STAR WARSやポケモンの世界を、時には東北復興支援の気持ちを。飛行機の特別塗装を目にする度に、これほどワクワクさせてくれる大きな"キャンパス"は他にないだろうと思う。特別塗装機に限らず、世界中の飛行機は全て塗装が施されているわけだが、飛行機における塗装はどのような役割があるのだろうか。その工程も含め、現場の方々に話をうかがった。
こうして「HELLO 2020 JET」は生まれた
今回話をうかがったのは、日本を代表する航空機整備の専門会社として2015年6月1日に設立された「MRO Japan」の整備部門の方々。佐々木常雄さん(旧会社に1981年入社)はB737の整備ライセンサーでもあり、現在は技術スタッフとして活躍しており、中村貴志さん(旧会社に2002年入社)は一級塗装技能士を保有し、現在はペイントを担当している。
MRO Japanは、リージョナル機や小中型機の整備・重整備(ボンバルディアDHC8-Q400、B737、A320/A321、B767、B787等)と、機体のペイント作業(リージョナル機~大型機)を担う。機材はANAグループのエアラインを対象としているが、小中型機はLCCを含む国内外のエアラインも取り扱う。特に塗装に関しては、ANAグループの国内拠点はこのMRO Japanのみであり、通常塗装の他、特別塗装も担当している。
MRO Japanは現在、伊丹空港を拠点にANAホールディングス(ANA HD)が100%出資する会社として展開しているが、2019年初頭には那覇空港に拠点を移し、ANA HDを筆頭株主として、ジャムコや三菱重工業、沖縄振興開発金融公庫、琉球銀行、沖縄銀行、沖縄海邦銀行、沖縄電力が参画し、新たにスタートを切る。那覇空港内の航空機整備施設は、3機の小型機の整備を実施できるスペースと、小型から大型機までの機材1機の塗装作業が可能なスペースを擁する格納機を備える。
飛行機に塗装をする理由やその方法、飛行機ならではの技術等、聞いてみたいことがたくさんあるのだが、まずはそのイメージを膨らませるためにも動画を見ていただきたい。以下は、ANAが2018年1月29日より国内線で導入している特別塗装機「HELLO 2020 JET」(B777-200/JA741A)のデザイン選定から塗装、就航までをまとめたANAのオフィシャル動画だ。この塗装はMRO Japanの格納庫にて、1日平均30人が20日間、1,000Lもの塗料を用いて行われた。
飛行機塗料は並みの性能じゃない!
まずは、飛行機塗装そのものについてから話をうかがった。飛行機を塗装する理由としては、主にふたつある。ひとつは、その会社の飛行機だとすぐに分かるイメージをつくるというもので、見た目を美しくするというのも塗装の大切な役割となる。もうひとつは、腐食防止など航空機そのものを保護するという役割だ。
飛行機塗料の性質としては耐摩耗性のほか、雨に濡れても塗料がはげないのはもちろん、地上と空では50度以上も温度差があるため、急激な温度差に耐えられることが必要となる。また、上空では紫外線が強くなることを踏まえ、耐紫外線の性能が求められる。
飛行機の性能の点から考えると、胴体は上空ではやや膨れ、翼も上空にて空気の力で反るため、一般の塗装よりも伸縮性のある少し柔らかい塗料が用いられる。また、航空機には翼などを油圧で動かすための特殊な油が使用されているため、その油で塗料がはがれないように耐薬品性能をもった塗装が必要になる。そのほか、エンジン周りでは耐熱性をもった塗料を使うなど、部位によって使う塗料も変わる。
塗料の色には規制はないもの、安全面の観点から航空機の製造会社が認めているものしか使えない。これは塗装に限ったことでなく、飛行機に用いるあらゆるものは、製造会社が認めたものしか用いることができないようになっている。
具体例を挙げると、ANAのSTAR WARS特別塗装機「C-3PO ANA JET」において、ベースをゴールドにする案があったものの、最終的にはイエローになった。これは、ANAは原則として機体メーカーの仕様に入っているペイントを使用するという方針をもっているためで、同機においては、ゴールドはボーイングの仕様に入っていなかったということがひとつの要因だったという。
なお、色そのものに規定はないものの、乗客が出入りするドアなどの縁は周囲から容易に識別できるようコントラストをもった色にすること、国籍記号・登録記号の色は表示する場所の地色と鮮明に判別できる色とすること、ということはルールとして定められている。
前処理に5日、塗装&マーキングに5日
では、MRO Japanではどのような人が塗装作業を担っているのだろうか。飛行機整備と共に塗装作業も現場で学びながら大体入社4年目で社内資格を取得し、個人差はあるが大体7年目で一級塗装技能士という国家資格を取得する流れとなる。
通常デザインの塗装は1度塗ったら終わりではなく、大体8年で定期的に塗り替える。777等の大型機になると、塗り替え時には多い時で1日に延べ30人が塗装作業に当たることもある。ただし、機材によって人数が決まっているというよりも、決められた工程に合わせて人を投入するという認識のようだ。
整備を除いた塗装だけで勘案すると、大体1機につき10日が必要となる。ただ通常、飛行機は塗装だけではなく、エンジン交換をしたりパーツをばらして点検したりなどの作業が入るため、それらの整備工程を含めると全体で15日程度になることもある。
具体的な工程をざっくり言うと、塗装期間が10日の場合、前半5日間は前処理となる。前処理はその時々によって手法が変わり、剥離材を用いて古い塗膜をはがす場合もあれば、研磨だけで済む場合もある。「塗装ははがれてほしくないし、でも塗り替えの時ははがれてほしいし、なかなか思うようにいかないもんですね」と中村さんは言う。
通常のカラーリングであれば、前処理後は1日1色で塗装を行い、10日目に最終的な仕上げをしてラインに引き渡す。"絵を描く"という意味では薄い色から塗っていく方が良さそうな気がするが、基本的に塗る色に順番はなく、どうすれば効率よくスムーズに塗れるかということを念頭に置いて作業を進める。
機体をよく見ると分かるが、主翼や胴体下などには「メンテナンスマーキング」と呼ばれる印が施されている。ライン作業で整備・給油する人が、各ポイントをすぐに把握できるようにするためのものだ。9日目にベースのグレーを塗ってしまうと、1日でマーキング作業をしないといけなくなるため、例えば、6日目にベースのグレーを塗り、7日目から他の色を塗りつつマーキングも入れるなど、効率性を加味した工程が組まれる。
通常塗装の工程に比べると、特別塗装ではまた別の難しさがある。続いては「HELLO 2020 JET」を例にして、特別塗装機の塗装現場の話をうかがった。