――古田さんご自身は、甲子園に出場することは叶いませんでしたが、プロ入り後に選手として甲子園のグラウンドに立つことになりました。

やっぱりうれしかったですね。甲子園は土はもちろん、外野の芝生もすごくきれいなんです。さすが日本一の阪神園芸ですよね。練習中、うれしくて走り回りました(笑)。普段はビジターで3塁側なんですが、オールスターでは1塁側なんですよ。1塁側だと、高校球児が試合後に歩いてくる坂道を通れるんです。プロ入り後、初めての甲子園でのオールスターでは、まずそこを見に行きました。子どもの頃からずっとテレビで見ていたので、うれしくて道を3往復ぐらいしましたね(笑)。

■情報過多だからこそ「腹をくくってガムシャラに」

――古田さんの頃の高校野球と今の高校野球とでは、野球レベルが格段に上がっていると思いますが、その要因は何だと考えますか。

すごい上がっていますよね。一番の要因はインターネットの普及など、情報を取りやすい時代になったことだと思います。栄養面やトレーニング面など、プロ野球に入ってから教えられるようなことでも、今の中高生は「プロはこんなことをやっている」と知っているので。良い意味で、早い段階で上手くなれる、体が強くなれる環境なのかなと。150キロ以上を投げる高校生投手が何人も出てきているので、こういう時代が来るとはね、という感じです。

――その一方で、古田さんは自著『うまくいかないときの心理術』にて、「情報が取りやすいがゆえに、マイナスな情報も入りやすく、諦めてしまう人もいる」と指摘し、「10代にやっておくべきことは諦めない気持ちを持つこと」と言及していました。

ダルビッシュがTwitterで返事をくれるような時代ですから、「ダルビッシュはこんなこと言ってる、うちのコーチはこう言ってる」と情報過多になりやすく、自分には何が合うのか、迷うこともあると思います。ただ、腹をくくってガムシャラにやらないと、結果的には上にはいけないんです。

僕らの頃は、良い情報は少なかったけど、たまたま出会ったものを正しいと思って「俺、いけるんちゃうか」と根拠のない自信で、バリバリやれた部分もありました。取った情報に対しては、「自分のものにするんだ」という必死な姿勢が大切かなと思います。

――古田さんは高校時代は無名でしたが、プロ野球を代表する名選手になりました。高校以降に成長できた理由としては、そういった姿勢も一因なんでしょうか。

様々な要因があるので、一概には言えませんが、僕は無名な高校出身だったから守るものがないし、自分が変化することもいとわなかったです。自分が正しいと思っていたことも、「これは間違っていたな」と受け入れることもできました。そして、後がないと思っていたので、やはりガムシャラでしたね。

そう考えると、良いことでも悪いことでも、未来というのは自分が予測した通りに誰しもいかない。だからこそ、簡単に予測してああだこうだ言うのは、ナンセンスだし、もったいないなと思いますね。