激しい怒りや嫉妬の感情、繰り返す後悔、将来への不安……。そんなネガティブな感情にとらわれてしまうと、どんどん心に余裕がなくなります。とくに、新型コロナウイルスの感染拡大によって、いま大きな不安感や焦りにとらわれている人が増えています。でも、心に余裕がなければ、ますます不安になって、負の連鎖のように悪手ばかりを繰り出してしまうでしょう。
そこで大切になるのは、いったん立ち止まる勇気を持って、「自分をじっくり見直す」習慣をつくることです。「心の余裕を持ちやすい習慣があれば、どんなことにも希望を持てる心の強さが養われる」と医師の小林弘先生は語ります。
3行日記で「怒り」をコントロールする
以前わたしは、自分が怒るのがどんなときかを考えたことがありました。すると、激しい怒りを感じるときは、たいてい「ほかのことでうまくいっていなくて、もともとイライラしていた」ときだと気づいたのです。
もともとイライラしていると、心に余裕がなくなります。心に余裕さえあれば、人間はたいていのことは冷静になれるものですが、余裕がなくなった途端に、負の連鎖がはじまるように失敗が続いて起きてしまうのです。
かつてのわたしは、いったんイライラしたらずっと引きずって怒ったままでした。それがなくなったきっかけは、実はみなさんに向けて本を書いたり、講演をしたりする機会をいただいたことです。なぜなら、人間というのは案外、自分自身のネガティブなことを他人に話す機会がなく、自分自身をじっくりと見直す時間も確保していないからです。
アンガーマネジメントなどでは、怒りを感じたときはとにかくひと呼吸置いて、数字を20まで数えてがまんするといわれます。これはそのとおりなのですが、ここではもう一歩深めて、「自分を見直す時間をつくる」ことを習慣にする方法をお伝えします。
それは、わたしがアイルランドに留学したときに同僚の医師にすすめられ、自分なりに改良を重ねて続けてきた「3行日記」という習慣です。つけ方はいたって簡単。「今日失敗したこと」「今日いちばん感動したこと」「明日の目標」の3項目を、それぞれ1行で書くだけの日記です。
狙いとしては、まず「今日失敗したこと」を書くのは、同じ失敗を繰り返さないように、失敗に正面から向き合うため。これがもっともハードルが高いのですが、やはり反省がなければ進歩はありません。けっして自分を貶めるのではなく、あくまで未来をよりよくするための「材料」を手に入れるつもりで書いてみてください。
次に、「今日いちばん感動したこと」は、どんなことでもいいので、その日もっとも心を動かされたことをフレーズで記します。これは書いていて楽しいことですが、だらだらと書き過ぎると輪郭がぼやけることもあるので、できればワンフレーズくらいに収めて記憶に残りやすくしましょう。
最後に、「明日の目標」を書いたら3行日記は完成です。明日やるべきことを事前に脳にインプットしておくことで、明日への不安や心配がなくなります。これは、質の高い睡眠につながると同時に、明日のことを簡単に「想定内」にしておく効果があります。
さらに、3行日記を書くときにおすすめしたいポイントがあります。それは、すべて手書きで行うこと。デジタルデバイスを使ってもいいのですが、手書きをすることは、心を落ち着かせ、自律神経のバランスを整える効果があります。また、見返したときに、自分の筆跡のほうがその日の情景や気持ちが蘇りやすくなるのです。
もちろん、たくさん書きたい人は3行日記の項目をベースにして、自分なりに日記をつけても構いません。ただ、3行日記はとにかく気軽に、スケジュール帳の端などにも記すことができるので「続けやすい」という利点があります。端的な文章で記すことで、自分の性格の傾向が見えやすくなるのもいいところでしょう。
日記は自分をよりよく理解するために、毎日続けるトレーニングのようなものです。寝る前に簡単に1日を振り返ることで、きっと明日への活力へとつながっていくはずです。
空を見上げていいことを望む
3行日記では、「今日いちばん感動したこと」を書く項目がありました。
同じように、ふだんの生活のなかでも、「なにかいいことがないかな」と気楽に行動することで、とても簡単に心が穏やかになります。たとえば、10分程度の隙間時間があれば、スマホをチェックするのではなく、屋外へ出て空の様子がどうなっているかを眺めてみる。あるいは、建物の横にある紅葉の下まで歩いてみる。ちょっとしたことですが、このような発想こそが心の余裕へと変わっていくのです。
人はあまりに忙しいときや落ち込んだとき、背中をまるめて下を向きがちです。わたし自身もかなり忙しいときはありますが、そんなときこそ、ほんのわずかな時間立ち止まって、ゆっくり空を見上げるようにしています。
「なんて美しい青空なんだろう」「涼やかな雨が降ってきたな」
そんなふうに空を見上げるだけで、不思議と心が楽になり、忙しさや心配事でいっぱいだった心がさわやかに晴れていくのです。これは医学的にも理にかなったことで、上を向くだけで気道がまっすぐになり、体内に入ってくる酸素が急増します。すると、末梢の血管が一瞬で拡張し、全身の細胞の隅々まで酸素と栄養が行き渡るのです。結果、自律神経のバランスが安定し、心身ともにスッキリしていくわけです。
このように、心の余裕を持ちやすい体質をつくっておくと、どんなことにも希望を持てる心の強さが養われていきます。
わたしが希望を持つことの大切さを知ったのは、大学時代のラグビーの試合で負った怪我の手術の経験からです。先生がわたしのレントゲン写真を見たとき、ある先生は見た瞬間に「あ、これは骨のくっつきが悪いな」といいました。でも、別の先生は、「あれ、このあたりにちょっとくっつきが見えているから、まあいけるだろう」などというのです。
正直なところ、わたしにはなにも見えなかったので「本当かな? 」と思ったのですが、その先生は「ここにうっすら骨が見えているのがいいんだよ」「大丈夫、歩けるよ」と前向きな言葉を伝えてくれたのです。
いまでは、その先生の気持ちがよくわかります。
医師の立場として、患者さんにそのようにいうと、その患者さんの気持ちがまったく変わるのです。人を暗くさせるのは簡単です。でも、希望がなくなったら生きる望みを持てない場合だってあるのです。
わたしは医師ですから、ときには患者さんが聞きたくないことをいわざるを得ないこともあります。でも、そんなときでも心がけているのは、絶対に希望を持たせるように伝えること。深刻な病になればなるほど、患者さんはずっとそのことを考え続けています。
そんなところに暗いことをいわれるだけだったなら、それは不安な気持ちにトドメを刺すような行為に等しいでしょう。しかも、わたしたち医師に解明できないことが、人間の体にはまだまだたくさんあるのですから。
話を戻すと、どんなに忙しくても、少しだけ空を見上げることはできるはずです。いや、「そんな暇すら惜しい」と思うときこそ、ぜひ意識して空を見上げてほしい。
あなたの心を穏やかにしてくれる思いもよらない素敵な光景が、頭上に広がっているかもしれません。
構成:岩川悟(slipstream)、辻本圭介 / 写真:川しまゆうこ
※今コラムは、『心穏やかに。 人生100年時代を歩む知恵』(著:小林弘幸/齋藤孝 プレジデント社)より抜粋し構成したものです。