「脳にとっては非常に危険な時代かもしれません」。そう語るのは、脳神経外科医の菅原道仁先生。その理由を菅原先生は、「インターネットの浸透によって以前とは比較にならないほど大量の情報にさらされているから」だといいます。

  • 「脳を休ませれば人生が変わる」。パフォーマンスUPのための積極的休養のすすめ /脳神経外科医・菅原道仁

情報の渦に巻き込まれた現代人の脳は、すっかり疲れてしまっているのです。もちろん、脳が疲れていたらパフォーマンスをフルで発揮することはできません。脳を休ませる方法を聞きました。

■大量の情報にさらされる現代人の脳はお疲れ気味

誰もがインターネットを利用しているいま、現代人は、かつては考えられなかったほど大量の情報にさらされています。便利になった一方で、当然ながらそこには弊害も生まれました。その弊害とは、脳疲労の増大です。

テレビを消していたとしても、スマホにはネットニュースやSNSといったさまざまなアプリの通知が次々に届きますよね。そして、そのたびにわたしたちの感情は揺り動かされます。それこそ、「本日の新型コロナウイルスの新規感染者数は○人」といったネガティブなニュースに触れれば不安にもなるでしょう。

感情とは、ニュースの内容といった外部からの刺激に対する脳のリアクションです。そのため、感情を頻繁に揺り動かされることが、脳を疲れさせることになるのです。

脳が疲れると、わたしたちにはさまざまな問題が生じます。脳の前頭葉は、判断力や創造力、言語能力といった、人間が人間らしく行動するための機能の多くを司っています。ですから、前頭葉が疲れてしまうと、それらの能力は低下します。

すると、仕事におけるパフォーマンスが著しく低下するばかりか、日常生活にも支障をきたすようになることは容易に想像できるでしょう。

さらに、脳の疲労が限界に達してしまうと、脳は強制的にシャットダウンしてしまいます。それがなにかというと、うつ病の発症です。うつ病が現代社会にとっての大きな問題だということはいうまでもありませんよね。

ビジネスパーソンとしてパフォーマンスを高め、しっかり働いてよりよい人生を歩むには、脳を疲れさせない意識が必要なのです。

そう考えると、いわば「情報断食」といったふうに、なるべく情報をシャットアウトすることも必要となってきます。先に例として挙げた新型コロナウイルス関連の話でいえば、新規感染者数といった情報に対して、医療関係者などではない人が一喜一憂することにはあまり意味がありません。

心配する気持ちはわかりますが、特効薬がまだできていないいま、一般の人がやれることはもうすでにわかりきっていますよね?

可能な限り外出を控え、マスクの着用と手洗いを忘れず、「3密」を避ける。それらのやるべきことを粛々とこなし、情報をアップデートするのは週に1回ほどにするといいと思います。そうすることで、情報による過剰な脳の疲労を大きく軽減できます。

そして、仕事や家事など本来やるべきことに脳のリソースを割き、パフォーマンスをアップすることもできるのです。

■「情報断食」が難しければ、できる限り睡眠の質を上げる

そうはいっても、情報化社会といわれる現代において、断食のように情報を完全にシャットアウトすることは難しいでしょう。そこで、別の方法で脳を休め、パフォーマンスをアップさせることも考えてみましょう。その方法とは、「睡眠」です。睡眠が脳を休ませる行為だということは、みなさんもご存じでしょう。

ですから、できるだけ睡眠の質を上げていくことが大切。そのためにまずやってほしいのは、睡眠時間を先に確保してスケジューリングするということです。働き盛りのビジネスパーソンは、どうしても「仕事や家事などやるべきことをやって、余った時間に寝る」という生活スタイルを取りがちです。

でも、それでは必要な睡眠時間をなかなか確保できません。そうではなく、睡眠時間を中心に1日のスケジュールを考えてください。

1日は24時間です。そして、その1日の予定はおおよそわかっていますよね。そこで、就寝時間と起床時間を先に決めてしまうのです。そこから逆算して、他の予定を入れていけばいい。多くの人は、仕事や遊びをして、残った時間が睡眠時間と考えがちです。そうではなく、「睡眠ありき」のスケジューリングをしてほしいのです。

他には、寝具にお金をかけることも大切なポイントです。日本人の睡眠時間は世界最下位というデータもあるほどで、睡眠に悩みを抱えている人は想像以上にたくさんいます。そんな睡眠事情により、睡眠に対する興味関心が高まっているのでしょう。

数多くのメーカーがよりよい睡眠を得るための寝具を開発・販売しています。「寝具なんてなんでもいいや」ではなく、よさそうな寝具を試してみて自分に合うものを選ぶことは、睡眠で脳を休ませることに大きく寄与します。

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それから、寝酒はやめましょう。週末などに楽しいお酒を飲むくらいなら構いませんが、「眠れないから…」と飲む寝酒は医師の立場からしてNGな行為です。日常的にお酒を飲んでいる人なら自覚があると思いますが、お酒を飲んで寝ると、ちょっとした物音でも目が覚めてしまうなど「睡眠が浅いな」と感じませんか?

眠りが浅くなる原因は、アルコールの摂取により肝臓で生成されるアセトアルデヒドという毒素の作用がまず挙げられます。アセトアルデヒドが、睡眠の後半に浅い眠りであるレム睡眠を増加させるのです。

他にも、尿の量が増えてトイレに行くために起きてしまうこともあるでしょうし、喉の筋肉が緩むことでいびきが出て睡眠を妨げるなど、アルコールが睡眠に与える悪影響はさまざまです。

アルコールの働きによって寝入りはよくなるかもしれませんが、睡眠の質は大きく下がってしまうのです。本当に眠れなくて困っているという人なら、お酒に頼るのではなく、医師に相談して睡眠薬を処方してもらったほうがいいと思います。

コロナ禍のいまは、よりよい睡眠を得るためにはチャンスともいえます。在宅ワークになって通勤から解放されたという人なら、これまでより長い睡眠時間を確保できるようになった人もいるでしょう。

一方、比較的自由に1日のスケジュールを組めるようになったために、夜遅くまでゲームをしたり映画を観たりと、生活リズムを完全に乱してしまっている人もいるはずです。ただ、このことについてはみなさん自身が自分を律するしかありません。朝になればお母さんが起こしてくれるわけではありませんからね。

自分を律して、寝るべき時間になれば寝て、起きるべき時間に起きる。もちろん、働くべき時間にしっかり働くということです。あたりまえのことかもしれませんが、そういった基本的な能力がこれからの時代には求められるとわたしは思いますし、その習慣を手に入れた人こそが、脳をしっかり休ませるこができて、パフォーマンスを上げていくのでしょう。

■「積極的休養」と「ぼーっとする」ことが脳を休ませる

やはり人間にとっては、寝るときはしっかり寝て働くときはしっかり働くといったふうなメリハリが大事なのです。そういう意味においては、脳を休めてパフォーマンスをアップさせるということも含め、「アクティブレスト(active rest)」と「ぼーっとする」ことも大切になってきます。

日本語で「積極的休養」と訳されるアクティブレストとは、「自分がやりたいことや楽しいと思えることをやること」を指します。ゴルフが好きな人が週末にゴルフをすることもそのひとつですよね。18ホールをラウンドすれば、身体は確実に疲れますから「休養」とは思えないかもしれません。

でも、大好きなゴルフをしたことで精神的には完全にリフレッシュできるのです。それが、脳を休ませることにつながります。

ただ、わたしもここでは「脳を休ませる」という表現をしていますが、それはあくまでも便宜上のものです。脳は、いかなるときも完全に休むことはないのです。たとえば、睡眠中なら日中にインプットされた情報を整理して記憶に定着させるといった働きを脳は行っています。

そういった自動的に行なっている処理に脳を集中させることが、「脳を休ませる」ということなのです。

でも、嫌なことや気が乗らないことといった、負の感情を伴う行為をする場合、それらの感情を処理しなければならないために脳の負担が増してしまいます。そのため、脳は休めなくなるわけです。

でも、「やりたい!」「楽しい!」と思える行為をするのであれば、脳の負担を軽減でき、結果的に「脳を休ませる」ことができるという仕組みです。

「ぼーっとする」ことにも同じような仕組みが働きます。ぼーっとしているあいだも、睡眠中と同じように厳密には脳は休んでいません。でも、お風呂につかってぼーっとする、ぼーっと映画を観るといったときには、わたしたちはなにか特別なことなど考えていません。

それも、アクティブレスト同様に、脳にとっては余計な処理に追われることがないたしかな休息になっています。

アクティブレストやぼーっとすることで、現代社会のなかで疲れがちな脳を休ませることを考えてみてください。とくにまだ体力のある若い世代のなかには、バリバリと休みなく働くことこそがいいことだと考える人もいるかもしれません。

でも、パフォーマンスをアップさせて成果を挙げ、周囲の評価を得るには、ただがむしゃらに働くのではなく、適切に脳を休ませることが重要だということを忘れないでください。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人