複雑なレイヤーが重なっていないとヒットしない
『君の名は。』は、現在17カ国で上映され、4月からはいよいよアメリカでも公開される。さらに、続々と各国でも公開が決定し、その勢いはとどまるところを知らない。川村氏にとって今、求められるヒットコンテンツの作り方とは何か。
「昔はエンタテイメント映画は、一言でコンセプトを言えなくてはいけないと言われていました。今はなるべく複雑なレイヤーが重なっていないと、ヒットしないと思います。例えば、10年前はテレビを見る時はテレビしか見ていませんでした。それが今は、テレビを見ながら、スマホを片手にツイッターやフェイスブックをやる。パソコンの画面は何レイヤーも開いた状態です。人生そのものも複雑なレイヤーに重なり合っています。だから、ワンコンセプトで作ることができるレイヤーなんてもうないんです。だから『君の名は。』もなるべく複雑にしました。ボディスワップものラブストーリー、RADWIMPSのロック、日本の古典の3つがベースになっています。深いレイヤーにいくと、東日本大震災に対するアンサーもあります。多層にわたっています」
一方、世界仕様を考えて作られたのかという問いには「全然ないです」と答えた。しかし、それには理由がある。
「僕は自分が見たい映画を作っているだけです。自分が見たい映画を東京でみつける感覚で作れば、ユニバーサルになると信じています。昔は日本と海外の価値観に大きな違いがあったかと思いますが、今はスマホがあります。これがユニバーサルになって、映像感覚は世界共通のものとして近づいているのではないでしょうか。こういう場で言うのは憚(はばか)れますが、合作がはじめからベースになっている映画はうまくいかないことが多い。ドメスティックな内容でも誰しもが持っている感覚は共感を呼びます。『君の名は。』でいうと、思春期の時、まだ出会っていない誰かがいるんじゃないかという感覚なんかがコモンセンス(=常識)です。その上で、一緒に他国と作ることもあるだろうし、それぞれの国で作ることもあるでしょう。それが面白いやり方なのではないでしょうか」
さらに、アジア市場の変化についても言及した。
「中国ビジネスが具体的になってきています。『君の名は。』は中国で興行収入100億円を突破しました。ビジネスとして大きなチャンスになっていると思いますが、いろいろな企画が急激にアジアに流れ込み、悪いものも作られていくでしょう。最終的に生き残るのはグッドストーリーです。いかに良い物語を丁寧な脚本づくりで、斬新な映像と音楽の組み合わせで届けられるかに注力しようと思っています」
河瀬監督、小川プロデューサーも…注目の商談
「香港フィルマート」は、エンタテイメントエキスポの一環として開催され、香港国際映画祭(HKIFF)、香港電影金像奨(HKFA)と同時開催されるほか、香港アジア映画投資フォーラム(HAF)や香港アジアポップミュージックフェスティバル(HKAMF)など、7つのコアイベントも併設されている。そのうちのHAFで、日本の作品がフォーカスされる場面もあった。
HAFは、アジアの映画製作者が製作資金の調達を目的に、世界各地の金融関係者、投資家、配給会社、販売代理店に対して映画プロジェクトをプレゼンテーションするイベントで、今回、中国の動画配信サービス「愛奇芸」(読み方:アイチーイー/英語表記:iQIYI)がスポンサーを務めていた。
会場には、選ばれた24本のプロジェクトごとにテーブルが並べられ、ひっきりなしに商談が行われている様子。24本の内、日本からのプロジェクトは4本で、『ジョゼと虎と魚たち』『ハチミツとクローバー』など、数多くのヒット映画作品を手掛けた小川真司プロデューサーが、新進気鋭の中野量太監督と、SKIPシティDシネマ映画祭所属の長谷川敏行コー・プロデューサーとタッグを組む『浅田家』プロジェクトなどがあった。
これは、写真家・浅田政志とユニークな家族写真を通じて、震災をきっかけに家族の絆を考えるという内容で、現段階では紙ベースの企画書にもかかわらず、1日20件近くもの商談が組まれるほど注目されていた。
HAFアワードの非香港部門では、河瀬直美監督の『NARAtive Film 2017-2018』プロジェクトが受賞し、賞金15万香港ドル(約200万円)を獲得したほか、アジア・ファンタスティックフィルム・ネットワークアワード賞に、結婚詐欺師の女性の物語を描く、映像作家・三宅響子監督の『ファム・ファタール』が選ばれた。活気あるマーケットで、海外から道を開く日本人のクリエイターの活躍が香港でもみられた。