第80期A級順位戦1回戦での対決。通算成績は羽生九段の110勝55敗となった

第80期A級順位戦(主催:朝日新聞社、毎日新聞社)の1回戦、▲佐藤康光九段-△羽生善治九段戦が6月8日に東京・将棋会館で行われました。結果は130手で羽生九段が勝利を収めています。


第80期A級順位戦リーグ表

本局はこのカード165局目の対戦。これは中原誠十六世名人-米長邦雄永世棋聖戦(187局)、羽生善治九段-谷川浩司九段戦(168局)、大山康晴十五世名人-升田幸三実力制第四代名人(167局)に次いで歴代第4位の同一対戦カード記録です。

横歩取りの出だしから、佐藤九段は5手目に角道を閉じて変化します。これは先手が矢倉や雁木に組みたい場合に指される形。本局では佐藤九段は▲6七金・▲7八金の形を作ったので、矢倉に組むのかと思われました。

ところがどっこい、佐藤九段は19手目に▲7七金寄と着手。見たことのない形が出現しました。序盤から工夫を凝らしに凝らす、佐藤九段らしい独創的な構想です。

一方の羽生九段は、玉を金銀3枚で囲い、攻めは飛車・角・銀というオーソドックスな布陣。対照的な陣形に両者の棋風が表れているように感じました。

9筋の端を詰め、馬を作ってポイントを挙げた羽生九段。対する佐藤九段は自陣に銀を2枚投入して馬を圧迫し、盤面中央を制圧してこちらもポイントを挙げました。

ほぼ互角のまま迎えた中盤の終わり付近で、抜け出して優位に立ったのは佐藤九段でした。銀取りに構わず打った▲4六桂が好手。銀を取らせた代わりに▲3四桂の王手金取りが実現し、羽生玉の守りを一気に弱体化させることに成功しました。一方、自玉は依然金銀3枚に守られています。

直線的な切り合いになってしまうと、玉形の差で苦しい羽生九段。ここから数々の逆転劇を生んできた、曲線的な指し回しを披露します。まずは馬取りをかけられた局面で、それを無視して飛車取りをかけました。持ち駒の銀を敵玉から遠いところに投入するだけに、指しにくい手です。

佐藤九段は飛車取りを無視し、羽生玉に一直線に迫っています。羽生九段は飛車を切り飛ばしてから飛車を入手。そして佐藤九段の攻めよりも一手早く、佐藤玉に△8五桂と打って詰めろをかけました。中盤で端を詰めておいたのを生かす、流石の勝負術です。

羽生玉の耐久力はほぼないので、この詰めろさえしのげれば相手玉を寄せて勝利できる佐藤九段。詰めろの回避手段は2つです。1つは自玉の上部への脱出を封じている8五の桂を取って解除する順、もう1つは自玉の右辺への脱出を封じている3六の馬を取る順です。

このような2択が一流の棋士同士の対局で現れた場合、片方は勝ちで片方は負けになることが多いです。それは劣勢の側が逆転のためにそのような局面を作り上げ、誘導しているから。特に羽生九段はこのような選択を突きつける技術が卓越しており、生み出される逆転劇は「羽生マジック」と呼ばれます。

佐藤九段は残り5分しかない持ち時間のうち3分を使って、8五の桂を取りに行く順を選択。しかし、これが羽生九段の用意していたハズレ手順だったのです。

▲8二飛の王手に対し、羽生九段は△5二角と合駒をしました。これが絶妙の受けでした。角の利きで8五桂にひもがついており、飛車で桂を抜くことができません。

やむなく佐藤九段は▲8六銀と詰めろを受けましたが、ここで攻守が完全に逆転しました。羽生九段は攻撃の手を緩めず、厳しく佐藤玉を追い詰めます。

受けてもきりがないとみた佐藤九段は、羽生玉に詰めろをかけて手を渡しました。自玉が詰まなければ勝ち、詰まされたら負けです。

羽生九段は持ち時間残り3分から一分将棋になるまで考え、佐藤玉を詰ましにいきました。そして13手後の130手目を見て、佐藤九段が投了を告げました。見事羽生九段が20手を超える長手数の詰みを読み切り、佐藤玉を詰まし上げたのです。

この勝利で羽生九段は今期のA級順位戦で白星発進を切ることができました。第78、79期と連続で4勝5敗と負け越してしまっていますが、今期はどうなるでしょうか。

また、このカードの通算対戦成績は羽生九段の110勝55敗となりました。これからも本局同様の熱戦を繰り広げていただき、さらに対局数を積み重ねていってほしいと思うファンは筆者も含め多いでしょう。

見事な逆転勝利を飾った羽生九段。写真は先日の王位戦挑戦者決定戦のもの(提供:日本将棋連盟)
見事な逆転勝利を飾った羽生九段。写真は先日の王位戦挑戦者決定戦のもの(提供:日本将棋連盟)