ホンダの電気自動車「Honda e」(ホンダe)は、ボディサイズが小さく、小回りが利き、フル充電での航続可能距離は283キロ(日本で発表した数値、WLTCモード)という都市型のクルマに仕上がっている。とかくEVは長い距離を走れるかどうかが注目されがちな車種であり、最近では遠出にも連れ出して欲しそうなSUVタイプのモデルも続々と登場しているが、なぜホンダは、あえて都市型のEVを開発したのだろうか。それは、ホンダがEVの“呪縛”からの脱却を図ったからだった。

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    「ホンダe」の事前取材にて撮影。ホンダ初のピュアEVは、都市型コミューターとしてのキャラクターが際立つクルマだ。価格は通常版が451万円、「Advance」というタイプが495万円。日本での販売目標は年間1,000台だ

「普通のクルマ」のように作らなかった理由

ホンダではホンダeを「街なかベスト」なクルマと表現。都市型コミューターとしての使いやすさにこだわったEVとしてこのクルマを開発した。

ホンダe日本仕様のボディサイズは非公表だが、欧州のサイトでは全長3,894mm、全幅1,752mm、全高1,512mmとアナウンスされている。ホンダの小型車「フィット」が全長3,995mm、全幅1,695mm、全高1,515(FF)or1,540mm(4WD)なので(一部グレードをのぞく)、ほぼ同じくらいのサイズ感だ。

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」
  • ホンダ「フィット」
  • 左が「ホンダe」、右が「フィット」

込み入った都市部の道路を走るのに小さなボディサイズは魅力だが、さらに嬉しいのが最小回転半径の小ささだ。これは小回りの利き具合を示す数値だが、ホンダeでは4.3mを実現している。同社の「N-WGN」が4.5m~4.7mだから、軽自動車よりも「クルクル回る」(ホンダe開発責任者・一瀬智文さんの言葉)クルマということになる。

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    もともとはFF(クルマのフロントにモーターを積み、前輪を回転させて走るクルマ)として構想がスタートした「ホンダe」だが、フロントにモーターを積むと「オーバーハング(前輪より前に飛び出している部分)が短くできない」「こんなに転舵が切れない(最小半径を小さくできない)」といった意見が出たため、RR(リアにモーターを積み、後輪を駆動)に切り替えたという

ホンダeの航続可能距離(WLTCモード)は欧州で222キロ、日本で283キロとの発表があった。例えば日産のEV「リーフ」は322キロ(e+というグレードは458キロ)、同社が2021年の発売を予定するSUVタイプのEV「アリア」は610キロなので、200キロ台と聞くと短く感じてしまうのだが、ホンダe開発責任者の一瀬さんは「走行距離でいろいろといわれるんですが、『街なかベスト』なので十分だと思っています」と意に介していない様子だ。

このあたりの事情について、ホンダeの営業を担当するホンダの河津健男さんは、「ほかのメーカーのように長い距離を走れて、インパネもエクステリアも普通と同じようなクルマを作ることもできたんですけど、今の日本のEV市場の盛り上がり具合も考えて(市場規模は自動車全体の1%程度らしい)、『そういうクルマを出すよりも、ホンダにしか作れない、未来感のあるクルマにした方がいいよね』ということで営業側と開発側が一致したので、そっちに振り切りました」と話していた。

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    丸っこくてポップでかわいい。そこもホンダらしい

なぜホンダは、航続距離を割り切ってまで都市型のEVを作ることにしたのか。開発責任者の一瀬さんは「環境問題に対応するのであれば、人が集中する街中を中心に、最初にやるべきだろうと考え、街中でいきるEVをやろうと決めました」とする。もちろん、他社がどんなEVを売っているかは把握していたが、ホンダではEVの“呪縛”からの脱却を図ったのだ。

「昨今のEVは、ガソリンエンジンの能力をそのままEVで何とか(再現?)しようとして課題に直面し、戦っています。その結果、大きなバッテリーを積んで、幅は大きく、重量は重くて、取り回しもそんなに楽ではない、そんなEVができ上がっているんです。ホンダeは、そこの呪縛からいったん逃れて、小さく作って都市部で使いやすくすると同時に、未来の技術を詰め込み、そちらを磨きに磨いて、魅力あるクルマにしたいと考えました」

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    「ホンダe」は乗り込んでも未来感のあるクルマだ。木のテーブルのようなインパネに、ディスプレイが横一列に並んでいる。この大きなディスプレイはスマホのような使い方ができて、中には音声認識と情報提供を行うクラウドAI「Honda パーソナルアシスタント」が入っている

ガソリン(あるいは軽油)で走るクルマから乗り換えてもらうには、既存のクルマに対してそん色のないEVにする必要がある。そんな常識的な考え方はいったん措いて、ホンダはホンダらしくEVを開発しようと試みた。積み込んだのは他社よりも大きなバッテリーではなく、同社が未来を見据えて開発した新技術の数々だ。EVは今のところ、何万台も売ってばっちり稼ぐタイプのクルマではない。それであれば、クルマの未来を感じてもらえる面白い商品にしてやろうというホンダの発想は、すがすがしいほど振り切れている。