マルチアングル視点で撮影された新感覚クライムアクションドラマ『吾輩は猫である!』(auスマートパスプレミアム・全4話配信)で、女格闘技家を演じている芋生悠(23)。アクション初挑戦への感想を聞いた前回に続き、後編では女優としての転機になった作品について聞くとともに、地元・熊本への思いを聞いた。

2016年4月に発生した地震により被災した熊本。昨年7月には豪雨に見舞われた。芋生は、2016年11月から同郷の女優・小沢まゆと、熊本地震復興支援チャリティ映画会を立ち上げ、不定期に開催しており、村上虹郎と共演してヒロインを務め、高い評価を得た映画『ソワレ』では、「くまもと復興映画祭2020」にて凱旋。舞台挨拶を行った。「女優を目指す夢を持てたのも、覚悟ができたのも、熊本という地が支えてくれたから」という芋生の現在の気持ちとは。

  • 女優の芋生悠

■周囲の役者の人間力に、完全に心を折られた舞台

女優スタートから5年以上が経った芋生。転機になった作品には、2度目の舞台『後家安とその妹』(19)を挙げる。

「初めて時代物をガッツリやらせていただき、さらに舞台でダブル主演を務めさせていただいた作品ですが、これほど屈辱的な思いをしたのも初めての作品でした。本読みに行った時点で、自分以外の役者さんたちが素晴らしすぎて、人間力みたいなものに圧倒されて、全く歯が立たなかったんです。自分は主演を張れる器でもないし、『ここにいてはいけないんじゃないか』と。いろんな経験を積んでこられた方たちの佇まいのすごさがあって、完全に心を折られました(笑)」

本読み初日に、心をポキっとどころかボキっと折られた芋生。しかし、「しがみついて」稽古をし、本番を迎えるうちに、プラスの意味での大きな初めての体験をする。

「千秋楽の4日前、自分の記憶がない日があるんです。初めて役が憑依したというか。今までそういうことはありませんでしたし、それが芝居としていいか悪いかは別として、その役に全力を注げたことは事実で、魂を持っていかれるような思いを初めてしました。役の抱えるものが自分の中に入ってきて、一緒に人生を全うできた感じがして、その舞台が終わると、『顔が大人になった』と言われました」

さらにここでの経験が、普段の生活意識へも変化を与えたという。

「それまでは、普段生活しているなかで何かを感じると、『これって、今度お芝居に生かせるんじゃないかな』という意識があったんです。何かしたいと思うことも、すべて役者の仕事の原動力に繋がる意識でした。でもその舞台を経験してからは、お芝居に繋がる云々ではなく、素直に普段の生活をして、会話をして、いろんなことを感じ取っていきたいと思うようになりました」

  • (C)2021 「吾輩は猫である!」製作委員会

■将来的には小泉今日子に逆オファーも

先輩との「人間力」の差を感じたという芋生だが、そうした普段の生活を大切にしてこそ、そうした力も高まり、また、あえて意識しないことで、結果的に芝居の深みへと繋がっていくのだろう。さて、芋生は別の取材で「映画を作りたい」と発言していたが、そこには「コロナ禍が影響していると思う」と明かす。

「仕事が延期になったり中止になる中で、身近な仲間たちと、遊びの延長線上で、曲を作ってみたり、映画の企画を考えてみたりしていたんです。そこでみんなの話を聞いていくと、私では思いつかないような面白いアイデアを持っていたりして、みんなで集まれば、面白い、いい作品が生まれるんじゃないかと思うようになって。ゆくゆくは、映画も仲間たちと作れるんじゃないかと思ったんです」

その仲間には、これまで共演してきた同世代の役者をはじめ、監督やミュージシャン、先輩も含まれるという。数は多くないものの、「好きだ」と思った人とは、コンタクトを続けるという芋生の性格ならではの人脈だ。そして映画製作といえば『後家安とその妹』の演出も手掛けた豊原功補、そして小泉今日子も、芋生がヒロインを務めた『ソワレ』で映画製作を手掛けている。

「おふたりの影響も大きいと思います。今までプレイヤーとしてやってこられて、役者が安心してお芝居できる場所や、クリエイターたちが思い切り遊べる場所を作ろうとされています。自分も映画を作りたいというお話は、小泉さんにもするのですが、そうすると、『じゃあ、今度は私にオファーしてね』とおっしゃって下さいました(笑)。世代も関係なく、どんどんいいループが生まれていけばいいなと思います」

  • (C)2021 「吾輩は猫である!」製作委員会

■学校の帰り道に見た、キラキラしたあの景色を守りたい

人との繋がりをとても大切にしている芋生。『ソワレ』では、昨年のくまもと復興映画祭で凱旋を果たした。

「ソーシャルディスタンスを取りながらの上映ということで、舞台挨拶で実際に檀上から見た客席は、満員ではなくて、もっと入りたい人もいたんだろうなと思いましたし、もっとたくさんの人たちに会いたかったなと、正直思いました。でも上映が終わって、観た方が、嬉しそうにされている姿や、涙を流している姿を見ると、故郷の熊本に、自分の作品を届けられたんだなと感じて、すごく嬉しかったですし、みなさんにとっても、少しでも何かの糧になってくれればと思いました」

映画祭の際には「恩返しをしていきたい」ともコメントしていた芋生。地元・熊本へはどんな思いがあるのだろうか。

「子どもの頃から空手をずっとやってきて、上手くいかなくなったとき、空っぽですごく苦しい時期がありました。その後、女優を目指すという夢を持てましたが、その夢を持てたのも、覚悟ができたのも、熊本という地が支えてくれたからだと思っています。学校からの帰り道に見た景色を今でもはっきり覚えています。夕日に照らされてキラキラしている田んぼを見ながら、『これから熊本を出て東京で頑張るんだ』とフツフツと静かに燃えていました。熊本の景色は、いつも帰る場所として心にあるし、帰ったときには、地元の人たちがすごく応援してくれる。ずっと守っていきたい場所です」

  • (C)2021 「吾輩は猫である!」製作委員会

震災、豪雨と大変な災害が続いた熊本だが、高良健吾ら、出身者たちの地元愛の強さが伝わってくる。

「地元の先輩方は、みなさん自分からは程遠いようなスペシャリストばかりです。八代亜紀さんや、石川さゆりさん、高良さんもそうですし、橋本愛さんとか、一緒にチャリティ映画会をさせていただいている小沢さんも、みなさん素晴らしい方ばかり。そうした凄い方のなかで、私が何かしていきたいといったことはないのですが、もし熊本の魅力を伝えられる映画を、出身者の方々と一緒に作れたりしたらステキだなと思います。そのためにも私はもっともっと頑張らないと」

そして続けた。

「熊本の自然はすごく生命力が強くて、なぎ倒された木とかもあるけれど、そのなかで生き残っている木の凛と立つ姿を見て、涙が出そうになりました。そうした大きな力を前に、私ができることはすごく些細なことだと思うし、すぐに自分が何かを変えられるとは思っていませんが、地震や豪雨のことを忘れずに、ちゃんと胸に置いて、自分は自分のやるべき女優業を頑張るしかないかなと思います。そしてそのことで、何か伝えられたら」。

現在配信中の『吾輩は猫である!』では、初めてアクションを披露している芋生。「日本でも海外でも、お芝居でもアクションでも、色んな事にチャレンジしたい!」と目を輝かせながら、最後に、本作での注目ポイントをアピールした。

「役の影響もあるのか、普段、割と幸薄い人に見られがちなんです(笑)。でも今回は罵声を浴びせたり、先輩の武田梨奈さんを殴ったり! 今まで見せたことのない表情をたくさん見せています。見た目も声の出し方も、アクションも、これまで私の作品を観てきてくれた人も、いい意味で驚いてくれるんじゃないかと思います。映像の躍動感もすごいですし、ドキドキしながら見られると思います。私を知らない方にも、面白い女優がいるなと思ってもらえたら嬉しいです」

■プロフィール
芋生悠(いもう・はるか)
1997年12月18日生まれ、熊本県出身。2014年にジュノン・ガールズ・コンテストで10名のファイナリストのうちの1人に選ばれ、芸能界入り。2015年から女優として活動し、若手演技派として注目されている。主な出演映画に『左様なら』『37セカンズ』『#ハンド全力』『ソワレ』、『HOKUSAI』(待機作)、NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』など。