コミュニケーション能力を高めなさい──。ビジネスパーソン、とくに就職活動中の学生はこの言葉をいやというほど聞いているだろう。しかし、"コミュニケーション能力"を身に着けることによって、得られる具体的なメリットが示されることは少ない。これを分かりやすく説明したのが、『戦略人脈』だという。

徳本昌大氏と日比谷尚武氏

今回は、法人向けクラウド名刺管理サービスを展開するIT企業のSansanで"コネクタ"という肩書を持つ日比谷尚武氏と、"ソーシャルおじさん"ことビジネスプロデューサー・書評ブロガーの徳本昌大氏にこの『戦略人脈』という考え方について聞いてきた。本稿で、これからの社会で求められるであろう新たなコミュニケーションについて学んで頂きたい。

弱い紐帯の強みがビジネスパーソンにもたらすもの

Sansan コネクタ / Eight エバンジェリスト Sansan 名刺総研 所長 日比谷尚武氏

両氏によると、「人や社会のつながりを科学しよう」という試みはそれなりに古くから存在し、社会(ソーシャル)ネットワーク論と呼ばれている。この社会ネットワーク論は、SNSの登場によって大きく発展を見せた。インターネット上で人と人とがつながり、そのつながりが発展していく様子を視覚化できるようになったからだ。従来、"すべての人は6次の隔たりがある"、つまり人や物事はすべて6ステップ以内でつながっていると考えられてきた。だがSNSが普及した現在では、2.5次くらいの隔たりまで近づいてきているとも言われるという。

徳本氏は、コミュニケーションに関わるさまざま業務を行い、数多くの肩書を持つ人物。同氏は『戦略人脈』を説明するにあたり、まずアメリカの社会学者マーク・グラノヴェッターの『弱い紐帯(ちゅうたい)の強み』を挙げ、こう説明する。

「仕事で個人が発展していくためには、家族や友人、同僚のように密接なつながり(強い紐帯)を持つ人よりも、"友人の友人"のように弱くつながっている(弱い紐帯)人にあたった方が有効なんです」(徳本氏)

転職したい人と強い紐帯を持つ人の人脈は非常に似通っており、そこから新しい需要やアイデアは生まれにくい。だが"友人の友人"は日常的に仕事などで接していない相手であり、仕事の知識や常識が大きく異なる。こういった弱い紐帯を手繰り寄せることで人脈は大きく変化し、仕事は広がりを見せるという。

Googleが「20%ルール(※)」の重要性を示したように、弱い紐帯の強みを知っているリーダーは、人脈のために時間を投資していると同氏は述べる。

※ 米Googleが行った取り組み。仕事時間の20%を好きな時間に費やし、仲間を集めて新たなプロジェクトを立ち上げられる。ここから、GmailやGoogleマップ、Googleサジェストが誕生した。

計画的偶発性理論を利用したキャリア設計

ビジネスプロデューサー・書評ブロガー 徳本昌大氏

徳本氏は「人を紹介していると、いつか返ってくる」と話を続ける。徳本氏は以前、ビジネス書籍の著者を呼び、本の内容について語ってもらう番組をU-Streamで放送していたという。しかし放送を続けるうちに徳本氏の人脈で呼べる著者が尽きてきてしまい、次第に著者に別の著者を呼んでもらったり、著者自身からの"出演したい"というリクエストで番組が構成されるようになったそうだ。こうして夢中で行動しているうちに、徳本氏のもとには執筆や講演など、さまざまな仕事が回ってくるようになった。

「当時は意識していませんでしたが、これがジョン・D・クランボルツの『計画的偶発性理論』なんだろうなと思いました」(徳本氏)

『計画的偶発性理論』とは、「個人のキャリアの8割は、予想しない偶発的な出来事によって決定される」という理論で、そういった偶発的な出来事を計画的に組み立て、自身のキャリアに活かしていこうというものだ。偶発的な出来事を自ら作り出すための行動指針として、「好奇心」「持続性」「柔軟性」「楽観性」「冒険心」の5つが挙げられている。

「計画的偶発性理論について論じられる人は、仕事に対する熱量の多い人。行動が速いのであっという間にビジネスが始まっていきます。こういう人たちを何人束にしているかが、面白い仕事ができるかどうかを左右するのだということに、ここ何年かで気付きました」(徳本氏)

ストラクチャル・ホールを埋める人物は頼られる

日比谷氏は、「人と会って、つなぐ」ことを仕事とした"コネクタ"という独自の役職で活躍している人物だ。数々のイベントやメディア、講演に参加しており、Facebookの友達が上限である5,000人に達した、年間2,000枚の名刺をもらっている、といった逸話もある。同氏は、このように積極的に繋がりを作っている理由について「弱いつながりが意外なサプライズをもたらす効果を知っているから」と説明する。

SNSの強みを誰よりも知っている日比谷氏だが、一方で「SNSがなくても発想の仕方は一緒でいい」と述べる。例えば、同業界の人たちでの飲み会、同業他社の人が集まっての勉強会、といったオフの場でも広がりを作ることはできるという。ここで日比谷氏は、ロナルド・バートの「ストラクチャル・ホール(構造的な隙間)」という理論を上げる。

「例えば編集者さんがいらっしゃるとします。普段は同じ編集者のクラスタ内にいて、編集者同士では当たり前となっている話があることでしょう。しかし徳本さんのような方がそこに他の業種の人を連れてくると、その当たり前の話を『とても斬新で面白い! 』と感じるかもしれないのです」(日比谷氏)

他業種に限らず、同業同士であっても職種が違えばお互いに知らない情報がたくさんある。しかし、お互いに知らない情報であると気付ける人物は思いのほか少ない。両業種を知っている人が間に入って互いを繋いであげれば、両者は接点を持つことが可能となる。

「こうした仲介を行うハブ人材は非常に信頼されます。そのかわり、同じ人同士の仲介は一度きりのものです。仲介する人はどんどん新しい情報を見つけていかなくてはなりません」(日比谷氏)

絶えず人と繋がり、その人脈を使って人と人を繋げる。これを繰り返すうちに、自然に仕事としての仲介が増えていったのが、徳本氏や日比谷氏といえるだろう。

ストラクチャル・ホールを埋め、人と人を繋げることを仕事としたのが徳本氏や日比谷氏だ

人は知らない人とあいさつをするだけで幸せになれる

ここで徳本氏は、キオ・スタークの「知らない人に出会う」という本を話題にあげる。その内容は「人は知らない人とあいさつをするだけで幸せになれる」というもの。例えば、"スターバックスのバリスタに対してあいさつをする人としない人では、する人のほうがはるかに幸福度が高い"という話だ。

コミュニケーションの重要性も本質的にはこれと同じで、プロジェクトチームも最終的にはコミュニケーションがキモになるという。仕事において解決できない課題を解決するために、プロジェクトはどんどん異業種が関わって発展していく。そういったチームがまとまるために、あいさつや他人への同情などのコミュニケーションスキルは再び重視されている。すでに海外のMBAプログラムでは、ロジカルな内容と同時に、あいさつ挨拶や声の出し方、掛け方を授業で徹底的に教えだしているという。

大企業は現在、コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)を積極的に設立している。それは結局、自分たちの持っている技術や考え方に古さを感じており、外部から新しいものを取り入れねばならないと考えているからだろう。日比谷氏は「そういうCVCの中心になっている人物を見ると、キワモノというか、ちょっと不遇な人だったりします。なぜかというと"外にチャンネルを開いている人"で、社内では異質な存在だったからです」と説明する。そんな人物がSNSの普及などもあり、いま花開いてきているという。

ビジネスの中でイノベーションを起こさなければ生き残れない昨今は「知らない人に笑顔で声をかける」というスキルを磨かなければならない時代になっている。声をかけた相手とSNSなどでつながることが、個人の人脈、そしてビジネスをさらに発展していくことにつながるといえるだろう。

だれに声をかけ、だれと弱い紐帯を作るべきか?

では、弱い紐帯を実践するにあたり、弱い紐帯を作っておくべきなのはどんな相手だろうか。この点については、徳本氏と日比谷氏もいまだ研究中と説明。日比谷氏はつながりを持つ相手選びについてこう述べる。

「人間関係は都度変わっていきますから、あまり一時的な判断で取捨選択しなくて良いと思っています。例えば、いま徳本さんと積極的にお仕事をしていますが、普段はつかず離れず情報提供をし合っているだけです。何かあったときにサプライズをくれたり、助けてくれたりする人がいるというのが、弱い繋がりの醍醐味ですから」(日比谷氏)

この人とは付き合うべき、この人とは付き合わないべき、と最初に軽重判断するのではなく、弱い紐帯を作っておき、いざという時に頼れる候補がたくさんいるという状態を作るほうが大切だというのが、日比谷氏の考えだ。

一方で徳本氏は、「お互いに価値がないと、人のつながりは離れていっちゃうんです。弱い繋がりの部分をどう維持するかが問題になります」と、弱い紐帯が解けてしまう可能性について説明する。例えば、一度会ったきりで、SNS登録しただけの相手との間になにかが起こる可能性は低い。

「Facebookで連絡をもらったときに「この人、誰だっけ? 」となる関係では意味がありません。最初になにかしらの引っかかりや熱量を感じる相手を選択はしなければいけないと私は考えています。そういう相手とは仕事もスピーディに進みます。逆の立場から見れば、パーソナルブランディングをしっかりとしておかなければ、相手の印象に残らないという話になるかもしれませんね」(徳本氏)

これに対して日比谷氏は、「僕は2段構えで考えています」と続ける。とくに若い人の場合は最初のインプレッションだけで軽重判断してしまうと逆にチャンスを逃してしまいかねないのだという。

「例えば、20代の新社会人や就活中の学生は、まだビジネスの中でのパーソナルブランディングが確立できていない方が多いと思います。ですがそういった20代の方とSNSでつながっておくと、5年~10年くらいしてから「起業しました! 」「プロジェクト始めました! 」とたくましく成長した姿を見れることがあるんですよ」(日比谷氏)

弱い紐帯が作る「コミュニケーション」

ここまで徳本氏、日比谷氏が『戦略人脈』をもとに、実践していることを伺ってきた。最後に、両氏が考える「弱い紐帯」をもつメリットを伺おう。

「弱い紐帯を持つ意味は、可能性を増やすことだと思います。何かあったときに想定外のところからサプライズによるコラボが生まれる、そこを大事にしていきたいと思います」(日比谷氏)

「私は現在、意識的に若者や女性と仕事をご一緒するようにして、新しい出会いをデザインするようにしています。なぜかというと、"自分と違う人"と仕事をしないと面白いことは起こらないからです。そういう意味では、日比谷さんのおっしゃる若い人との繋がり方には非常にうなづけるところがありました」(徳本氏)

徳本氏が主催するセミナーの参加者も若者が増えているという。それだけ多くの人が、これからの「コミュニケーション」の在り方について興味を持ち、また自分を変えていかねばならないと考えている証左といえるだろう。SNSが普及し、異業種が関わるプロジェクトが増えたいま、人と人とを繋げることができる新たな人材が求められている。