東京2020で訪れる車いすの旅行者に、私たちができること

前述したが、三代さんの旅の目的は"世界のバリアフリー調査"。しかし、旅が進むにつれて、車いす用のスロープやトイレといった設備としてのバリアフリーよりも"大切なもの"に気づかされたそうだ。

「東南アジアや南米に行くと、車いすの設備が整っていない場所も多いんですよ。『そんな環境ばかりなのによく世界を巡れましたね』って、よく言われるんですけど、それは現地の人たちが助けてくれたからに尽きます。車いすで進むのが難しい坂道や悪路に何度も遭遇しましたけど、その度に近くを通りかかった人が『どうした? おれが押してやるよ』と声をかけてくれるんです。そうやって、"バリアフリーの設備よりも大切なものがある"ってことに気づけたのは、自分の中でとても大きな経験でした」

  • 旅先で困っていると、いつも現地の方々が手を貸してくれたそう(写真提供:三代達也さん)

そのように、世界共通のバリアフリーとも言える"人"の助けを借りて世界各国を巡ってきた三代さんだったが、帰国後に「どの国にもあった助け合いの環境が、今の日本には薄いのでは?」ということも感じ始めたという。

「日本人はシャイなので、知らない人に対して分厚い壁を作ってしまいがちです。その相手が今まで接した経験のない車いすの人だとなおさら。でも、それと同時に些細なことにも心づかいができる"気づき力"のポテンシャルが高いのも日本人の特徴だと思います。だからこそ、勇気を出して声をかけることができれば、車いすの人にとって他の国にはないような素晴らしい環境が築けるんじゃないかなと思うんですよ」

また、車いすの人にも「助けが必要なときは、もっと積極的に声をかけてほしい」と話す。"車いすの人の手助けをした"という経験ができれば、その人は次も街で車いすの人を見かけたときに声がかけやすくなる、そんなつながりがどんどん増えていってほしいという。ちなみに、三代さんは街で困ったときには、あえてカップルに声をかけることが多いそうだ。

「僕は、できれば"助けられる側も助ける側もウィンウィンでありたい"って思うんです。だから、困ったとき近くにカップルがいたら、彼氏の方に『すみません、ちょっと車いすを押してもらえないでしょうか?』って頼むんですよ。じゃあ彼氏が助けてくれますよね? そうすると、僕は助けてもらえてうれしいし、彼氏は人助けをしているカッコいい姿を彼女に見せられてうれしいし、彼女はカッコいい彼氏の姿を見られてうれしい。これ、トリプルウィンなんですよ(笑)」

  • 「身体に障害があり、塞ぎがちになっている人こそ海外に出かけてみてほしい」と三代さんは話す(写真提供:三代達也さん)

三代さんは、そう笑いを交えながら話をしてくれるが、日本人の気質としては知らない人に助けを求めるのは相当な勇気が必要に違いない。今の日本では"助けられる側も助ける側も経験不足"であることは確か。東京2020が迫る今こそ、三代さんは「一人でも、困っている車いすの人に声をかけてくれる人が増えてほしい」と語気を強める。

「海外から日本を訪れる車いすの旅行者は、そもそも馴染みのない言葉や文化にも戸惑うのに、他の国のように手助けしてくれる人もいないってなると、かなりつらいと思うんですよ。海外では、助けてもらったときに『ありがとう』を伝えると、『なんで? 礼を言われるようなことなんて何もしてないけど』って真顔で言われることが多かったんです。この感じって、今の日本にはあまりないような気がします。でも、そういうのがベーシックになってくれたらうれしいですし、それこそ本当の意味での"おもてなし"だと言えるんではないでしょうか」

"形のないバリアフリー"、それは……

「電車に乗っているとき、目の前に具合が悪そうな人がいたら、声をかけますか?」。ふいに三代さんから投げかけられた質問に、僕は少し回答に躊躇ってしまった。正直、そうした場面に居合わせたときは「誰か他に慣れた人が声をかけるんじゃないか」「どうしたらいいかわからない」「『大丈夫です』と突っぱねられるんじゃないか」……と億劫になってしまい、ひとまず周囲の反応を窺ってしまう。もちろん、"何か手助けをしたい"という気持ちはある。ただ、一歩が踏み出せない。

きっと、同じような行動をとってしまっている人も多いのではないだろうか。でも、三代さんが話していたように、それでは何も変わらない。

改めて、三代さんが言う"形のないバリアフリー"とは何か? ――それは"おもてなしの心"。来年に迫った東京2020、初めての来日に不安を抱いている外国人の障害者の方も大勢いるに違いない。もしそんな彼らが困っている姿を見かけたときに「こんにちは、何か手伝えることはあるかな?」と、たったひと言をかけられるかどうか。それこそが、本当の意味での"おもてなし"につながることだろう。

三代 達也(みよ たつや)


1988年生まれ。茨城県出身。18歳のときにバイク事故によって頸髄を損傷し、車いす生活に。リハビリ後、東京で一人暮らしを始め、23歳で初の海外旅行となるハワイへ。それから旅に目覚め、2017年から単身で世界一周の旅へと出る。帰国した現在は、講演・執筆活動、テレビ・ラジオ・新聞などのメディア出演、H.I.S.のユニバーサルツーリズム デスクと提携して海外旅行先のバリアフリー調査・ツアーの監修なども行っている。これまでの旅の記録は、ブログ「Wheelchair Traveler Miyo」で発信。2019年夏には光文社より自身初となる世界一周のエッセイ本も出版予定。