コロナ禍を経て、コミュニケーションのあり方が大きく変わろうとしている。さまざまなソリューションが登場するなか、これらをどのように使い、どういったマインドで運用すればよいだろうか。IT全盛の時代に求められるコミュニケーションについて、有識者に伺っていきたい。

今回は、クラウドベースの業務改善プラットフォーム「kintone」やグループウェア「サイボウズ Office」などを展開するサイボウズの代表取締役社長・青野慶久氏にインタビューを実施した。コロナ禍を受けて「がんばるな、ニッポン。」のテレビCMを放送し、オンラインを活用したニューノーマルな働き方を提案するなど、時代に合ったメッセージを発信し続けているサイボウズ。これからの時代のコミュニケーションを、青野氏はどう考えているのだろうか。

  • サイボウズ 代表取締役社長・青野慶久氏

情報の共有不足に問題意識

青野氏は、大学を卒業後に電機メーカーに入社。3年ほど働いたのちに、1997年にサイボウズを友人らと起業した。現在は代表取締役社長を務めているが、働き始めた頃は起業など考えてもいなかったという。

「働き始めた頃にちょうどアメリカで起業ブームがあって、起業という選択肢があることに気付きました。また、働いている中で情報共有があまりうまくできておらず、そこに問題意識を感じるようになったんです。大学は工学部で情報システムを専攻していましたし、まだこの分野をやっている企業があまりなかったので、若気の至りもあり、起業しようという気持ちになりました」

サイボウズの創業地は愛媛県松山市。家賃などのコストが高い大都市圏ではなく、地方都市で起業したスタイルは、インターネットを活用する企業らしく思える。近年、地方ベンチャーなどが注目されているが、サイボウズはその先駆けともいえるだろう。

「その当時は、インターネットもダイヤルアップ。モデムでピーガラガラ……と音を出しながら、ホームページをアップしたりしていました(笑)。創業当初はソフトウェアをパッケージ販売していましたが、現在はクラウドベースのサービスに力を入れています。特に『kintone』が伸びていますね」

20年進歩がなかったビジネススタイルが、やっと変化した

ビジネスにおけるネットワーク環境は、コロナ禍によってテレワーク化などが進められ大きく変化した。この変化を青野氏はどのように見ているのだろうか。

「2000年ごろには名刺にメールアドレスが記載されるようになっていましたが、そこから20年くらい、ほとんど進歩がなかった。いつまでもメール文を書いて、そこにファイルを添付する、というやりとりばかり。それがコロナ禍になり、テレワークをやるとなると、そんなやり方では追いつかない。まずはビデオ会議が普及し、チャットツールなども活用されるようになりました。それに慣れた結果、ほかの業務も全部クラウド化すればいいんじゃないか、という考えになってきていて、そういった問い合わせは増えていますね。Eメールが中心、というところからやっと移行しつつあります」

しかしながらコロナ禍になってすぐの頃は、出社することや対面でのやりとりにこだわる人も少なくなかった。

「コロナウイルスについてあれほど報道されているのに、『ちょっと熱っぽいけど俺は仕事に行く』という声が少なくなかったことには驚きました。経営者も『まずは出社』と考えている人が多かったんですね。これはマズい、日本人のマインドを変えなければ、と考え、挑発的ではありますが"がんばるな、ニッポン。"というメッセージを発信しました。今こそ、出社を頑張らないために、ITが活躍しないといけないと思ったんです。賛否の声、両方いただいていますが、テレワークについて議論するきっかけになったのではないでしょうか」

  • テレワーク推進のテレビCM動画「がんばるな、ニッポン。」。公開8日でソーシャルメディアの再生回数が10万回を突破、話題となった

  • テレビCM動画「がんばるな、ニッポン。」より

コロナ禍の状況でも、エッセンシャルワーカーの方々をはじめ出勤が必要な職業はある。テレワークをする人が増え、電車などで密になる状況が減ることは、エッセンシャルワーカーの方々が安全に通勤できる環境につながるだろう。そういった背景もあり、リモート化できるものは、どんどん進めていかなければならない。出社を頑張らずテレワークを頑張ろう、というメッセージをより鮮烈に残すために、あえて挑戦的なコピーにした。

「込めたメッセージはシンプルで、企業理念でもあるんです。私たちは"チームワークあふれる社会を創る"ことを理念として、取り組んでいます。時間や場所にとらわれることなく働けるような社会、それが私たちが描いている"チームワークあふれる社会"です。その理念に沿った広告だったと考えています」

多くの企業でテレワークなどニューノーマルなビジネススタイルが構築されている中、新たな環境に戸惑いの声も多く聞こえてくる。

「よく聞くのは、生産性の低下。隣にいれば聞いて確認できたことが、メールやメッセージを作成して、送信して、返事を待って……と、これでは生産性が下がってしまう! という声ですね。その気持ちはわかりますが、それはITツールが使いこなせていないから。業務フローを変えないまま、口頭で聞いていたことをメールやチャットに置き換えただけではダメなんです。そこを乗り越えるような提案を私たちもしていかなければと思っています」

例えば、仕事の進捗状況を聞きたいのであれば、業務状況や資料をクラウドで共有しておくことで、聞かずとも見ればすぐに把握できる。サイボウズが提供している「kintone」などITツールをしっかりと使いこなせば、リアルオフィスよりもはるかに生産性を向上できるはずだ。

なおサイボウズではコロナ禍以前よりテレワークを推奨しており、そのころは出社率が7割ほどだった。コロナ禍以降の出社率は1割前後にまで下がったが、それにより業務フローにも変化があったという。

  • 元々テレワークを推奨していたサイボウズでも、コロナ禍の影響を受け会議のスタイルの変化があったという

「サイボウズでも、会議スタイルが変わりました。以前は7割の社員が出社しているので、会議室を押さえて人を集め、そこにリモート組が参加するという形でした。この方法は、会議室にいる人の声がリモート側に伝わりにくかったり、ホワイトボードの文字が見えにくかったりと、今思うと効率が悪かった。会議を完全にオンライン化してからは、全員の声が同じように聞こえますし、メモなども画面共有されています。またビデオ録画で記録も残る。なので、面白そうだった会議は後から見に行けるんですよ。今まで以上に、いろんな部署のことがわかるようになりました。グループウェアの会社として、情報共有がより徹底されたと思いますね。議事録や仕事の状況など、ほとんどをクラウドで"見える化"しています」

コロナ終息後もテレワークを継続

業務効率だけではなく、社員同士のコミュニケーション不足や社員の精神面のフォローにもしっかりと意識を向けている。

「偶然会ってニッコリ、みたいなウェットなやりとりが減ってしまっているのは事実。それを補うために、言わば社内SNSのような"分報(ふんほう)"や、バーチャルラウンジを活用しています。分報では『今日のランチはこれ食べてます』『今このタスクで悩んでいます』など、それぞれが何気ないことからちょっとしたお悩み相談まで書き込んでいますね。バーチャルラウンジは、いつでも入れる会議室。ひとりで仕事をするのが寂しい人が、誰かの作業音を聞いたり、時に雑談をしたりしながら仕事をしています。また、昨年などは、保育園や学校なども出席停止になり、自宅で仕事をしていても子どもが常にそばにいる状態の家庭も多くありました。ビデオ会議に子どもが乱入してきたり、後ろで兄弟げんかが始まったり……。うまく仕事のパフォーマンスを上げられず、独身メンバーの仕事ぶりと比較して、心苦しく思っているメンバーもいたんです。そこで私が"我が家も一緒! パフォーマンスが下がってもいいよ"と社員にメッセージ出しました。ウチも子どもが3人いて大変でしたからね(笑)」

青野氏のメッセージを受け、救われた子育て世代の社員も少なくなかったという。このほかにも、マネジャーを始め誰とでも雑談できるオンラインの「ザツダン」やkintoneアプリによるヘルスチェックなど、メンタル面のカバーに積極的に取り組んでいる。さらに、在宅勤務を強化するため、必要な機器の支給をはじめ、在宅勤務支援金も用意。テレワーク環境を整えるための支援をしっかりと行っている。

「もう、リモート化は止まりません。毎週のように、社員から移住の報告を受けていまして、石川県、福岡県、兵庫県など……もうどんな場所でも驚かなくなりました(笑)。コロナ禍が収束しても、もう前のようには戻らないですね。ただ、出社を完全NGにしているわけではありません。感染対策をしながら、オフィスでたまに顔合わせをしているチームもあります。オフィスはセキュリティもネットワークもしっかりしていますし、家で捗らないな、オフィスに行きたいなと感じた時は遠慮なく出社して構いません」