2020年の流行語大賞(トップテン)に選ばれ、劇場版においては、日本最速で興行収入100億円突破記録を達成した『鬼滅の刃』。

驚異的な人気を誇るこの作品から、現代の働き方や生き方に活かせる理想のリーダー像や組織づくりが見出せるのだろうか。組織開発や人材育成サービスを提供する、リンクアンドモチベーション 取締役 川内正直さんに伺った。

  • 『鬼滅の刃』はビジネスシーンでも活用できる?

鬼舞辻無惨の部下は内向きの発想になる

「職業病というか、どんな作品も、つい組織づくりや人材育成の観点でみてしまいます。『鬼滅の刃』も学べることがたくさんありました」と言う川内さん。

ちなみに本作品は、主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が、鬼となった妹・禰豆子(ねずこ)を人間に戻す方法を探し出すために、鬼狩りの組織「鬼殺隊」に加入し、鬼との死闘を繰り広げる姿を描いたダークファンタジー。炭治郎の成長、家族愛、仲間との絆など……見るべき要素が凝縮されており、人気なのもうなずける。

その中で、川内さんの最初に目に留まったのが、「鬼グループのラスボス、鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)と、鬼殺隊の頭領、産屋敷耀哉(うぶやしき・かがや)の対照的な、部下とのコミュニケーションです」と語る。

  • リンクアンドモチベーション 取締役 川内正直さん

「無惨の方は、トップダウン型リーダーシップ(支配型リーダー)。リーダーに権限が集中しているので、指示命令に迷いがなく、意思決定をスピーディーにできるのが特長です。デメリットとしては、部下が常にリーダーの顔色をうかがって仕事をしてしまうこと。それによって、部下はどんどん内向きな視点になり、自らアイデアを出して行動したりすることができなくなってしまいます。

一方、産屋敷の方は、『サーバンドリーダーシップ(支援型リーダー)』と言われる、リーダーが一歩引いて部下の特長を生かしながら組織を動かしていくスタイル。こちらは、支配型リーダーと違って、部下は自律的に考えて行動するようになります。環境が目まぐるしく変化する昨今では、リーダーが全体の状況を把握できなくなってきているので、現場をけん引していく人材がクリエイティビティを発揮して行動していくことが組織の競争優位性にもつながります。

デメリットとしては、部下同士や、部下と上長とで意見が異なった場合に、方向性を決めていくのに時間がかかり過ぎてしまう点です。そのため有事には非常に不向きです」。

組織の状況に合わせてスタイルを変える

産屋敷の支援型リーダーが理想的なコミュニケーションのように見えるが、実際のビジネスシーンでは、そうでもないようだ。

「先程紹介したように、両者のスタイルには一長一短があるので、組織の状況に合わせて、コミュニケーションスタイルを変えていくことが重要です。例えば、主人公の炭治郎が鬼となった妹・禰豆子と行動していることに対して『隊律違反!』と、鬼殺隊の最上位の剣士である"柱"たちの審判を受けるシーンで、リーダーである産屋敷は柱たちの意見を聞くものの、最終的にはトップダウンで方針を決定しました。

有事の際だからこその決断。これがもし、部下に対して、支援型リーダーの関わり方を続けていたら、組織としての一体感も崩れていたかもしれません。『ここぞ!』という時は、リーダーが方針を示していく。こうした臨機応変な対応がリーダーには求められます」。

鬼舞辻無惨と産屋敷耀哉、「組織文化」の違い

さらに、川内さんは2つの組織文化の違いについて、「鬼と、鬼殺隊(人間)では、どちらも『相手を倒す』ことで役職が得られるという成果主義を採用しているのに、前者の多くが単独行動、後者は相互扶助で戦うのが基本スタイルになっている」と指摘。

「理由は2つあって、1つはそれぞれのリーダーの素養や資質による点です。鬼殺隊のリーダーの産屋敷は、短命な一族の生まれで、刀を10回も振れず倒れてしまうほど病弱です。そんな自分の弱さを知っているからこそ、組織として何ができるかを考え、その可能性を信じて、さまざまなタイプの柱を集められたのではないでしょうか。

それに比べて、無惨は完璧なまでに強く、さらに『日光以外では死なない』という万能感があったからこそ、組織として『助け合う』という発想が生まれにくかったと考えられます。一般的にリーダーは、部下に自分と似たタイプを求めてしまう傾向があり、それゆえ、武力に秀でたもの(一部を除いて)だけが集まってしまったのも要因として挙げられます」。

  • 鬼舞辻無惨の部下に「いかに自分と似るかを求めた」、と指摘する川内さん

そのポストに期待することを言語化できているか

もう1つの理由は「それぞれのポジションに期待する役割を明確にしているか否かです」。川内さんは、「鬼殺隊の柱には期待する役割があるが、鬼にはそれがない」と言う。

「炎柱・煉獄杏寿郎が死ぬ間際に放った『柱ならば後輩の盾となるのは当然だ。柱ならば誰でも同じことをする』という感動的なセリフ。この言葉から、高い戦闘力(強さ)だけでなく、後輩を育てたり、自分よりも弱い者を守ったりすることも、柱としての使命だったと推測できます。新たなポジションを与えられた時に、このようにマインドセットされることで、組織としてのチーム力も高まっていきます」。

日本の企業では、新たなポストや仕事を与えられても、上長から、どんな役割を期待されているのかを言語化されないため、それまでのマインドを切り替えられないビジネスパーソンも多いようです。

「実際、コロナ禍でリモートワークが増えている中、『背中を見て育て!』というやり方が通用しなくなり、一人ひとりに何を期待するのかを言語化することが重要になってきています」。

鬼舞辻無惨にダイバーシティがあれば勝てた!?

最後に「鬼が勝つためには、鬼舞辻無惨は何を変えれば良かったのか?」という無茶な質問を川内さんにぶつけてみた。

「無惨は武力(強さ)だけに頼ってしまったのが勝ち切れなかった要因ではないでしょうか。もしダイバーシティ・インクルージョンという考えを導入したら、守り方や攻め方も変わっていたと思います」と、川内さん。

「例えば、日の光を克服するために、どういった鬼に耐性があるのかを研究するなど、データサイエンスや科学など武力以外の価値も認められるようになれば、勝てる可能性も高まったのではないかと思います」。

多くの点で、現実の組織や人材育成とリンクしていて、こうした視点で『鬼滅の刃』を観てみると、また違った楽しみ方ができるのではないだろうか。

取材協力:川内正直(かわうち・まさなお)

早稲田大学卒業後、草創期の株式会社リンクアンドモチべーションへ入社。
ベンチャー企業から大手企業まで幅広い顧客企業の変革を成功に導く傍ら、多くの新規拠点立ち上げにも関与。2018年に取締役就任し、組織開発本部にてコンサルティング・クラウド部門を統括。