「老後破産」「財政破綻」「経済低迷」…。メディアを通じて伝えられるこうした報道などを見聞きして、将来に対して不安になる若者は少なくない。そしてその不安の内容は「お金」に関するものが圧倒的に多い。だが、メディアを通じたネガティブな報道は、日本で戦後続いた「右肩上がり」の時代を前提にしているケースが多い。ライフネット生命の創業者で同社代表取締役会長兼CEOである出口治明氏は、それとは別の見方をすることによって、「お金」に関して違う行動をとることができるのではないかと著書で提案している。今回は、その著書『働く君に伝えたい「お金」の教養』(ポプラ社、定価1,300円(税別))に関し、インタビューした内容をお伝えしたい。

ライフネット生命の創業者で同社代表取締役会長兼CEOである出口治明氏

『世代間格差』を言い立てる学者らは「とんでもない」

――出口さんは最近、歴史に関する著書も多いですが、この『働く君に伝えたい「お金」の教養』でも、たとえば年金のできた経緯や保険ができた経緯など、いろんな物事の経緯というものを詳しく書かれていますね。

それは歴史が好きか嫌いかにかかわりなく、どんなものにでも、それが生まれた経緯や理由があるのです。物事の本質を理解するためには、淵源の姿を見なければいけないというのは、人間の共通知というか、広い意味で世界の人々の常識だと思います。制度であれ、仕組みであれ、なぜこんなものができたのか、という最初の姿を見ないことには、理解ができないということです。パートナー(もしくは恋人)を理解しようと思ったら、パートナーの生まれた街やそのご両親、通った学校など、こんな環境で育ったからこの人はこうなったんだと理解しようとするのが普通です。それと同じですね。

――今回は主に20代の方に向けて書かれたということですが。

僕はどんな社会であれ、若者こそが僕たちの未来だと思っています。僕の年金を払ってくれるのは若者しかいないので(笑)。これも人間の共通知で、どこの国にも若者が未来だという格言があります。同じ本を書くなら若い人向けにしたい、というのも世界共通だと思います。

――今回の著書でも書かれていますが、メディアは、「世代間格差」とか「老後破産」「下流老人」など、どうしても若者の不安を煽ってしまう傾向にありますね。

「世代間格差」を簡単に説明しますと、1961年に国民皆年金・皆保険ができたときは、若者11人で、戦争で苦労したおじいさん・おばあさん1人を養っていた、一つのサッカーチームで高齢者1人を養うという世界です。それが少子高齢化によってサッカーチームは騎馬戦になり、今や肩車に向かっているのです。おじいさんの平均寿命も延びて80歳をはるかに超えたので、20年以上背負わなければいけないという状況になっているのです。世代間の不公平は、この現象を言い換えているだけです。

「世代間格差」を言い立てている学者は、支える側の若者がサッカーチームになるまで移民を受け入れようと主張するか、おじいさん、おばあさんには早く死んでもらうようにしましょう、と言わなければロジカルではありません。そう主張できるだけの根性があるなら世代間の不公平という言葉を使ってもいいですが、彼らは煽っているだけなのです。世代間の不公平という耳障りのいい言葉で、不安を煽って商売したいから言っているだけで、冷静に考えたら筋が通っていない理論だと言うしかないですね。

今の20代の人と「バブルおじさん」とは全然違う環境

――確かにそうですね。今回の著書では、高度成長時代を生きた「バブルおじさん」の話も出てくるのですが、話している前提が、今の20代の人と「バブルおじさん」とでは、全然違うということを力説されていますね。

『働く君に伝えたい「お金」の教養』(ポプラ社、定価1,300円(税別))

この本をつくる過程では、20代の編集者とライターを相手に「バブルおじさん」の時代とは外部環境が全然違うということで話を始めたら、そのことを聞きつけたライフネット生命の社内の若手がそれはいい話ですね、私たちも手伝いますよと言って、この本をつくるチームができたのです。普通はライターと編集者の方が僕を取材して、その口述テープをもとに原稿をつくっていただき、それに対して僕がいろいろ意見を言って直しを入れるのですが、今回は僕が直す部分をライフネット生命の若手チームが代行してくれてやってくれました。その後、出口さんの名前で出すので最後の校正だけはやりなさいと指示されたので、原稿を見ていろいろ意見を書いたのですが……その7割くらいは20代の編集者の方と社内の若手チームに却下されてしまいました(笑)。

――それは何で却下されてしまったのですか。

本の本筋とは違いますと。こんなことはおじいさんのたわごとですとか(笑)。

――そんなこと出口さんに言えるのですか。

しょっちゅうですよ。

――そうすると、この本の中身は…

僕が話したことがベースにはなっていますが、その並べ方というか、デザインは20代の若手チームが全部つくってくれました。まさに「20代の20代による20代ための本」といえます。

――出口さんのご経験で、京都大学に進学された際、京都は美味しいものがたくさんあるから、美味しいものをたくさん食べてやろうと思って、他は節約したというエピソードが印象に残りました。お金を使う際は「オール・オア・ナッシングの原則」にしているということですが。

昔からオール・オア・ナッシングは大好きなんです。集中して楽しいことにお金を使うべきです。

――法則的なことでいえば、財産3分法(※「手取りでもらったお金を『財布』『投資』『預金』の3つに振り分ける」)というのもありますね。

ドルコスト平均法(※「同じ投資対象を、常に一定の金額で、定期的・機械的に買っていく投資手法」)についても書きました。こういう基本中の基本、原理原則を知っているだけでも、いろいろなことがわかります。

――日本の学校では教えてくれないですね。

教えるべきだと思います。先進国はこれを教えています。選挙について書いた部分のように、北欧では具体的にどう投票すればいいのかを当たり前に教えるので、他の先進国では若者の投票率も高いのです。

――選挙の事前予想が、自分が賛成するものであったら、選挙に行ってその人の名前を書く、白票を出す、棄権する、のいずれかを選べばいい、結果は同じだから、という話ですね。ただし、事前予想が自分の考えと違ったらとるべき手段は一つだけ、選挙に行き、違う人の名前を書く。わかりやすいですね。

こういう当たり前のことを教えないから正しい判断ができなくなるのです。教育というのは生きる力を与えるものですから。

「消費税は高齢化対策、税金の姿は社会の動態によって変わる」

――出口さんの自由奔放な考え方が、この著書には盛り込まれていると思ったのですがいかがでしょう。

世界の常識を話しているだけですから。僕の考えは自由奔放ではなく、むしろ保守的だと思います。日本の常識が世界では非常識なだけです。

――消費税の話もそうですね。私は消費税を否定的にとらえていたのですが。

消費税は、高齢化対策です。さっきの話で、11人のサッカーチームがおじいさん1人を養うなら、所得税と社会保険料でいい。でも、肩車でサポートするとすれば、所得税と社会保険料だけでもちますか。

――無理ですね。

おじいさん、おばあさんにも少しは払ってほしいと思うでしょう。それが消費税です。

――消費税に反対する人は、消費税には逆進性があるからだめだと主張していますが。

逆進性が本当だったら、電気料金や水道料金にもなぜ軽減税率を適用しないのですか。全く論理的ではないと思います。ヨーロッパが全部消費税に向かったのは、高齢化社会になったからです。アメリカでは消費税はやっていないという学者がいますが、当たり前ですよ。アメリカはサッカーチームがラグビーチームに増えているのですから。

――移民を受け入れて人口が増え続けていますからね。

サッカーチームがラグビーチームに増えているのなら、誰が好んで消費税を入れますかというごく単純な話です。所得税と社会保険料で十分です。税金の姿は、社会の人口動態によって変わるので、人口構成の変化をよく見ないで主張する学者は勉強不足だと思います。

――出口さんの「お金のリテラシー」の一つに、ファクトというか、信頼できる機関が出している一次データをきちんと見て、物事をそれで判断しなさいといわれていますが、そういうことなんですね。この本を拝読するまでは、年金は社会保険料でまかなえていると思っていたのですが、かなり税金が入っているんですね。

そうです。基礎年金の半分は税金。加えて、そもそも社会保険料というのは一種の目的税です。税金には目的税とそうでない税金がありますが、それは使い道とのリンクの強弱によるので、社会保険料も税金です。アメリカでは社会保険税と呼んでいます。

「日本の高度成長は"キャッチアップモデルが奏功したおかげ"」

――高度成長期の「バブルおじさん」が誕生した歴史は大変興味深かったです。

極論すれば、スタートは毛沢東のおかげです。

――そうですね。中国が共産主義国家になったので、冷戦構造の中で日本が国民党の代わりにアメリカの花嫁になったという。ドッジ・ラインや朝鮮戦争や、いろいろなラッキーな要素が積み重なって、日本の「バブルおじさん」がつくられるきっかけになったということなんですね。

若い皆さん、お父さん、お母さんに質問してください。何で日本はお父さん、お母さんの時代に豊かになったのですかと。お父さん、お母さんはきっとこう答えるでしょう。それはお父さんやお母さんが汗水たらして、長時間働いたからだよ、わかるよね、と。でもそれは違います。長時間黙って働けば、成長する条件が揃っていただけです。皆さんがお父さん、お母さんと同じ働き方をしても、絶対8%成長は達成できません。

――私も会社に長くいれば、残業代がもらえる制度は疑問を持っているのですが。

日本では、残業していたら、たまたま帰ってきた偉い人がその姿を見て、「よう頑張っているな」と声をかけます。日本を除く他の先進国では全く逆で、「こんな時間まで残って残業代をくすねているとんでもないやつだから、早くクビを切らな」と思うわけです。例えば、9時から6時まで、勤務時間内に集中して働く人が一番いい社員なわけです。

日本ではバブルおじさんの偉い人が、「遅くまでご苦労さん」とほめる。それを聞いた人はみんなこの会社では遅くまで残っていたらほめられるんだ、遅くまでいたら残業代も入るぞ、と思ってしまう。高度成長期の成功体験を忘れることができないバブルおじさんの価値観にだまされてはいけません。

――ちなみに、ライフネット生命はそういう働き方ではない?

ライフネット生命はベンチャーです。ベンチャーはとにかく忙しいので残業もあります。ですが、たとえば有給休暇の消化率は75%くらいあります。

――すごいですね。

3年働いたら1週間の休暇が取れる特別休暇というものもあります。毎日、夜10時、11時まで働いていたら、いつ、人・本・旅で勉強するのか。勉強しなければ、いい知恵なんて生まれないじゃないですか。67年生きてきていろいろな本を読みましたが、長時間働いてこんな素晴らしいアイデアが生まれたとか、生産性が上がったとかいう類の本は、1冊も読んだことがないです。

――お金のリテラシーを身に付けるには、そういうことに自分で気づかないとだめですね。本日はありがとうございました。