読売巨人軍で、選手、スコアラー、査定担当、編成担当と役割を変えながら40年間にわたってチームに尽くしたのが三井康浩氏だ。2009年に開催されたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)第2回大会にはチーフスコアラーとして参加し、優勝に貢献したことでも知られる。

三井氏が巨人のスコアラーを務めたのは、1986年〜2007年のこと。その間、いま球界の話題をさらっている野球人の現役時代を間近に見つめてきた。日本ハムの「ビッグボス」こと、新庄剛志新監督もそのひとり。三井氏の目に、新庄という男はどう映っていたのか。そして、監督して期待することを語る。

■キャリアを積むなかで大化けしていった

日本ハムの新庄剛志新監督が就任会見を行ったのは、CS(クライマックスシリーズ)ファーストステージを直前に控えた11月4日のことである。その後もCSファイナルステージ、日本シリーズと今季のプロ野球がまさにクライマックスを迎えるなかでも、球界の注目を集め続けた。

——まずは阪神時代の新庄について伺います。当時、巨人のスコアラーとしてどんな選手だと見ていましたか?
三井 デビューしたての頃は、「とにかく穴が多いバッターだな」というのが正直な印象でした(笑)。バットを大きく振りまわして、「あたれば怖い」という野性味あふれる打者でしたが、ボール球に手を出してくれますからしばらくは楽な相手でしたね。ただ、意外性がありましたし阪神のムードメーカー的存在でしたから、「新庄を乗せてはいけない」という思いはありました。

しかも、やはり野村(克也/当時阪神監督)さんの影響だと思いますが、だんだん緻密な打撃を見せるようにもなってきた。狙う球種を絞ったり、いわゆる逆方向を狙う打撃を見せたりと、打席のなかでいろいろと考えるようになってきて、キャリアを積むなかでもの凄く成長したという印象があります。あれだけ大化けする選手というのはあまり見たことがありませんよね。

——そんな新庄に対して、巨人はどのような対策をとっていたのでしょうか。
三井 新庄が徐々に打率を残しはじめたときには、センターから逆方向中心に狙うような打撃をしていました。でも、もともとはバットを振りまわして身体の開きが早いタイプ。ですから、インコースを突いて身体を開かせておいてアウトコースで打ち取るというパターンが多かったと思います。ただ、それも新庄の成長に伴ってなかなかうまくいかなくなっていき、特に上原(浩治/元巨人他)はよく打たれていました。

——上原がプロ入りして新人王を獲得した1999年には、新庄が上原に対して.381という高打率を残しています。
三井 これも野村さんに植えつけられたものだと思いますが、新庄は上原に対して「ボールを長く見る」ということを徹底していたはずです。そのためかとにかくファウルが多く、打席で粘られていた印象です。上原の武器のひとつであるフォークが頭にあって、ギリギリまで呼び込んで打とうとしていたのでしょう。

■伝説の「敬遠球サヨナラ安打」後の巨人ベンチの様子

——そういう意味では、いまでこそ「実は理論派」みたいないい方もされますが、三井さんからすると当時から世間が思っている新庄とは違う印象を持っていた部分もあるのですか?
三井 そうかもしれませんね。でも、やっぱり印象に残っているのは「派手さ」ですよ。長嶋(茂雄/読売巨人軍終身名誉監督)さんと同じタイプの選手ではあったと思います。いわゆる、「記録以上に記憶に残る選手」ですね。

メジャーに行ってもそうでした。打率が高いわけではありませんでしたし、長めのバットを振りまわしていて「そんな打撃であたるわけないだろう」なんて思って見ていると、ガーンとホームランを打つ。本当に記憶に残る選手でした。

——「記憶に残る」といえば、それこそ1999年に槙原寛己(元巨人)から放った「敬遠球サヨナラ安打」がファンの記憶には強く刻まれています。そのときは三井さんもベンチに入っていたのですか?
三井 入っていました。あれは…忘れられませんね…(苦笑)。巨人から他球団に移籍した選手に話を聞くと、他球団はたとえ連敗していたとしても移動のバスのなかではけっこう騒いでいたりするらしいのですが、巨人は負けるとチームの雰囲気が葬式のようになるんです。やはり、「巨人は負けてはいけないチーム」というプライドがありますから。

ただ、あのときは葬式なんてものじゃなかった。ただ負けただけでなく、みっともなく醜態をさらしたような負け方でしたからね。ぼそっと「なにやってんだよ!」という首脳陣の言葉が聞こえてきて…わたしも含めて誰も居場所がない、みたいなね(苦笑)。実際、あの負けの影響は大きくて、その後の巨人には変化がありました。敬遠するときには捕手はきちんと最初から立つようにしたんです。敬遠するときには、はっきりと敬遠するというふうになりました。

——話がそれるようですが、敬遠というと2018年に申告敬遠(故意四球)が採用されるときにはその是非について議論が起こり、新庄の敬遠球サヨナラ安打のようなドラマが生まれなくなるという意見もありました。
三井 あのプレーは、ドラマといったものではないと思います。ただのバッテリーの怠慢ですよ。アマチュアではああいうこともあるかもしれませんが、プロは絶対にやってはいけないプレー。チームによっては罰金ものです。

ただ、いま振り返ると、あのときの投手が槙原でよかったかもしれません。実力はしっかりあるもののちょっと抜けている部分もあって、槙原だったから笑い話にできるというのはあると思うんです。あれが槙原じゃなくて桑田(真澄/元巨人他)や斎藤(雅樹/元巨人)だったら…笑い話になんてなりません。

  • 1999年06月12日、巨人戦の延長十二回、槙原寛己の敬遠球を打ち、サヨナラ勝ちをもたらした阪神・新庄剛志。(写真:スポーツニッポン新聞社/毎日新聞社提供)

■プロのなかでも突出していた打球勘と低く強く速い送球

——現役時代の新庄について、他に印象に残っていることはありますか?
三井 やはり守備でしょう。プロでは最初は内野手として出てきたのですが、すぐにセンターを守るようになりました。その守備を見たときは、「打球勘がとにかく凄い!」と警戒しました。打球の落下地点に対して真っすぐに全力疾走できる選手でしたから。

——プロのなかでも抜きん出ていたということですか?
三井 そうです。プロのなかでもうまい外野手であっても、普通は守備位置から落下地点まで走るラインがある程度は膨らむんです。ところが新庄は完全に直線。打者がボールをとらえたときの打球音や打球角度などで瞬時に判断し、落下地点に向かって最短距離かつ最速で向かうことができる。同じレベルというと、高橋(由伸/元巨人)くらいでしょう。

——新庄の守備というと、肩の強さでも注目されていました。
三井 あれこそまさにレーザービームでしたね。高橋の場合は、内野手のように送球のテークバックが小さくて、まさに「うまい」という外野手でした。ところが、新庄のテークバックは大きく、かつぐようにして「よいしょ!」と投げるんです。ですから、走者を二塁に置いた場面で新庄の前にヒットが出たときには、走者を本塁へ突入させたくなる。

でも、その「よいしょ」からの送球が半端じゃない。低く強く速いボールがビューっと伸びてきます。球の勢いが他の選手のそれとは全然違うんですね。その送球を認識したあとは、同じような場面では三塁コーチが走者を止めるようになりました。

——その送球について、日本ハムの秋季キャンプでは新庄監督が車の上に乗ってバットで送球の高さを示すという面白い指導をしていました。
三井 まさに新庄の送球に対する考え方が表れた指導だったと見ていました。どんなに遠くまで投げられるとしても高い送球なんて野球選手には必要ないわけです。カットマンが捕球できる高さの、低くて強くて速い送球が理想です。あの指導を見ていて、「ああ、なるほどね」と。「新庄はそういう送球をしていたな」とあらためて思い返しました。

■「本音」しかない新庄だからこそ、選手が変わる

——そういった指導も含めて、まだ短い期間ですが、ここまで監督としての新庄を見ていてどのように感じていますか?
三井 とても新鮮です。わたしは、巨人軍統括ディレクターという役職に就いていたときにメジャーの視察にもよく行ったのですが、やはり日本ではまったく見られない練習法もたくさんありました。新庄の場合もメジャーの経験が生きているのでしょう。これからも日本のファンが驚くような指導を見せてくれるような気がしていますし、そういったことに期待したい。

——日本の場合、「こういうプレーの練習はこうやるものだ」というふうに凝り固まっているような部分もあるのでしょうか
三井 そういうところはあると思います。一方、アメリカなど海外の練習の多くはバリエーションも様々で合理的です。ですから、実際に練習をする選手にとってはとてもわかりやすいのではないでしょうか。先の送球の練習でも、新庄が意図することを選手は肌で感じて理解できたはずです。

ただ、それには新庄の性格も寄与していると思います。普通、大人には本音と建前というものがあります。新監督はよく「レギュラーは白紙」なんていいますが、多くの場合はそんなことはありません。選手だって、「いやいや、何人かのレギュラーは決まっているだろう」なんて思っているものです。

ところが、新庄には本音しかないように感じます。だからこそ、選手にとってはわかりやすいですし、「よし、やってやろう!」という気持ちにさせられる部分もあるはずです。だからレギュラー争いも本当に横一線でスタートできるし、選手はかなり頑張るのではないでしょうか。

——いまの段階で判断するのは難しいかもしれませんが、新庄監督はどんな野球で勝負すると思いますか?
三井 そこに関しては、意外とオーソドックスかもしれません。やはり守備にはこだわりがあるでしょうから、守備を固めたなかで積極的に機動力を絡めるような野球でしょうか。

ただ、そこには緻密さも秘められているはずです。相手や見ているファンからすると、「え、ここでエンドランをかけるの?」「スクイズするの?」なんて意外に思うようなプレーもあるかもしれません。でも、それは新庄のなかでは計算し尽くされたうえでの作戦でしょう。

わたしも仕えた長嶋さんの野球がまさにそうでした。まわりはみんな「カン(勘)ピューター」なんていっていましたが、長嶋さんには長嶋さんにしかわからない感性や計算というものがあったのです。そういえば、新庄も監督就任会見でカンピューターという言葉を使いましたよね。やはりふたりはよく似ているのだと思います。

——今後、新庄剛志という男にどんなことを期待しますか?
三井 やはり、新庄の派手さや明るさというものを球界に吹き込んでほしい。いまは選手の多くがとても真面目です。もちろん真面目であることはいいことですが、見方を変えるとこぢんまりとしていて面白みに欠けるともいえます。

新庄は監督就任会見で「スター候補を僕が育てる」と発言しましたが、スターとはいわず新庄のようなスーパースターを育ててほしいですね。そうして「野球って本当に楽しいんだよ」ということを発信してもらえれば、子どもたちのなかの野球人気が復活すると思いますし、彼ならそれが絶対にできると信じています。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人