浦朝市」。観光資源であると同時に、勝浦という地域を支えてきた生活の台所だ。2022年3月の時点で、勝浦朝市の登録数は70店舗。平日は20~30店舗、土日は40~50店舗ほどで、第二・第四日曜日に開催している「Katsuuraあさいちshareマルシェ」では70店舗近い出店者が参加している。

だが、15年ほど前の参加数は約120店舗。もっとも盛況だったころは約200店舗と、その数は年々減少を続けている。原因はレジャーの多様化、少子高齢化の進行、大型店舗の出店などさまざまだが、観光需要・生活需要ともに低下していることは否定できない。さらに近年は新型コロナウイルス感染症の流行により、その傾向はより加速。追い打ちをかけられるような状況になっている。

来訪者・出店者の減少に歯止めをかけるため、勝浦朝市はそれまで肌感覚でしか掴めていなかった来訪者の"見える化"を検討。2021年7月にNTT東日本とアドインテからの提案を受け、「AIBeacon(エーアイビーコン)」の導入を進めた。

今回は勝浦市役所を伺い、勝浦朝市の現状、そして「AIBeacon」がもたらす効果について、かつうら朝市の会、勝浦市役所、NTT東日本 千葉事業部、アドインテにお話を聞いた。

  • 津波を避けられるよう、高台に建てられている勝浦市役所

来訪者を「見える化」しPR活動に活かす

「勝浦朝市を再び盛り上げるため、かつうら朝市の会は近年、攻めの広報を進めてきました。以前は出店者保護のために同業種の店舗を入れない方針だったのですが、私の代からは解禁し、大いに競ってもらう形にしました。また、浅草のふるさとまつりに出張したり、キャンプ場に出店したり、さまざまな試みを行っています」(かつうら朝市の会 会長 江澤氏)。

  • かつうら朝市の会 会長 江澤修氏

かつうら朝市の会 副会長の江澤修氏は、現状をこのように語る。2021年には初めて、勝浦朝市の公式ポスターも作成し、千葉県内の道の駅や観光施設に掲示されているという。勝浦市役所の菰田和徳氏は、インターネット上の活動について説明を続ける。

「勝浦朝市には従前、Webページすらありませんでした。このままではアピールが弱いと言うことで、2020年にかつうら朝市の会のWebページ内に勝浦朝市専用のページを用意し、出店者の情報を載せるようにしました。同時にSNSを使った発信にも取り組み、旬の情報をお届けしています」(勝浦市役所 菰田氏)。

  • 勝浦市役所 観光商工課 定住・ビジネス支援係 係長 菰田和徳氏

このようにPR戦略や出店の改善を進めていきたいかつうら朝市の会だが、実現するためにはひとつ大きな課題があった。それは「PR先が分からない」という問題だ。原因は、来訪者情報の不足。来訪者の属性・居住地を調査し、情報を可視化するための方法を模索する中、NTT東日本とアドインテからの提案で導入したのが、「AIBeacon(エーアイビーコン)」となる。

アプリ不要のIoTセンサー「AIBeacon」とは?

アドインテの「AIBeacon」は、スマートフォンのWi-Fiを検知し、匿名のアクセス情報を取得するIoTセンサーだ。一般的なビーコンと呼ばれる機器は、スマートフォンに専用アプリがインストールされた状態で、かつBluetoothがオンになっていなければ検知できなかった。そのため検知率は1割程度で、計測可能な範囲は最大で半径数十mほど。

  • 手のひらにすっぽり収まるほど小さい「AIBeacon」

しかし「AIBeacon」はWi-Fiに対応することで、これらの条件を満たすことなくユーザーの行動を蓄積・解析し、その動線や行動を分析してデータ化することが可能となっている。環境にもよるが、その検知率は6~7割ほど。匿名のアクセス情報も取得するため、より多数のユーザー情報を得ることが可能となった。またWi-FIを使用するため、最大検知可能距離は半径186mまで伸びている(※実証値)。

「スマホには多くの個人情報が詰まっておりますが、それらを取り扱うことなく"見える化"させることができるのは、AIBeaconおよびアドインテの独自解析技術によるものです。現在は指定された範囲で検知を行っていますが、朝市のように障害物の少ない開けた空間であれば、最大範囲まで広げることで全体をカバーできるだろうと考えています」(アドインテ 増田氏)。

  • アドインテ セールスプランニング Div. 増田 遼太朗氏

フレッツ光のフリーWi-Fiスポットを有効活用

この「AIBeacon」を運用するために欠かせないのがWi-Fiだ。勝浦市は丘陵地が広く分布し、平坦地の少ないという地形にあるため、モバイル通信用の電波が入りにくい。そこで勝浦市は、2019年に「勝浦市公衆無線LAN『Katsuura-Free-Wi-Fi』」というフリーWi-Fiスポットを市内10カ所にオープンさせ、多くの方がフレッツ光回線を利用できる環境を整えた。「AIBeacon」の通信には、この「Katsuura-Free-Wi-Fi」が活用されている。

  • 勝浦市内10カ所に設置された「勝浦市公衆無線LAN『Katsuura-Free-Wi-Fi』」

  • 「勝浦市公衆無線LAN『Katsuura-Free-Wi-Fi』」ステッカー

「フレッツ光をご利用いただいていることが、AIBeaconの安定した運用に繋がっていると思います。十分な帯域がございますので、カメラを用いた防犯・人流分析や、別のIoTセンサーからの情報取得などを今後ご検討された際にも、そのままご利用いただけます」(NTT東日本 豊後氏)。

  • NTT東日本 千葉事業部 地域ICT化推進部 豊後碧氏

今回設置された「AIBeacon」は2台。勝浦市役所の菰田氏は「設置場所の検討がもっとも難しかった」と話す。可能な限り広い範囲をカバーしつつ、安定した動作が行え、かつかんたんに手を触れられない場所に設置しなければいけないからだ。

「しかし、NTT東日本さんにはなんども現場に足を運んでいただいて、より設置に適した場所をご検討いただきました。朝市側の立場からすると、現場立ち会いをほぼせずに済んだことが非常に助かりました」(勝浦市役所 菰田氏)。

調査の結果、勝浦朝市の通りにあるフリーWi-Fiスポット2箇所がちょうど適しており、新たにスポットを追加することなく導入できたという。

「AIBeaconの端末を野外にそのまま設置できるかといったら、防塵・防水に対応していませんし、電源も確保できないので置けません。なかなか現地を伺えないなか、NTT東日本さんにご対応いただけたのはありがたかったです」(アドインテ 増田氏)。

「AIBeacon」から得られるデータと分析

こうして2021年12月からスタートした勝浦朝市の「見える化」。現在アドインテより提供しているデータは、来訪者数、来訪回数分布、性別、年代、居住地、勤務地などだ。

年齢は40~50代が中心で、来訪者がもっとも多いのは「Katsuuraあさいちshareマルシェ」であり、やはり土日は全体的に数が増えていることがわかっているという。逆に平日の来訪者はリピーターが多いそうだ。また市外からの来訪者も多く、特に東京湾アクアライン経由と思われる東京都・神奈川県から訪れる方が目立つという。遠くは北海道からきている方もいらっしゃるようだ。

来訪者は、勝浦市民が全体の1/3ほど。その他にもいすみ市などの近隣のほか、房総スカイライン経由で木更津市などからも来訪されているという。

「最近は、若い方が勝浦朝市でリモートショッピングを仕掛けているようです。動画で朝市の様子を流し、視聴者が欲しいものを購入し、梱包して送るというサービスです。また勝浦朝市で仕入れたものを遠方で販売してらっしゃる方もいます」(かつうら朝市の会 江澤氏)。

オフラインならでは交流が勝浦朝市の大きな魅力

「AIBeacon」を導入したことで、来訪者のさまざまな情報を集め、分析することが可能になった勝浦市。今後はこれらのデータを活用した集客が課題となるだろう。勝浦市が真っ先に行いたいと話すのは、出店者へのフィードバックだ。データを見せることで出店者の肌感覚との認識のズレや一致している部分を確認してほしいという。さらに、集めたデータをオープン化し、新規出店者の獲得に繋げたいとも話す。

  • 会話を楽しみながら買い物が楽しめる「勝浦朝市」(写真は2019年10月)

「出店者と来訪者、卵が先か鶏が先かという話になりますが、どちらかにてこ入れすることによって、もう片方にも影響が出るという好循環を作りたいと思います。そうして最終的には、朝市のにぎやかさを取り戻したいですね」(勝浦市役所 菰田氏)。

徐々にではあるがコロナ禍も収束してきており、これから人の動きも活発化していくことだろう。継続してデータを収集していくことで、実際の来訪者の動きとデータとの整合性はより高まる。それらを活用することで、さらに有効なアプローチが可能となるはずだ。

「Katsuuraあさいちshareマルシェをやったおかげで、新しい人も入って来るようになりました。最近は、フランクに話しかけても良いという人が緑の輪をつける『緑の輪プロジェクト』という取り組みも始めています。お年寄りが出店をやめていく一方で、若い人が出店を始めるという良い循環もでき始めています。若い方ならではのお店や商品に期待したいですね」(かつうら朝市の会 江澤氏)。

「コロナ禍によってオンライン化が進んでおりますが、同時にオフラインの魅力や大切さも改めて感じられるようになってきたと思います。勝浦朝市はゴリゴリのアナログなコミュニケーションで成り立っており、会話を楽しみながらお買い物を楽しめる市です。コロナ禍が終えたタイミングで、みなさまにコミュニティのあるお買い物の楽しみをぜひ体験いただきたいと思っています」(勝浦市役所 菰田氏)。