ずっと努力を重ねてきたのに、緊張で力が発揮できなかったときほど悔しいことはありません。新年度を迎え、新しい経験をすることも増えてくるこの季節、緊張でガチガチになって失敗して、評価を下げてしまった人はいませんか?
管理栄養士で分子栄養学を専門とする篠塚明日香さんに、緊張で思うようにベストパフォーマンスが発揮できない人がぜひ知っておきたい、食を通じたリラックス法を教えてもらいました。
■テアニンがよく抽出された「ぬるめのお茶」でリラックス
わたしたちの体には、交感神経と副交感神経というふたつの神経網からなる「自律神経」が存在します。体を活発化させるのが交感神経で、沈静化させるのが副交感神経ですが、緊張を感じているときは交感神経が過度に働いていることがほとんど。
「ここでやらなければ!」「今回は失敗できない!」といった感情が体に働きかけ、「いつでも行動できるように」と緊張感を持った準備状態になるのです。
その緊張をほぐすには、交感神経を鎮静化させ、副交感神経を働かせる必要があります。そこで提案したいのが、お茶を飲むこと。お茶には旨味や甘みの元となっているテアニンと呼ばれるアミノ酸の一種が豊富に入っているのですが、そのテアニンは、脳に達すると副交感神経に働きかけて体全体をリラックスさせる効果があるからです。
ちなみに、お茶は品質によって値段に大きな差がありますが、高級とされているお茶ほどテアニンは多いと思ってください。むかしから「一服する」という表現がありますが、心身を穏やかな状態にするためにも、お茶の役割は重要なものだったのかもしれません。
ただ、お茶で緊張をほぐすためには、淹れ方にコツがあります。「お茶は熱いほうがいい」 という人も多いのですが、高温のお湯でお茶を淹れると、テアニンだけでなくカテキンやカフェインといった苦味成分が多く溶け出します。
カテキンには抗酸化作用などの健康効果があり大切な成分なのですが、カフェインは交感神経に働きかけるので、緊張をさらに高めてしまいます。よって、熱いお湯を使うのは避けるべきです。
一方、40〜60℃程度のぬるいお湯でお茶を淹れると、テアニンをたくさん抽出できます。もしくは、水出しもいいですね。ちょっとした手間はかかるのですが、スーパーなどで売っている空のティーパックにお茶の葉を詰め、それをペットボトルに入れます。そして、ミネラルウォーターを注ぎ1時間ほど待てば、テアニンがよく溶け出したお茶ができあがります。
会社や学校で緊張してしまうことが多く困っている人は、自作の水出し緑茶を持参して、たまに「一服」するのもいいと思います。また、実際のお茶と比べると味気ないのですが、テアニンのサプリメントも多く発売されているので、それを持ち歩くのもいいでしょう。
■テアニンが緊張をほぐすメカニズム
では、テアニンがどのようにして副交感神経に働きかけるのか少し説明したいと思います。テアニンは体のなかに入ると、腸で吸収され血管を通って脳に到達します。脳には、本当に必要なもの以外は入り込めないようにする血液脳関門というセキュリティ機能があるのですが、テアニンはそこをすり抜けられる性質を持っています。
脳に到達したテアニンは、脳の神経細胞にグルタミン酸が取り込まれそうになっているところに迫り、ストップをかけます。グルタミン酸には神経を興奮させる働きがあるのですが、テアニンはそれをガードして神経を落ち着かせてくれるという仕組みです。
さらにテアニンは、グルタミン酸からつくられるGABA(γ-アミノ酪酸/Gamma-Amino Buryric Acid)という物質を増やす働きもあります。GABAはグルタミン酸とは逆の性質である抑制系の神経伝達物質で、これも神経を落ち着かせる効果をもたらしてくれます。
■GABAは腸から脳に働きかける
GABAは高血圧やストレス、不眠などに効果があるとして、2000年より食品の健康機能成分として認められるようになり、以来GABAを使った商品も見かけるようになりました。チョコレートなどは有名ですよね。
GABAは精製したものだけではなく、トマトやパプリカやメロンなどの野菜、バナナなどの果物、発芽玄米、ヨーグルトなどの発酵食品にも含まれています。ただし、口から摂取したGABAは、テアニンとは異なり血液脳関門を通過することができません。つまり、脳内でつくられたGABA以外は、脳で神経に働きかけることができないのです。
それなのに、GABAはなぜストレスを減らす健康機能成分として認められているのか不思議ですよね? その答えは、「腸脳相関」にあります。人間の腸と脳の間には強いつながりがあり、腸から脳へ、脳から腸へと様々な指令や情報が飛びかっています。
脳が強いストレスを感じたときにお腹を下したり、逆に腸内環境の悪化が体全体のパフォーマンスに影響したりするのは、脳と腸が連動していることのひとつの表れです。食品として摂取したGABAは脳には入れませんが、腸に働きかけ、そこから脳に影響を与えることで、ストレス抑制などの効果を生んでいると考えられています。ですから、GABAを含んだ食品を摂ることも緊張感やストレスから解放されるための方法といっていいでしょう。
緊張を引き起こしているのは、人間が必要な場面で力を発揮するために体に備えられた機能で、本来はポジティブなものです。大事な場面で緊張してしまう自分を嘆くことなく、お茶で「一服」するゆとりや、テアニンやGABAの力を生かせれば、適度な緊張をパフォーマンスの向上につなげることができると思います。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/秋山健一郎 写真/櫻井健司