”モンスター“井上尚弥が、約2年ぶりの日本のリングで8ラウンドTKO勝利を収め王座防衛を果たした。しかし、笑顔はなかった。格下の相手に粘られファンの期待には応えられなかったとの思いは強く、試合内容にも納得がいかなかったのだろう。
それだけではない。バンタム級「4団体世界王座統一」へ向けても思うようにマッチメイクが進まない。コロナ禍、そして強すぎるが故の宿命─。2022年も世界を舞台に飛躍を期す井上尚弥のファイティング・ロードを占う。
■勝って謝罪は強すぎる男の宿命
「戦前の予想と期待を、はるかに下回る試合で申し訳ありませんでした」
KO完勝し、2つの世界王座防衛を果たしたにもかかわらず、井上尚弥はリング上でそう口にした。
12月14日、東京・両国国技館でのWBA世界スーパー&IBF世界バンタム級タイトルマッチ、アラン・ディパエン(タイ)戦を終えた直後のことである。
WBAとIBFの世界王者である井上が目指すは、バンタム級での「4団体世界王座統一」。そのためには、WBC、WBOの世界王者と闘い勝つ必要がある。だから彼は、ノニト・ドネア(WBC王者/フィリピン)、ジョンリール・カシメロ(WBO王者/フィリピン)のいずれかと年内に対峙したかった。
だが両王者が、それぞれの団体から指名試合を求められたことで統一戦は実現せず。試合間隔をこれ以上空けたくなかった井上は今回、仕方なく格下のタイ戦士と闘うことにしたのだ。
世界タイトルマッチではあるが、調整試合の色彩が濃かった。
「井上が王座防衛をできるか」ではなく、「モンスターが、どんな勝ち方で魅せてくれるか」が試合のテーマ。ほとんどのファンが、早い回で井上が豪快なKO勝利を収めると信じてリング上を見守ったのである。
1ラウンドは様子をみた井上だったが、2ラウンド以降は果敢に攻撃した。磨いてきた左ジャブストレートを軸に、左右のパンチを顔面、ボディに打ち分けていく。予告していた左のトリプルアッパーも披露した。
王者の一方的な試合。しかし、驚いたことにディパエンは倒れない。攻めることこそできないが、顔色を変えることなくモンスターの強打に耐え続けたのである。
「(ディパエンは)タフで根性のある選手でした。俺のパンチが効いてないのかな、俺、パンチ(力)ないのかなと(思ったりして)メンタルがやられそうになりました」
試合後にそう振り返った井上だが、修正能力はさすがだった。
「ボディを攻めよう。後は、敢えて攻めさせてカウンターを狙うぞ」
セコンドについていた父・真吾トレーナーから受けたアドバイスをもとに、闘い方を変化させていく。そして迎えた8ラウンド、ボディ打ちからの左フックで遂にダウンを奪う。それでも立ち上がってきたディパエンに、井上がさらに左強打を炸裂させたところでレフェリーが試合を止めた。勝利を告げられた直後のリング上に、絶叫も歓喜もない。井上の淡々とした姿が印象的だった。
早いラウンドでの勝利ではなかったが、内容的には井上の圧勝である。7ラウンドまでの採点は、ジャッジ3者いずれもが70-63。それは、すべてのラウンドで井上が優勢だったことを示す。
なのに、王者は「期待に応える試合内容ではなかった」とファンに謝った。強すぎる男の宿命なのか─。TKO完勝をして、表情を強張らせる日本人世界チャンピオンを私は初めて見た。
■来春、ドネアとの再戦実現か
「コロナ禍にもかかわらず、今年は2試合できた。日本での試合は2年ぶりで楽しく闘えたことはよかった」
井上は、そうも話したが本当は不本意だったろう。この2年の間、闘いたい相手とグローブを交えることができなかった。昨年4月、米国ラスベガスで予定されていたカシメロ戦が中止になった時から歯車が狂い始めたのだ。「4団体世界王座統一」は、新型コロナウィルスのパンデミックがなければ、すでに達成できていたかもしれない。不運の感を拭えない。
さて、来年の井上のファイティング・ロードはどうなるのか?
「4団体世界王座統一」への道は開かれるのか?
井上vs.ディパエンの2日前、12月12日(日本時間)にWBC王者ドネアとWBO王者カシメロの指名試合が組まれていた。ドネアは、米国で堂々のKO防衛を果たすも、ドバイで闘うはずだったカシメロは前日計量に姿を見せず試合が中止になっている。
「体調が悪化し入院を余儀なくされた」
陣営はそう主張しているが、体重を落とせなかったことを体調不良と偽っていると見る向きも多い。いずれにせよプロ失格の行為、今回の失態でカシメロは王座を剥奪されるかもしれない。
ドネア、カシメロ(もしくはWBO新王者)と井上は来年に闘えるのか?
これまで散々、待たされた。そうしているうちに全盛期は過ぎていく、時間がもったいない。
試合翌日に井上は言った。
「2022年は、3試合闘いたい。春と、その後(夏か秋)はバンタム級で、スーパー・バンタム級は暮れに」
彼の言葉は、こう読み解ける。
「まずは、ドネア、カシメロ(もしくはWBO新王者)と闘ってベルトを統一したい。そのうえで、スーパー・バンタム級に上げ『4階級制覇』に挑む」
これが理想形だ。
だが、こうも話していた。
「応援してくれるファンの期待に応える試合をしたい。そのためには状況に応じて、視野を広げる必要もあるかもしれない」
つまり、「4団体世界王座統一」を目指すことに変わりはない。しかし、それができない状況なら来年中に階級を上げ目標設定を「4階級制覇」に変えるということだろう。
水面下では、すでに交渉と準備が始まっている。
来年春に、首都圏の会場でドネアとの再戦…これが、もっとも有力。
「イノウエと再戦したい。リベンジして私が王座統一を果たす」
39歳のレジェンド・チャンプは、そうコメントしておりやる気十分だ、この一戦は実現するのではないか。
もちろんドネアに再勝することが前提だが、問題はその後だ。
カシメロが王座を維持するにせよ、新王者が決まるにせよ、井上との闘いを避ける流れになるかもしれない。交渉が難航し王座統一戦が不可能となれば、これ以上時間を無駄にすることなく彼は新たなステージに進もう。
「4団体の世界王座を統一したい」との井上の思いは強い。それがバンタム級最強の<記録としての証明>なのだから。だが、4本のベルトが揃わなくとも、彼が、この時代におけるバンタム級最強であることに異論を唱える者は、もはやいない。固執しなくてもよいではないか。
モンスターのスーパー・バンタム級での新たな闘いが早く観たい。
文/近藤隆夫