GIGAスクール構想、そしてコロナ禍の影響を受け、全国の学校法人はネットワーク環境の構築と生徒一人一台端末の導入に邁進している。神奈川県川崎市の桐光学園中学校・高等学校は、そんなICT導入の先駆者的な学校だ。同校がNTT東日本とともに取り組んだ事例について伺ってみたい。
ICT環境の構築を進める桐光学園中学校・高等学校
神奈川県川崎市麻生区の桐光学園中学校・高等学校は、3,000人を超える生徒が在籍する、県内でも有数の進学校だ。プロサッカー選手・中村俊輔氏の母校であり、スポーツの強豪校としても知られる。男女別学という特徴を持ち、男子と女子は道を隔てて別々の校舎で学習を行うとともに、学校行事やクラブ、生徒会では男女が年齢や性別を超えて協力し、ともに活動にあたる。
同校は、中学校・高等学校の生徒全員がICT端末を所持する「一人一台」環境を構築すべく、コロナ禍の中で設備の拡充に邁進してきた。この環境構築を支えたのがNTT東日本だ。同校のICT教育の中心的役割を担った、教頭の松浦仁氏にその経緯と効果について聞いていこう。
ICTへの取り組みとコロナ禍の対応
2017年に本格的なICT教育を志し、NTT東日本とともに取り組みを始めた桐光学園中学校・高等学校。2018年には高校生を対象としたChromebook導入がスタートし、年度ごとに1学年ずつ拡充が進められた。現在では全高校生への導入および高校校舎のWi-Fi環境構築、全教室へのモニター配備が完了している。
2020年初頭から始まった新型コロナウイルス感染症の流行により、学校教育は大きな影響を受けた。桐光学園中学校・高等学校もまた生徒らの不安解消に向け、インターネットを利用したホームルームを実施した。
「生徒と教員が直接顔を会わせる機会ができたことは、非常に良い効果があったと思います。ただし一部の学校のような双方向のオンライン授業は行っておりません。これは生徒によって通信回線やWi-Fi環境が大きく異なり、平等性という観点で問題があると考えたからです。本校では授業の動画等を配信し、生徒それぞれが見られる時間に学習する形を取りました」
同校は、2020年の緊急事態宣言によって登校できなくなった生徒らに向け、動画配信およびGoogle Classroomでの課題配信を実施。学校での対面授業に変わるオンライン学習を行った。このような対応がすぐに実行できたのも、2018年から徐々にICT教育のための環境構築を進めていたからといえるだろう。
「桐光学園中学校・高等学校では、ICT教育を進めるにあたり『すべての生徒が同じICT環境で学べること』『導入するからにはしっかりと効果を発揮させること』という2点を目標としています。機器の導入は始まりにしか過ぎず、入れてからが本当の勝負なのです」
同校がICTの導入を一度に全校ではなく年度ごとに1学年ずつとしているのは、教員のICTスキルを考慮した結果だという。教員がICTの知識を学び、その知識を周囲に広めることで、教員全体のICTスキル向上を狙ったそうだ。
「Chromebookも保護者の皆様にとっては決して安い買い物ではありません。教員のスキルを上げ、『ICTは教育に効果がある』と納得していただけるような使い方をしなければならないと思います」
中学校での導入に向けてネットワーク環境を更改
桐光学園中学校・高等学校は2020年、文部科学省の推し進めるGIGAスクール構想の一環として、また新型コロナウイルス流行を受けた対策の一環として、新たに中学校のネットワーク環境の更改を開始。4月に校務用サーバを整備、7月に教員用PCを更改し、そして9月に中学校校舎のWi-Fi環境を構築している。
「電波は目に見えるものではありません。全校生徒約3,000人という大きな学校ですので、当初は通信環境を整えられるのか、全教室にWi-Fiを届けられるのか、という点が大きな課題でした」
この取り組みを全面的に支えたのがNTT東日本だ。1台のWi-Fiアクセスポイント(AP)に約40人が接続する想定で、中学校の全教室および、いくつかの特別教室に新たにAPを敷設。さらにインターネット用の光回線を追加して3回線とし、中学校30クラスぶんの増加に対応できる形を取った。
「NTT東日本さんのスケジューリングは大変だったと思います。学校活動は途切れる間がほとんどありませんので、わずかな空き時間を縫いながらAPを取り付けていかなければなりません。1~2カ月という短期間で環境を更改できたのは、NTT東日本さんだからこそでしょう。信頼してお願いして良かったと思います」
現在は中学3年生から高校3年生まで4学年が全員Chromebookを持ち、学習に活用している。2021年4月には、桐光学園中学校・高等学校の生徒全員が端末を所持する「一人一台」環境が完成する予定だ。
使い方を学んでいくこともまた勉強
生徒一人ひとりがChromebookを所持するにあたり、やはり懸念されたのは『学習とは関係ない用途に利用されるのではないか』という点。桐光学園中学校・高等学校はこれに対し「使い方を学んでいくこともまた勉強」というスタンスを取っている。
「『これは見れません、あれも見れません』と大幅に制限を加えてしまっては、せっかくの道具の使い道がなくなってしまいます。あまりにひどいときは指導も必要かもしれませんが、自由にやらせるだけやらせるのが基本方針です」
当初は「まず情報の授業で生徒に使い方を学ばせよう」という声もあったそうだが、生徒らの知識や操作の吸収は早く、まったく必要なかったという。むしろついて行くのが大変なのは教員側だそうだ。
松浦氏自身は、具体的な授業でのICT活用について次のように話す。
「生徒たちは、わからないことがあればすぐにChromebookを開いて自主的に調べ始めます。私は『社会』を教えているのですが、動画や写真で具体的な史跡などを見せられるのは非常に効果が大きいと思います。またGoogle フォームを用いた復習などにも活用しています」
2020年はコロナ禍によって2カ月ほど対面授業ができなかった期間が存在し、授業の進度にも不安があったという。だが実際には多くの授業が予定通りに進んでおり、逆に例年よりも先に進んでいる教科もあったそうだ。
「ICTを使った授業が対面授業を100%代替できているとは思っていません。ですが7~8割は代替できており、その積み重ねの結果がコロナ禍に現れたのではないかと考えています。授業が始まってからも、課題の配布などの面で昨年より充実した活用が行えていると思いますので、進度の遅れを最小限に食い止められたのでしょう」
一方で「新たな課題も見えてきた」と松浦氏は話す。ひとつは、家庭のネットワーク環境が見えないこと、もうひとつは通信が切断されたときにどうするのかという問題だ。
「こういった通信の問題はICTの活用が進めば進むほど影響が大きくなるでしょう。コロナ禍においてマンションに住んでいる先生方が仰っていたのですが、午前中はあきらかに通信環境が悪化するそうです。これはもう国全体の話になるのかもしれませんが、ICT教育を推し進める上ではネットワークインフラのさらなる整備が欠かせないと考えます」
生徒たちに「問いのない問題に答えられる能力」を
校内ネットワークを更改、Chromebookを導入し、新しい学びに向けたICT教育の環境を構築した桐光学園中学校・高等学校。同校は今後も教員および学校全体でICTのスキルアップを図り、新しい学びの提供を進める予定だ。
最後に松浦氏は、ICT教育の今後についての考えを次のようにまとめる。
「ICTの普及によって、いつでもどこでも勉強できる環境が整いつつあります。昭和の時代はちょっとした調べ物すら図書館に行かねばできませんでしたが、いまは専門的な文献すらインターネットで閲覧することができます。基礎学力をつけることももちろん必要なことですが、その先に違った学習の形があると私は考えています。生徒たちには『問いのない問題に答えられるような能力』を身につけてほしいと思います」