――今回、この本を通してすべてにおいて「謙虚」であることが起点になっているような気がしました。「謙虚さ」については、どう思われますか?

人はいくつになっても謙虚であるべきだと思います。残念ながら謙虚じゃない人もたくさん見てきましたが、やっぱり人として素敵じゃないし、傾聴力を持っていない人の方が多いように思います。たとえばダンスの世界だと、自分に自信を持ったままの生徒はそれ以上、絶対に伸びません。実は、20代前半で劇団に入った時の私がそうでした……。

周りの子たちと比べても、自分には「センスがある」と思い込んでいました。ある時、一人の後輩が入団してきました。その子はとても努力家で謙虚でしたが、ダンスは下手だった。だから、その後輩の存在をまったく気にしていませんでした。でも、ある時ふと見たら、ダンスがすごく上達していたんです。自分の価値観が揺さぶられるほどの衝撃でした。もちろん、センスがある人が人一倍努力すればさらに上達するわけですが、その後輩から学んだのは「努力はセンスに勝ることがある」ということ。そこから必死に練習しました。

高橋みなみの成長秘話「15分の自由時間」

高橋はAKB48卒業を翌年に控えた2015年、著書『リーダー論』を出した。

――第4章では、「努力は報われると思うか」のアンケートで「そう思う」が30代以下のわずか十数%だったことにも触れられていました。一方、夏さんの教え子の一人、高橋みなみさんは「努力は必ず報われる」と常々おっしゃっていましたね。

そのことについては、ちょっと責任を感じています。彼女の発する言葉ですし、私がとやかく言うことではないかもしれませんが、彼女たちを指導していた時、私はそれを言い続けてきたので、彼女のその言葉を聞くたびに、もうそろそろ別の考えでもいいんだよと解放してあげたくなります。

――高橋さんはこの本の実例として何度も登場します。部下の育成においてもっとも重要なのは、先ほどの大原則を踏まえた上での「成長言葉」。AKB48メンバー全員に向けてのダメ出しを真っ先に自分のことと置き換えられる思考は、「成長言葉の申し子」と言ってもいいような気もしました。彼女はなぜここまで成長することができたのでしょうか?

要因はたくさんありますが、すべてを自分のこととして捉えていたことが大きかったと思います。私が全体に伝える「成長言葉」と、一人ひとりに伝える「成長言葉」を分けていても、彼女にとっては全部が自分のこと。普通、全員に向けられた言葉は、自分が当てはまらなかったら「私のことじゃないんだ。よかった」などと気にもかけませんよね。彼女は、自分以外の人が叱られている時も、そこから何かを学び取って自分の成長につなげようとする意識がある子です。

そしてもうひとつ。恥をかくことを恐れない。課題を与えた際、それに取り組む姿勢において、いろいろなタイプがありますが、彼女は陰で努力しつつ、人前でも練習を怠らなかった。人前でできない自分をさらけ出し、努力し続けるその姿を目の当たりにして、他のメンバーも、納得しないはずはない。

私はダンスのレッスン中、「15分の自由時間」を与えることがあります。あえて、「休憩」とは言わず。もちろん休憩もしていいんですが、自分ができないことに向き合う時間に当てることもできる。そこで高橋は、ずっと人前で練習していました。陰の努力を積み重ねてうまくなった子は、モーニング(娘。)含めてたくさんいます。でも、彼女の場合は人前でやって信頼を得ていった。だから、総監督にもなることができたんだと思います。

――頭では分かっていても、なかなかできないことですよね。

芸能界は特殊な業界です。「自分がどうなりたいか」と明確な目標を掲げて入ってくる人もいれば、たまたま受かって入る子もいます。残り続ける人たちには、「強い意志と覚悟」があるのではないでしょうか。

なぜ本にまとめるのか?

――あとがきには、ご自身で培ってきたものをこうして言語化することについてのメリットが書かれていました。今後の活動において、どのように生きてくると考えていますか?

編集の方に感謝するところなんですが、私は誰からも教わらず、無意識に独自の方法で指導にあたってきました。学生時代はリーダー的なポジションになることも多かったですが、それも無意識のこと。23歳の時に演者としてこの業界に入って、24歳で振付指導をする機会をいただきました。そして、幸か不幸か、私が教える人たちはみんなダンス未経験の人たちだったんですよね。その時に言葉が必要になってきて、自分が考えて何かを伝えないといけない状況へと追い込まれたわけです。

それがずっと続いて、自分が気づかないうちに養われたものがありました。私はいつの間にか、「人を読む」ようになってしまったんです。これがお仕事上ではすごく役に立ちました。最近でも若い子を指導する機会に、「相手を読む」ことで掛ける言葉を変えています。あるテレビ番組で、「どうして教え子の気持ちが分かるんですか?」と聞かれ、私としては自然とやっていたことだったので「見ればわかるでしょ」と言ったところ、なぜ分かったのかを番組上説明したいとスタッフの方に言われました。そんなことが本当に増えました。

自分が感じ取ってきたこと、自然と行ってきたことを言葉にするのは、頭をかきむしるぐらい大変なこと。人を育てる職業に就いているのにその方法論を分かりやすく伝えることができなければ、人を育てる人間として失格です。そういう番組や今回の『教え子が成長するリーダーは何をしているのか』もそうですが、自分が培ってきたものを言葉にすることはとても大切なことだと思っています。

■プロフィール
夏まゆみ
ダンスプロデューサー、指導者。1962年、神奈川県生まれ。1980年に渡英以降、南米、北米、欧州、アジア、ミクロネシア諸国を訪れ、オールジャンルのダンスを学ぶ。1993年には、日本人で初めてソロダンサーとして、ニューヨークのアポロシアターに出演。1998年、冬季長野オリンピック閉会式の振り付けを考案、指揮した。NHK紅白歌合戦では、20年以上にわたってステージングを歴任。コリオグラファーの第一人者として、これまで吉本印天然素材、ジャニーズ、モーニング娘。、宝塚歌劇団、AKB48、マッスルミュージカルなど、300組以上を指導。2014年に出版した『エースと呼ばれる人は何をしているのか』(サンマーク出版)は、6万部を超えるヒットを記録した。