1960(昭和35)年の箱根ロープウェイ開業により完成した、箱根の人気観光ルート「箱根ゴールデンコース」は、2020年9月7日に開通60周年を迎えた。全国各地の観光地が新型コロナウイルス感染症の影響を受ける中、神奈川県の代表的な観光地である箱根はどのような状況なのか。箱根ゴールデンコースを巡りながら、現地の様子をレポートする。
■久しぶりに復活したゴールデンコース
箱根ゴールデンコースとは、箱根登山電車(小田原~箱根湯本~強羅)、箱根登山ケーブルカー(強羅~早雲山)、箱根ロープウェイ(早雲山~大涌谷~桃源台)、箱根海賊船(桃源台~箱根町・元箱根)、箱根登山バス(箱根町~箱根湯本・小田原)を乗り継いで、箱根の代表的な観光スポットを巡ることができるコースであり、利用者が多い。
しかし、昨年は大涌谷の噴火警戒レベル引上げにより、ロープウェイが約5カ月間にわたって運休(10月26日に全線運転再開)。10月12日には、後に「令和元年東日本台風」と命名された台風19号の直撃による被害で、登山電車の箱根湯本~強羅間が不通になった。
当初、登山電車の復旧の見通しについては2020年秋頃と発表されたが、予定よりも約3カ月前倒しされ、2020年7月23日の始発から運転が再開された。箱根ゴールデンコースを完全な形で巡ることができるようになったのは、久しぶりということになる。
では早速、箱根ゴールデンコースに出かけてみよう。同コースを巡る前に、購入をおすすめしたいのが「箱根フリーパス」だ。2日間有効券が4,600円で発売されている。
日帰り旅行だと、1日分が無駄になってしまうように思うかもしれないが、小田原発着でゴールデンコースを通常料金で周遊した場合も、ほぼ同額がかかる。また、同パスを提示すると、沿線の観光スポットや飲食店などで割引サービス等が受けられることから、結果的にお得になる。
なお、現在、9月末までの期間限定で、「エヴァンゲリオン×箱根 2020」イベントが行われており、「箱根フリーパス」もエヴァンゲリオンデザインのものが販売されているほか、スタンプラリーも開催されている。スタンプラリーの景品は5カ所達成でオリジナルステッカー、10カ所達成でオリジナルクリアファイルをもらうことができる。スタンプ設置場所が鉄道駅から離れている場合もあり、日帰りだと10カ所達成は難しいかもしれないが、5カ所なら楽々達成可能だ。ぜひ、チャレンジしてみてほしい。
■台風被害の爪痕がいまもなお残る
登山電車に久しぶりに乗車してみて、目についたのが、復旧後も残る台風19号の爪痕だ。登山電車は箱根湯本~強羅間の全線にわたって被害を受けたが、とくに甚大な被害が発生したのが、箱根湯本側から見て、大平台駅の先にある上大平台信号場~仙人台信号場間に位置する「大沢橋梁」と、宮ノ下駅~小涌谷駅間の「蛇骨(じゃこつ)陸橋」の2カ所だ。
大平台隧道(トンネル)をくぐった先に架かる大沢橋梁は、隧道上部の沢から流れ落ちてきた大量の岩石により、橋梁の一部が埋まった状態になった。
かなりの圧力がかかったはずであり、橋梁の損傷が懸念されたが、鉄道総合技術研究所(鉄道総研)の協力により全体的に目視による確認を行ったところ、幸いにもボルトの損傷や部材の亀裂・歪みなどが発生しておらず、橋梁の健全性に問題はなかった。岩石の除去後、今後、同様の被害発生を防止する対策として、土留め用のコンクリート壁を鉄道敷地の境界部分に構築した。
より大きな被害が発生し、復旧作業も難航したのが蛇骨陸橋だ。蛇骨陸橋は3つの橋脚の上に4つの橋桁が載った構造になっているが、線路脇の崖の斜面(のり面)崩壊によって発生した大量の土砂に巻き込まれ、強羅方の橋脚1脚の一部と、この橋脚に支えられていた橋桁2連が崩落し、さらに陸橋上の約40mを含む、全体で約80mにわたる、レール・枕木・架線などの鉄道施設が流出した。
蛇骨陸橋の復旧方法についても鉄道総研に相談したが、流出を免れた2本の橋脚や橋桁もレールなどの流出にともない損傷し、原状回復が難しいこと、また、大正時代(1919年の開業時)につくられた構造物であることから、現在の技術基準への適合性なども勘案し、古い構造物をすべて撤去のうえ、新しい橋を構築した。橋の復旧作業に先立ち、神奈川県により、崩落したのり面の調査・補強工事が行われた。
大沢橋梁の工事は西松建設、蛇骨陸橋の工事は清水建設が担当した。箱根登山鉄道実施分の工事費用は総額35億円に上り、国(鉄道軌道整備法にもとづく災害復旧事業補助を申請)と地方(神奈川県・箱根町)が4分の1ずつ負担し、残りの2分の1を箱根登山鉄道が負担した。
■軌道線車両の64年ぶりの里帰りも
箱根は災害続きの印象だが、一方で明るい話題もある。2020年3月20日には、25年ぶりとなるケーブルカー車両・設備の更新が完了し、新車両での運転を開始した。
7月9日には、ケーブルカーとロープウェイの乗換駅である早雲山駅がリニューアルオープン。2階には新スポット「cu-mo箱根」がオープンし、カフェでは「雲のようにふわふわした食感」をキャッチフレーズにした新名物「くもぱん」などが販売されている。新設された展望テラスでは、足湯につかりながら、正面に「箱根大文字焼」が行われる明星ヶ岳を見ることができる。
さらにもうひとつ、箱根登山鉄道に関連した明るい話題を提供しよう。かつて、小田原市内(小田原駅前~箱根板橋間)を走り、1956年5月31日に廃止された箱根登山鉄道軌道線(小田原市内線)の車両が、同線廃止後の移籍先である長崎電気軌道から、64年ぶりに小田原へ里帰りするかもしれないというニュースがあるのだ。
対象の車両は箱根登山鉄道202号車(長崎電気軌道151号車)で、1925年に王子電気軌道(後の都電荒川線)で新造され、1950年に箱根登山鉄道に移籍。軌道線廃止後、他の4両とともに計5両(201~205号車)が長崎電気軌道に移籍したが、現存するのは202号車1両のみとなっている。
同車両は2019年3月に引退し、受入れ先を探していたところ、小田原で結成された有志団体「小田原ゆかりの路面電車保存会」(小室刀時朗会長)が譲渡希望者として名乗りを上げた。
車両の保存場所は、2021年2月に「箱根口」交差点付近にオープンする予定の3世代交流施設に、ほぼ確定した。また、事業費(輸送費、設置費など総額1,000万円)の一部にあてる500万円を調達すべく、クラウドファンディングを立ち上げたところ、9月4日時点で早くも達成した。
そこで、目標金額を750万円に引き上げ、クラウドファンディングを継続することになった。追加で調達する250万円は、車両のメンテナンス費用等にあてる。紫外線に加え、小田原は海に近いことから塩害の影響も懸念され、紫外線カット塗料やさび止め剤などにかかる費用も少なからず発生するためだ。
さて、今回、箱根ゴールデンコースを巡ってみて、箱根本来の活気には、いまだ程遠いものの、少しずつ訪問客数が戻り始めているという印象を受けた。箱根登山鉄道に問い合わせたところ、「お盆休みに関して言えば、昨年もロープウェイが止まっていた影響で、お客様はやや少なめでしたが、今年はその半分くらいの印象。通常年の半分弱くらいだったと思います」とのことだった。
こうした新型コロナウイルス感染症による客数減の影響を受け、現在、海賊船は通常時の8割程度の便数、登山バスは路線によって大幅に減便して運行している。
やや不便を感じるかもしれないが、逆に箱根をこれだけゆっくりと見て回れるチャンスは、今後、なかなかないかもしれない。感染症対策を万全にしつつ、ぜひ、復活した箱根ゴールデンコースを訪れてみてほしい。