いつから「漫画は紙で読むこと」が当たり前ではなくなったのだろうか。
今回、大手出版社 白泉社にて少女漫画雑誌『LaLa』の編集長を務めた後、『マンガPark』の編集長として活躍する井手優美さんにインタビュー取材を実施。時代の変化における「漫画業界の変化」や、漫画アプリが普及したからこそ生まれた「新しい取り組み」など、いろいろとお話をうかがってきた。
漫画の"持ち込み"がオールドスタイルになりつつある
まずはネット漫画が普及したことによって、編集者の仕事にどのような変化が起こっているのかを尋ねてみた。
「ネット漫画が普及しはじめた2010年頃から、紙とネットでの売り上げを合算して考えるような方向に変換されていきました。さらに、これまでは競合とされる企業は"出版社"のみでしたが、異なる業界で活躍していた企業の参入なども見られるようになりました」
数年前までは、漫画は紙で読むことが当たり前だったが、いつしかネット上で漫画を読むことが増えていった。最近ではスマホ視聴を意識した"縦スクロール漫画"のような新しい表現方法なども見られるようになっている。そうした背景もあり、編集者の仕事も大きく変化したのだという。
「また、漫画家のデビューの仕方にも大きな変化がありました。これまでは"持ち込み"や"まんが賞"から漫画家が生まれることがメジャーでした。ですが最近では、投稿サイトやSNSへの投稿がきっかけとなり、大ヒットとなる作品の漫画家が生まれることもあります。さらに、作品に関するやり取りも、ネット上で行うことが増えています」
時代の変化にともない、これまでは常識ともされていた、漫画家希望者が出版社に直接ネームや手書き漫画を持っていく"持ち込み"や、応募作品から新たな連載漫画を見つけ出す"まんが賞への応募"も、年々少なくなっているという。
「"持ち込み"って相当勇気がいるし、絶対イヤだと思うんです(笑)。自身の内面をさらけ出したような作品をボロクソにいわれて……みたいなイメージがあるかもしれないし。非常にハードルの高い行為ですよね。これまでは当たり前の文化とされていましたが、これって、雑誌というもののブランド力が高かった時代の風習だと思うんですよね」
と井手さん。続けてこう語る。
「さらに、これまでの"まんが賞"に関しては、『時間がかかりすぎること』に問題がありました。通常の"まんが賞"では、漫画家志望者が【漫画を郵送で送り、その結果を待つ】というスタイルでした。ですが、これだと漫画の提出から結果が出るまでの期間だけで、当たり前のように1カ月、下手したら3カ月とかが経過してしまいます。これって、学生や若者からしたら『学校の1学期が終わってしまう』くらいの長さなんですよね。それはあまりに長いし、ハードルが高すぎてしまいます」
これまではオフラインが常識化していた漫画家とのやり取りも、生活のデジタル化によって、オンライン上で完結できるようになったという。漫画家が作品を発信する方法だけでなく、制作過程までもが変化していることがうかがえる。
「雑誌はまだまだすごいですが、これからは『紙だけに頼らない生き方』をしていかなければいけないと日々感じますね」
SNSでの投稿から漫画家が生まれる時代
白泉社では、同社が出版している漫画作品やユーザーが投稿した作品を読める『マンガPark』というアプリを運営している。こちらは2017年8月より運営を開始し、今年で3周年をむかえる漫画アプリだ。
「『マンガPark』は白泉社の漫画作品だけでなく、提携している出版社の作品まで読むことができるアプリです。さらに、私たちが運営している、漫画家志望のユーザーが自作漫画を投稿できる『マンガラボ! 』にユーザーが投稿してくれた作品も掲載しています」
『マンガラボ! 』は、ユーザーが自作漫画を投稿できるサービスとなっており、投稿された作品は一般ユーザーが読めるほか、白泉社の編集者からのコメントや担当希望がもらえるシステム等も備えられている。さらに、未来の漫画家を見つけ出すために、アプリ上での「コンテスト実施」や「編集部からのコメントシステム」などを取り入れているとのこと。
「これまでの"持ち込み"や"まんが賞"よりも、気軽に漫画家さんとコミュニケーションを取れるようにすることを目的のひとつとして考えています。こういった取り組みを通して、漫画家になるまでのハードルを低くしてあげられるような方法を常に考えています」
メインビジュアルに隠された想い
そして白泉社はこのほど、『マンガラボ! 』にて学生限定のコンテストとして「【マンガラボ!】U23-夏の学生マンガコンテスト2020」を公式サイトで開催。受賞者には賞金が与えられるほか、担当編集やマンガParkでの連載が確約されるなど豪華な特典が用意されている。なお、作品の応募受付期日は10月5日23時59分までとなっている。
同コンテストは、白泉社の編集部が専門学生に向けて漫画の授業や説明会を行う『出張編集部』がコロナの影響により中止となり、「オンライン上でもできること」を考えた結果生まれたのだという。
「このコンテストのメインビジュアルとなっているイラストを作成したのも、『出張編集部』を行った際に出会った元専門学校の生徒さんなんです」
こちらのメインビジュアルを描いた茶畑真さんは、『マンガラボ! 』の1周年を記念して実施された「連載争奪 異世界 マンガコンテスト」にてグランプリを受賞し、現在は『マンガPark』での連載を準備中とのこと。アプリへの投稿から漫画家として活動ができる時代だということを体現している。
「初めて茶畑さんに出会ったときに、何重にも折りたたんだコピー用紙に鉛筆で書かれた作品を渡されたのですが、読んでみると、初心者が描いたとは思えない才能に驚きました。こういった出会いもあるので、もっとたくさんの学生の方に漫画作品を投稿してほしい! と強く感じています」
そして井手さんはこう続ける。
「とにかく家で絵を描き続ける、孤独な作業をしている漫画家の卵が多いと思っています。それに加えてコロナ禍という外出しづらい状況から、フラストレーションが溜まっているという人もいるはずです。そこで、生活にメリハリをつけるために、"下書き""ネーム"でもいいから、1度挑戦をしていただければと思っています。
そして、『2020年の夏は、若干、地球はひどいことになっていたけど、僕は漫画を描いたよ』という思い出を刻んでほしいなと思っています」
漫画編集者は「面白い作品を生み出すこと」に対して非常に貪欲で、従来の仕事の進め方にこだわらない、柔軟な考え方を持った集団なのかと感じる時間となった。
生活のデジタル化にあわせて漫画業界も大きく変化している。それは漫画の制作に携わる環境だけでなく、読者が漫画を読む環境に対してもいえることだろう。これからさらに気軽に漫画を読める世界が待っているのかと思うと、非常に楽しみだ。