過去25年をシミュレート

日本の働く世代にとっての資産運用の現状は、先に述べた通り。では、海外の働く世代はどのように資産運用をしているのか。個人の話をする前に、まずは国単位での運用に目を向けてみよう。

「世界の資産運用の基礎は、長期・積立・分散による運用です。例えば、世界最大規模のファンド・ノルウェーの政府年金基金は100兆円を超える資産の運用をしていますが、その中身を見てみますと、株式・債券・不動産といろいろな種類の資産に分けて運用していることがわかります。銘柄ベースで見ますと、77カ国が約8,900銘柄に分散して投資をされています」

「日本金融庁も、2年前に金融レポートというものを出しまして、その中で長期・積立・分散による資産運用の有効性について分析し、その結果を公表しています。そして、金融庁もこういった資産運用が日本では十分普及していないという問題意識を持っているんです。それにより、例えば去年からはiDeCo(イデコ)、今年からは積立NISA(ニーサ)というように、長期・積立・分散をサポートするような新しい制度の導入を進めています」

金融庁がレポートを公表したように、ウェルスナビも過去25年間を振り返る独自のシミュレーションを実施。それにより、長期・積立・分散による資産運用の効果をより一層強調した。

「私たちウェルスナビでは、1992年から1万ドルで資産運用を開始して、月々300ドルずつ積立で投資をした場合のシミュレーションを行いました。このケースだと、25年間で元本がぴったり10万ドルになります。それに対する資産の評価額は24.2万ドルで、約2.4倍。毎年のリターンを見てみますと、平均は5.9%になります。そして、この25年のシミュレーションからわかることが3つあります」

まず第一に挙げられたのが、長期投資の重要性だ。過去25年を見ると、金融危機は実に5回も発生している。ということは、今後我々が20年30年と資産運用を行っていくならば、もう5,6回ぐらいは金融危機に直面するという前提で資産運用をする覚悟が必要だと言えるだろう。

「長期というと、目安としては10年からだと言われています。というのも、過去25年を振り返ったときに、どの10年間をとってみてもプラスのリターンになっているからです。それは、2008年のリーマンショック直前からスタートした“最悪の10年”でも同じことが言えます」

「最悪の10年を見てもプラスになっているのは、世界経済が成長し続けているからです。日本にいるとなかなか実感がないかもしれませんけれども、この25年間で世界経済は25兆ドルから75兆ドルへ、約3倍に成長しています。一方で、日本経済は成長しているとは言い難い状況です。これがまさに、失われた20年です。しかし、世界経済全体は成長しているので、その世界経済全体に対して長期投資をしていけば資産は伸びてきたと。それによって金融危機を乗り越えることができたというのが、先ほどのグラフから読み取れる教訓です」

続いて、リーマンショックのような金融危機を乗り越えるという例から、分散投資の重要性を解説。

「リーマンショックのときに、世界的に分散した資産運用を行っていた場合には、28%資産が減っています。しかし、リーマンショックを覚えている方からすると、こんなものではなかったというように感じられるのではないでしょうか。実際にリーマンショックのときには、アメリカの株価指数は日本の株価指数の約半分に下がっています」

「では、なぜ28%という数字が導かれたのか。リーマンショックのタイミングではまったく報道されなかったのですが、実は株価が大きく下がるその裏側で、債券の価格は大きく上がっていたんです。また、この期間に金の価格は15%上がっていました。このように、株価が下がるとき、逆に価値が上がるような資産をあらかじめ組み合わせておくことで、金融危機を乗り越えることができるというわけです」

最後は、積立投資の重要性について。ここまでドル建てで見てきたが、ここからは円だとどうなるのかを見ていこう。

「円建てで見てみますと、1992年には1ドル125円。現在は112~114円ぐらいですから、例えば元本の1万ドルについては、為替だけで10%以上損失が発生しているということになりますね。実際に為替レートを見ると、25年間で円高と円安の間を行ったり来たりしてきたことがわかります。それでは、先ほどのシミュレーションを円建てで見てみましょう」

1992年に100万円でスタートして、毎月3万円ずつ積立をしていったとする。そうすると、元本はぴったり1,000万円。それに対して評価額は約2.4倍になっており、年率リターンは6.0%。ドル建てで年率リターンは5.9%だったため、円でもドルでも中長期的にはそれほど変わらない結果になったと言える。

「資産運用を始めたときに、為替レートを見て1ドル84円まで円高になっていくと、多くの方はパニックになって、資産が減ってしまったから投資をやめたほうがいいのではないかと考えるかもしれません。しかし、冷静になって考えてみますと1ドル84円ということは、海外に対して格安で投資をするチャンスだと捉えられるんです」

「もし1ドル84円になったら、今ですと『Apple』や『Google』、『Facebook』など、そういったところに対して割安で投資できるわけです。逆に、円安になってきますと割高になります。積立投資をしていることによって、このように為替の影響をうまくコントロールすることができます。その結果として、円建てでもドル建てでも中長期的にはそれほど変わらない着地となっていますし、金融庁のレポートにおいても、特に投資の初心者にとっては積立投資が重要であると述べられているわけです」

「r>g」という数式が意味するものとは?

続けて、柴山さんはフランスの経済学者であるトマ・ピケティが執筆した『21世紀の資本』にて紹介された内容をピックアップ。

「これまでお話しした長期・積立・分散の資産運用では、4~6%のリターンが期待できると考えられています。その根拠については、世界中でベストセラーにもなった『21世紀の資本』という本の中にヒントがあります。著者であるピケティが言ったのは、『r(資本のリターン)はg(経済成長率)よりも高い』ということです」

投資をするということは、損をする可能性もあるということ。しかし、リスクを取ることで、それに対する見返りも期待できる。この考え方は「リスク・プレミアム」とも呼ばれる。すべての投資で利益が得られるわけではないが、さまざまな投資を全体としてひとまとめにして見ると、この考え方が適用されるのだ。それゆえに、「r>g」が成立するという。

「そこから導きますと、世界経済全体に対して投資をする場合には、世界銀行ですとか、IMF(国際通貨基金)、OECD(経済協力開発機構)などは、今後3~4%ぐらいずつで成長していくと考えられますので、その成長率を上回るリターンを出していくことができるわけです」

また、同書がベストセラーとなったのは、もうひとつ理由がある。ピケティは、格差社会の拡大についても問題提起をしているのである。富裕層が資産運用をしている一方で、その他大勢の人たちは資産運用をしていない。その結果、富裕層は「r」の世界に住み続け、ますます豊かに。そして、大多数の人は今いる場所に取り残され、格差社会が拡大していくというわけだ。

「そこでピケティが提案した解決策は、もっと富裕層に課税して社会保障を強化するというものでした。しかし、これを日本で当てはめるのは非常に難しいと私自身は思っています。1,800兆円の個人金融資産のうち、実に3分の2は60歳以上の高齢者が持っているわけですから、“富裕層への課税”という部分をそのまま日本に当てはめますと、“高齢者の方々にもっと税金を払っていただいて、それを若い人たちに配りましょう”ということになるんです。少子高齢化がどんどん進んでいきますと、そのような政策はなかなか実現しづらくなっていってしまうというのは、日本はもちろん世界的な潮流です」

「ここで、発想を転換しましょう。私たち一人ひとりが富裕層と同じように資産運用をする仕組みをつくり出すことで、それぞれが『g』から『r』の世界に移っていくと。そうすれば、私たちは格差社会から身を守ることができるだけではなく、中長期的に世界経済の成長率をさらに上回るペースで資産を増やしていくことができるという形になっていくわけです」

これまで語ってきた長期・積立・分散というものが、これからの働く世代にとって資産運用の核になっていくことは間違いないだろう。そして、柴山さんは最後に資産運用のバランスについて語り、講義は終わりを迎えた。

「個別の会社に投資をしたいとか、最近ですと人工知能やクリーンエネルギーなどいろんなテーマに投資をしたいとか、もちろんそういう方もいらっしゃると思います。その場合には、長期・積立・分散をコアとして、それ以外の投資をサテライト(衛星)のように組み合わせていく、コア・サテライト運用というのがひとつのスタンダードになると考えています」

「この場合注意するのが、コアとサテライトのバランスをきちんと守るということ。あくまでもメインはコアです。参考までに、例えば日本の政府の年金基金の場合には、コアがだいたい85%で、サテライトが15%。そのぐらいの割合で、ここ10年はずっと推移してきています。個人においても、コアが70~80%前後となるようにバランスを保って運用を行うことで、働く世代が働けばきちんと豊かになっていく。そういう社会が実現できればと考えています」

働く世代が資産運用をしていくにあたって、その知識や経験、ノウハウといった部分はまだまだ社会に浸透していない。投資の対象をグローバルに分散し、それをコツコツ積立で投資することで、中長期的に世界経済の成長率を上回るリターンを目指す。そういったベースとなるところを意識しながら運用を実践する人が増えること、そこから得たそれぞれの成功体験が共有されていく仕組みをつくることが、今の日本にとっては非常に重要な課題だと言えるだろう。