通常、自営業者や独立して事業を行う個人事業主は、事業収入などから必要経費を差し引くことが認められています。これと同様に、会社員にも給与所得から差し引くことができる「特定支出」が認められていることをご存じですか? 給与所得から特定支出を差し引く制度は「特定支出控除」と呼びます。今回は特定支出控除の内容とその計算方法、計上するうえでの注意点を解説いたします。
iDeCoの節税効果はどれくらいなのか、計算してみよう!
特定支出控除とは?
特定支出控除とは、会社員などの給与をもらっている人が「特定支出」として認められているものを支払った場合、その合計額が給与所得控除額の2分の1を超えるときは、その超えた部分を給与所得から差し引くことができる制度のことです。
通常、自営業者やフリーランスは事業所得から仕事に必要なものに支払った費用を「必要経費」として差し引けます。しかし、会社員には原則、必要経費が認められていません。
そんな会社員でも仕事着を購入したり、仕事上必要な資格を取得したりと、自前で仕事関連の費用を支払うケースがあるでしょう。本来なら仕事に必要なものに支払った費用は必要経費になるはずですから、給与所得者と自営業者など事業所得者との税負担の公平性を考える必要がありました。そういった背景もあり、会社員には必要経費に代わるものとして、給与所得控除額を差し引くことができるようになっています。
給与所得控除は、給与収入によって段階的に控除額が決まっています。ただ、会社員が自腹で支払った必要経費に該当する費用の合計額は、必ずしも自分の給与所得控除額に収まるわけではありません。場合によっては、給与所得控除額を超えることもあるでしょう。
そこで、会社員が仕事に必要なものとして自腹で支払った費用のうち、ある一定の目的のために支払った費用を特定支出として認め、給与所得控除額から差し引けるようにしました。これが昭和62年税制改正時に創設された「特定支出控除」の制度です。
とはいえ、当初は適用判定基準が厳しく、利用する人はかなり少なかったようです。そんな現状を踏まえ、もっと利用しやすい制度に改善するため、平成24年度税制改正を手始めに何度かの税制改正を経て適用判定基準が緩和され、適用範囲が拡大されていきました。
平成29年度以降は適用判定基準額の上限が撤廃されて、特定支出の合計額が給与所得控除額の2分の1相当額を超える場合に、その超える部分の金額を給与収入から控除できるようになり、現在に至ります。適用判定基準額の上限がなくなったことで、特定支出控除の制度は以前よりも利用しやすいものになりました。
特定支出控除として認められるもの
ここで、特定支出控除として認められている7つの支出をご紹介します。
(1)勤務必要経費
- 仕事に必要な書籍などを購入した図書費
- 制服や作業服などを購入した衣服費
- 得意先や仕入れ先への接待や贈答などのために支出する交際費
勤務必要経費は限度額が最高65万円までとなっています。
(2)帰宅旅費
- 単身赴任をしている人が勤務地から自宅へ帰省する際の費用
(3)資格取得費
- 仕事で必要となる資格を取得するために支払った費用
(4)研修費
- 仕事に必要な技術や知識を得るための研修を受けた際の費用
(5)転居費
- 転勤に伴う転居のための費用
(6)職務上の旅費
- 仕事のため勤務地から離れた場所へ出向いた際に支払った旅費
(7)通勤費
- 通勤のために支払った運賃などの費用
1年間に支払った(1)から(7)の合計額が給与所得控除額の2分の1を超える場合、超えた部分が特定支出控除となります。
特定支出控除額の計算方法
原則として、給与所得は以下の計算で求められます。
給与所得の金額=給与収入-給与所得控除額
特定支出控除を利用した場合の給与所得は、以下のように計算します。
給与所得の金額=給与等の収入金額-(給与所得控除額+特定支出控除額)
そして、特定支出控除額は以下の計算式で求められます。
特定支出控除額=その年中の特定支出の合計額-給与所得控除額の2分の1
ではここで、Aさんの場合を例に、特定支出控除を計算してみましょう。
【Aさんの給与収入:500万円】
上記の給与収入での給与所得控除額:収入金額×20%+44万円
1年間の特定支出の合計額:90万円
90万円-(500万円×20%+44万円)×1/2=18万円
Aさんは特定支出控除額として18万円を計上できます。
特定支出控除を受ける際の注意点
特定支出控除の制度にはいくつかの注意点があります。
給与支払者から証明してもらったもののみ計上できる
まず、特定支出に計上できるものは、給与支払者から証明してもらったものに限ります。よって、勤務先から特定支出に関する証明書を記載してもらう必要があります。
領収書や払込受取書が必要になる
特定支出として支払ったものについては、その支払いの証明書類として領収書や振り込みの際の払込受取書などが必要です。帰宅旅費の場合は、領収書等のほか「搭乗・乗車・乗船に関する証明書」も必要となります。航空会社のカウンター、乗車した列車の車掌や降車駅の精算所などで証明書を記載してもらいましょう。
費用の補てんに関する制約がある
特定支出は、給与支払者から費用の補てんを受けている部分があり、なおかつ補てん部分に所得税が課税されていない場合は特定支出から除外しなければなりません。このほか、資格取得費で教育訓練給付金や母子(父子)家庭自立支援教育訓練給付金の支給を受けている場合も、その支給部分は特定支出から除く必要があります。
控除を受けるためには確定申告が必須
そして、特定支出控除を受けるためには確定申告が必要です。年末調整では手続きできないので、忘れずに確定申告をしましょう。確定申告の際には「特定支出の領収書等」「特定支出に関する明細書」「給与支払者の証明書」「搭乗・乗車・乗船に関する証明書」が必要となります。領収書等は確定申告書に添付するか税務署で提示をします。
また、領収書等は特定支出に関する明細書を作成する際にも必要になるので、必ず保管しておきましょう。各種証明書については、国税庁ホームページでフォーマットを入手できます。
まとめ
特定支出控除とは、会社員などの給与所得者が利用できる制度です。仕事上必要なものとして認められている特定支出(勤務必要経費・帰宅旅費・資格取得費・研修費・転居費・職務上の旅費・通勤費)の合計額が給与所得控除額の2分の1を超える場合、超えた部分を給与所得から差し引くことができます。
ただし、利用できる特定支出は勤務先から証明を受けたものに限ります。また、支払いの証明となる領収書等も必要で、手続きは確定申告で行います。もし該当する支出がある場合は、領収書等を保管し、必要書類を確認のうえ、勤務先に証明書を交付してもらいましょう。