「会社よりも気分が滅入る」、「乗ることを考えるだけで憂鬱になる」など、サラリーマンにとっては大きなストレスになっている「電車通勤」。
しかし実は、通勤電車ほど脳を活性化し、ビジネススキルを高める、刺激的な空間はないーーーそう話すのは、1万人以上の脳画像を分析してきた、加藤プラチナクリニック院長 脳内科医 医学博士 加藤俊徳氏である。
先ごろ、『脳にいい! 通勤電車の乗り方―脳内科医がズバリ解説』(交通新聞社)を出版したばかりの加藤氏に、どういう点が脳に効果があるのか、そして、ビジネススキルも高まる通勤電車での脳トレ法なども詳しく聞いた。
「ストレス」になるような脳の使い方をしている
―サラリーマンにとっては「電車通勤」は苦痛でしかないと思いますが、先生のお考えでは、それが変えられるということですか?
加藤氏 「私も数年前まで電車通勤をしていたので分かりますが、あの混雑した車両に乗っていると息苦しさやストレスを感じます。でも、脳科学的な見地から言えば、脳のメカニズムに反した脳の使い方をしているがゆえに、そうしたストレスが生じている場合はあります。その典型的な行動が、電車内でスマホやゲームに没頭することです」。
―私も手持ち無沙汰でついスマホを見入ってしまいます。あれが、よくないということですか?
加藤氏 「そうです。人間の目というのは、見たいものを見ようとする働きがあります。そして、脳はその目の動きを支えるために、6つの筋肉、眼輪筋を意図的に動かしていますが、スマホ画面を長時間見続けていることで眼輪筋が弱くなり、本来の見たいものを見る目を働きが機能しなくなってきます。
それにバーチャルにハマりすぎると、リアルな出来事への感度が弱くなり、視覚系だけでなく知覚、触覚など他の五感も衰えます。脳への情報取り込みが限定されることで、それらが人としての意欲を喪失していると考えています。みなさんは、知らず知らずのうちに、通勤電車内でストレスになるような脳の使い方をしているのです。私は、それを『通勤ストレス脳』と呼んでいます」。
「通勤ストレス脳」を解消するために不可欠な「脳番地」という考え方
―電車での乗り方次第で、その「通勤ストレス脳」が解消されるということですか?
加藤氏 「『正しい脳の鍛え方』次第で、疲れやストレスを解消し、毎日イキイキと楽しく過ごせるようになります。その際ポイントとなるのが、『脳番地』という考え方です。
脳は同じような働きをしている細胞同士が集まり、集団を形作っており、それを分かりやすくするために、その集団を脳番地と名付けました。それを機能別に分けると、この8つになります。
(1)運動系脳番地(身体全般を動かす。動かす箇所によって脳の部位が異なる)
(2)記憶系脳番地(モノや出来事を思い出したり、記憶するときに関わる)
(3)感情系脳番地(喜怒哀楽を感じるときに使う。鍛えれば制御もできる)
(4)伝達系脳番地(言語系と非言語系のコミュニケーションがある)
(5)理解系脳番地(与えられた情報を整理して、把握するときに使う)
(6)視覚系脳番地(見たり、じっくり観察したことを脳にインプットする)
(7)聴覚系脳番地(音や言葉、じっくり聞いた話などを脳にインプットする)
(8)思考系脳番地(考えたり、発想したりするときに使う)
これまで私は、脳内科医として1万人以上の脳画像を分析・治療してきました。そこで、脳には2つの特長があることが見つけました。
1つは、脳には『個性』があること。性格や好きなこと、得意なことが人によって違うのは、まさに脳に『個性』がある証拠です。もう1つは、「脳は鍛えれば、いくつになっても成長し続ける」ということ。
8つの脳番地も、活用頻度や発達度合いなどによって、成長スピードは異なります。弱い脳番地はそれだけでは成長しにくいため、他の脳番地を活用してつながりを太くし、共に鍛えることが大切。それによって、30代以降でもまだまだ脳は成長することができます。
そして、その脳番地をトレーニングして鍛えることが一番できるのが『通勤電車』なのです」。
電車内は脳を活性化する空間
―電車通勤のどういう所が、脳を成長・発達させるのでしょうか?
加藤氏 「幾つか理由はありますが、中でも大きいのは、『不特定多数の人と空間を共有できること』です。最近のサラリーマンに欠けているのは、相手をよく見て、コミュニケーションを図ることだと言われています。商談や社内でも打ち合わせなどでも、相手の言葉を鵜呑みにしすぎて、仕草などの非言語から本音を読み取れずに、対応を見誤ってしまうことが少なくありません。
そこで、電車内での人の観察などを通して、そのスキルを養うことができます。脳トレの内容によって異なりますが、視覚系から記憶系、思考系、感情系など複数の脳番地を活用し、苦手な脳番地を高めながら、ビジネススキルが鍛えられます」。
脳トレの一部を紹介
―他にどんな脳トレがあるのでしょうか?
加藤氏 「例えば、以下の行為が考えられます」。
人とぶつからないように乗り降りする
まず視覚系脳番地で、車内から降りてくる乗客の動きを認識。そしてどのタイミングで乗り込み、電車内のどの位置に自分の場所を確保するのかを考えながら動くため、思考系脳番地と運動系脳番地を使います。こうして複数の脳番地を瞬時に働かせる「高次脳機能」をフル活用します。すし詰め状態の通勤で周りに配慮するだけでも感情系脳番地を使うので、朝から脳を覚醒させるにはいいトレーニングになります。
網棚に荷物を置く
「モノが落ちてこないだろうか」「降りるときに忘れたりしないだろうか」など、普段網棚を使わない人は何かと気になりますが、その体験が感情系脳番地や視覚系脳番地を刺激して、脳を成長させてくれます。また重力に逆らって持ち上げる行為になるので、意欲を高める思考系脳番地を活発に使い、繰り返し行うことで自身のやる気も育ててくれます。
今日1日を振り返る
帰りの電車で、今日1日の行動を振り返る時間に使います。まず記憶系脳番地を強化できるのはもちろんですが、それ以外にも大きな効果が。それは「生きている実感」を得られること。今日できたこと、できなかったことを整理するだけでも、毎日の変化や明日やるべき目標が立てられ、仕事での成長できるようになります。
通勤を単なる移動時間・手段と考えずに、脳を鍛えたり、脳の疲れをとったりする時間にすれば、まだまだ脳は活性化し、伸ばすことができるそうだ。
加藤氏 「そうなればつらかった電車通勤が意味あるものに変わっていくはずです。実際、私自身がそうでしたから。さらに、ビジネススキルも高められ、仕事にも意欲が持てるようになります。つまり、電車通勤を変えれば、仕事も大きく変わります」。
都市部で働くサラリーマンに、通勤電車は毎日必ず直面すること。せっかくなら、今回の話を生かして、ポジティブに過ごしてみてはどうだろう。
取材協力:加藤俊徳(かとう・としのり)
新潟県生まれ。脳内科医、医学博士。加藤プラチナクリニック院長。 株式会社「脳の学校」代表。昭和大学客員教授。脳番地トレーニングの提唱者。加藤式MRI脳画像診断法を用いて小児から超高齢者まで1万人以上を診断・治療。