首相官邸に直通した黒電話も

玄関ホールから右手に進むと「楓の間」と名付けられた応接間になっており、マントルピース(暖炉)を中心に、ソファーが配されている。焼失前はこの部屋に執務机も置かれていたが、机は再現されていない。

「楓の間」と呼ばれる応接室(2017年3月撮影)

応接間棟の2階は畳敷きの和室になっており、掘り炬燵(こたつ)式の机などがある。この部屋で目にとまるのは、もちろんレプリカではあるものの、首相官邸に直通していたという黒電話だ。また、応接間に隣接する浴室には、大磯の船大工が関わったという舟形の浴槽が配されており、とても印象的だ。

舟形の浴槽(2017年3月撮影)

さて、1階に下りて玄関ホールから逆方向に進むと、アール・デコ風の意匠で設(しつら)えられた食堂(ローズルーム)に入る。この部屋の特徴的な壁には羊の皮が用いられていたが、今回の再建では合成皮革を使用している。

また、食堂奥には、蒋介石から贈られた金屏風が飾られていたが、残念ながらこれも焼失してしまった。なお、食堂の椅子は焼失時のものではなく、昭和40年代に置かれていたものを元に再現したという。

食堂(2017年3月撮影)

死の前日にも眺めていた富士山の眺望

食堂横のやや長い階段を上っていくと、新館の2階につながっている。新館は中2階と2階のみで1階は存在しない。新館2階には2部屋あり、それぞれ「金の間」「銀の間」という。金の間は、文字通り部屋の彩色に金色を多く取り入れた、海外からの賓客を迎えるための部屋で、明るく眺望がいい。当時の西ドイツのアデナウアー首相来日時に、この部屋で吉田茂と歓談する写真が残されている。一方、銀の間は吉田茂の書斎兼寝室として使用された部屋で、天井に錫箔(すずはく)を使用していることから銀色に見え、部屋全体が落ち着いた雰囲気だ。

晩年の吉田は、多くの時間をこの新館で過ごしていたといい、先ほどの応接間棟とは別に、こちらの新館にも浴室が造られている。新館からは相模湾のほか、秋から冬にかけては富士山が見事に見えるが、吉田茂は死の前日も、一日中飽かず快晴の富士山を眺めていたという。

海外からの賓客を迎える「金の間」より富士山を望む(2016年12月撮影)

さて、旧吉田茂邸は大磯町郷土資料館の分館として、博物館法に基づいて公開される。大磯町郷土資料館館長(学芸員)の國見徹館長は、「(焼失当時の姿を)再現した建物自体が博物館としての展示資料。吉田茂が生活した空間を体験してほしい」と話す。

●information
旧吉田茂邸
住所: 神奈川県中郡大磯町国府本郷
公開時間: 9:00~16:30(入館は16:00まで) 。庭園は17:00まで
入館料: 大人500円、中高生200円、小学生以下無料。庭園は無料
休館日: 毎週月曜(月曜が祝日の場合は翌火曜)、毎月1日、年末年始。2017年4月1日と3日は臨時開館
アクセス: JR東海道線「大磯」駅下車、バス「二宮駅」行・「国府津駅」行・「湘南大磯住宅」行で「城山公園前」下車

旧吉田茂邸再建公開記念ランチも

リニューアル工事がこのほど完了し、4月5日にオープンする近隣の大磯プリンスホテルでは、旧吉田茂邸の公開に合わせ、吉田茂が愛したと言われる大磯の名物を味わえる"ランチメニュー"と"宿泊プラン"を販売する。

ランチは、生前、吉田茂が好んで食べたと言う「井上蒲鉾店」の"はんぺん"、「真壁豆腐店」の豆腐、「新杵(しんきね)」のまんじゅうを一度に味わえるというメニューだ。同メニューによるランチは4月5日~7月7日限定で、5日前までに予約が必要。ランチ会場は大磯プリンスホテル「メインダイニングルーム」で、料金はひとりあたり3,500円(税込、別途サービス料)となる。

大磯プリンスホテルの「旧吉田邸ランチ」(写真提供: 大磯プリンスホテル)

また宿泊プランは、旧吉田茂邸と庭園のガイド、城山公園内茶室での抹茶と生菓子の提供、上記の大磯の名物が味わえるプレート付きディナービュッフェなどのプランで、ひとりあたり1万3,457円より(1室2人利用時。税込)。1週間前までに予約が必要だ。

さて、大磯は明治から昭和にかけて別荘文化が花開いた土地柄であり、旧吉田茂邸のほかにも、政財界で活躍した様々な人士の別荘建築が残されている。もちろん、全ての別荘が公開されているわけではないが、町を歩くと、別荘時代の雰囲気は、わずかながら今も残されている。

その他、大磯には日本の海水浴場発祥の地とされる海岸や、すばらしい眺望が望める「湘南平」へのハイキングコースなどもある。旧吉田邸の見学と町歩きやハイキングを組み合わせ、一日楽しんでみてはいかがだろうか。

筆者プロフィール: 森川 孝郎(もりかわ たかお)

旅行コラムニスト、オールアバウト公式国内旅行ガイド。京都・奈良・鎌倉など歴史ある街を中心に取材・撮影を行い、「楽しいだけではなく上質な旅の情報」をメディアにて発信。観光庁が中心となって行っている外国人旅行者の訪日促進活動「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の公式サイトにも寄稿している。鎌倉の観光情報は、自身で運営する「鎌倉紀行」で更新。