コロナ禍で働き方が変わったものの、オンラインでの会議や慣れない作業環境など、業務スピードが落ちる悩みもあるだろう。

しかしこの状況だからこそ、スピード感を増す企業もある。「"あったらいいな"をカタチにする」のキャッチコピーでユニークな製品を開発する小林製薬だ。新しい生活様式で生まれる悩みや課題にいち早く答えるため、通常の半分の期間で開発するなど速いスピードで世に出る商品もあるという。

小林製薬ならではの、スピード開発の秘密とは? 開発担当にインタビューを行った。

新しい生活様式の「あったらいいな」に応える怒涛の開発スピード

今までとは異なる課題が生まれる「新しい生活様式」。小林製薬ではこの悩みを解決するべく、新商品を開発している。例えば、家庭の中でも多くの菌が付着しているスマホを高濃度のアルコールで拭ける「スマートフォンふきふき」や、マスクの肌荒れに悩む方に向けた「オードムーゲ 薬用ローション ミスト化粧水」といったものだ。

  • コロナ禍で開発された商品「スマートフォンふきふき」、「オードムーゲ 薬用ローション ミスト化粧水」

そのひとつが、10月に発売された「うるるテクト 消毒できるハンドミルク」。消毒しながら保湿もできるハンドミルクで、手指の消毒で肌荒れをする悩みを解消しようと開発された。

  • 「うるるテクト 消毒できるハンドミルク」

今回、「うるるテクト」の企画開発に携わった、小林製薬 ヘルスケア事業部マーケティング部新製品開発グループの池本晃一氏に話を伺った。池本氏の担当は新商品の企画開発で、研究や製造など関連部署との調整を行う、ハブのような存在だ。

「うるるテクト」のような指定医薬部外品は、通常だと開発に数年かかるそう。しかしコロナ禍ならではの「消毒で手が荒れる」という悩みが起きてから、1年立たずに発売した。

「小林製薬の平均的な開発スピードは、医薬品を除くと約13ヶ月程度です。日用品では半年程度で発売するものもあり、逆に医薬品や指定医薬部外品だと数年かかる場合もあります。『うるるテクト』は指定医薬部外品なので通常であれば時間がかかる製品ですが、4月に企画し、約半年後の10月下旬には店頭に並びました」

  • 小林製薬 ヘルスケア事業部マーケティング部新製品開発グループ 池本晃一氏

通常の開発と比較して、約半分の期間で実現したこのスピード開発には、2つの理由があるという。ひとつは「"あったらいいな"をいち早く届けるために市場にファースト・インする」という小林製薬の理念、もうひとつは「社員全員が参加するアイデア提案制度」だ。

今後にも活きる、特別フローのスピード開発

「新しい生活様式に関わる製品に関しては、特別なフローを敷きました。通常の開発フローとは異なり、研究やデザインを平行しつつ最短で進めたり、社内決済も時間を見つけて都度行うなど大幅に時間を短縮しました」

元々スピード感のある開発を強みにしているが、この状況のなか「いち早く市場にファースト・インする」という小林製薬の理念が色濃く出た対応と言えるだろう。

通常、新製品のアイデア会議をする数ヶ月前からテーマを決めるが、今回は「新しい生活様式のニーズに応える」というテーマが決まった1週間後にアイデア会議を実施。そこから研究・マーケティング・営業・工場生産のすべてを最短のスケジュールで設定したという。

「通常春と秋に新製品を発売するのですが、想定発売日がずれると店頭に並べられなくなる可能性がありました。とはいえ製品に妥協したくなく、間に合わせようと必死でしたね」と池本さんは当時を振り返る。

また、幅広い分野の製品を手掛けているため、様々な知見が集まりやすいのも小林製薬の強みだ。医薬品の観点から、また日用品の観点から、内容はもちろんパッケージ表現のしかたなど社内で相談できるという。

  • 「うるるテクト」利用時のイメージ画像。パッケージにも「消毒できるハンドミルク」と大きく書かれており、製品の特徴が伝わりやすい

コロナ禍により多くの会社でオンライン化が進んだが、小林製薬もまたコミュニケーションの取り方が変わったそうだ。今まで顔を合わせて行っていたアイデア会議や、商品開発の際に欠かせない消費者へのヒアリングはWeb会議に移行。また従来、社内連絡はメールや電話が中心だったが、チャットツールの使用頻度が高くなった。オンライン化により業務の改善につながったという。

「速い開発を実現するために、今まで以上に細かくコミュニケーションを取るようになりました。その結果、伝達ミスが減ったり、在宅や出張など状況にとらわれず連絡を取りやすくなりました。今回のスピード開発を行うにあたり柔軟に対応したことは、今後の開発にも活かせそうだと考えています」

「あったらいいな」の源、アイデア制度

もうひとつのスピード開発の源が、小林製薬の「アイデア提案制度」だ。

これは小林製薬のグループ全員が、毎月1件以上の新製品もしくは業務改善のアイデアを提案するというもの。1982年から行っており、アイデアの該当部署からフィードバックがもらえることも特徴だ。2019年は、約3,000人の社員から、新製品3.8万・業務改善1.7万件が提案された。過去にはこのアイデア商品がきっかけで、「熱さまシート」などのヒット商品も生まれている。

  • アイデア提案制度をきっかけに生まれた「熱さまシート」

アイデア制度は、商品開発のきっかけだけではなく、市場ニーズがどの程度あるか計るためにも役立っているという。

今回の「うるるテクト」は企画開発の部署から出たアイデアではあるが、世間のニーズがどの程度あるのか、アイデア提案制度で悩みのボリューム感を計った。新しい生活様式に関連するアイデアは、すでに1万件以上が提出されるなか、「消毒液で手が荒れる」ことに関するアイデアや意見は100件以上寄せられた。社外のデータも参考にしつつ、社内で必要性がどの程度あるかの答え合わせができたと池本さん。

「他社も同様の製品を出してくる可能性はありましたが、消費者からのニーズがあることはわかっていたので、店頭で製品の特徴がぱっとわかるような内容・パッケージにしました。結果、他社に先駆けてこのコンセプトで打ち出せたと手応えを感じています」

  • 昨年までの「全社員アイデア大会」の様子

「この制度では、企画と関係ない部署の社員でも新製品のアイデアを出すことができます。毎月ひねり出す苦労もありますが(笑)、日常の課題についてアンテナを張る習慣がつきますね」

アイデアの創出に限らず、さらには自社の経営に参画しているという意識の醸成にもつなげる狙いもあるという。

まだ消費者も気づかない「あったらいいな」も提案していきたいという小林製薬。従来のやり方が必ずしも通用しない状況ではあるが、柔軟でスピード感のある開発やアイデア提案制度をきっかけに、今後どんな製品が出るか注目したい。