マネジメントスキルは、個に戻ったとき役に立つのか?

――いま自分で会社を起こされていますが、会社をやめるのにどのような決心があったのでしょうか

僕はあまり会社に行っていなかったので、みんなに不思議がられました。「佐藤さん、電通でそんなにフリーみたいにやっているのに、やめる意味があるのかな」と(笑)。

会社を辞めたのは、50歳のときでした。50~60歳になると、サラリーマンはマネジメントシフトしていくわけですよね。でも、あと10年間で組織のマネジメントスキルをつけるとしても、60歳、あるいは65歳で退職して個に戻ったとき、それは役に立たないのではという気持ちがあったんです。

また、僕はボランティアなどいろいろな活動を個人でやっていたのですが、そういう場でタチが悪いのが昔大企業でマネジメントをやってた偉いおじさんだなと(笑)。皆さん少し発言すると、周りの人が動いてくれると思っているんです。そういう場では言った本人が動かないといけないのに、言うだけ(笑)。それぞれは優秀だしいい人なんだけど、大企業でえらくなると、どうしてもそういう部分が出てきてしまうのかもしれないと思いました。

――辞めてみていかがでしょうか

辞めてみたらものすごく不安定です。だから不安もいっぱいあるけど、むだな会議は全然ないし、上司から評価されることもなくなる。世間からは評価されますが、よくわからない評価に怯えて生きる必要はないので、それはいいところですね。

早熟を見て焦るな、大器晩成で

――マイナビニュースの読者層であるアラサー世代にも、いつまでやれるのか、新しいことについていけるのかという悩みがあるので、50代になってから会社を辞められるのは驚きです

それは早いですね(笑)。僕なんかまだこれからですよ。僕の場合、33歳でネットを始めてから、人生が変わりました。ネットを始めた翌年に、書いてたことが本(『うまひゃひゃさぬきうどん』光文社知恵の森文庫)になった。そのあとも何冊か本を出していったら、新聞に連載をするようになって。更にネットをやっているから、会社内で特異な位置につくようになり、広告についての本(『明日の広告』アスキー新書)を書いて……ぐるぐるまわり始めたんです。今、この年になって新しいことを始めるのはすごく体力がいるけど、少なくともあと20年くらいは、と思っています。

みんな、特にネット業界にいる人は早熟すぎ、焦りすぎなんですよね。よくよく考えたら、中学や高校をみていても、大器晩成の人はたくさんます。僕だってすごく奥手だから、45歳くらいになってやっと「自分はこういうことがやりたいのかな」とわかるようになりました。45歳くらいですよ(笑)。

それをみんな20代に決めて、周りの人を見て焦っているけど、早熟な方達と同じ速度で走ったら、第一コーナーで息が切れてしまいます。45歳位から頭抜け出したほうが楽しいですから! だって20歳位でトップに躍り出て、そのあとずっと落ちていくって辛いですよ。早熟と同じ価値観はやめた方がいいし、ゆっくり後から行った方がいい。

――早熟をよしとされる風潮もありますが……

おかしいと思います。若くして成功すると、みんな自己模倣をしてしまうんです。自分が成功した時のやりかたを模倣するんですね。僕は今でも成功したと思っていないから、もう、地道に下からいきたいと思っています(笑)。

「100人に1人」になろう

――ご自身のキャリアについては、どのように見られていますか?

「キャリアを積もう」とは、あまり考えていませんでしたね。僕はよく、「100分の1」と言っているんです。メディア業界で1万人のトップになる、つまり1万分の1になるとか、広告業界で1万分の1になるとか、大変な上にトップになったころにはその業界自体がないかもしれないというリスクもありますよね。変化の激しいこの時代、そんなのはやめた方がいいと思っています。それより100人の中のトップになったほうがいい。

100人って、高校で言えばだいたい2クラス分くらいです。その中で1位になることを考えると、数学でなるのは大変、英語でなるのも大変。だけど、たとえば手芸なら、おはじきならいけるのではないか。

僕の場合、広告で1万人に1人になるのは、難しいと思いました。でも100人に1人にはなれる。インターネットにおいても、95年にサイトをはじめてまあまあアクセス数も増えたので、100人に1人にはなれたかなと。食でも本を出して、100人に1人は入ってるかなと。そうすると、広告×ネット×食で、100×100×100だから、これ全部できる人って100万人にひとりってことになりますよね。ソーシャルメディアなどでも先行していたので、それもかけると、当時1億人に1人の存在だったと思います。つまり日本でトップ。そうなると、いろいろな方から声がかかるんですよ。だから、100分の1を多めに持とうと考えるといいのではないでしょうか。いくつかやっていると、唯一になっていきますから。

――キャリアというと、積み上げ式のような気がしていたんですが、かけ算方式もあるんですね

楽ですよ、かけ算は(笑)。100分の1なんて、うすっぺらいんです。薄いんだけど、薄いものをいくつも持つ方が、生きやすい世の中だと思います。広告という業界でどんなに頑張っても、業界自体がどうかなってしまったら、そこに影響されてしまいます。広告ができる、そしてサンバが踊れる、2つを活かした仕事ができたら強いでしょう(笑)。今日から1年間本気で何かに取り組めば、100人に1人になれますよ。

かけ算だと、人と比べることがないのと、「自分は100分の1には入ってるだろう」くらいのところで勝負しているので、なんとかなるんですよね。優秀なやつはたくさんいるけど、自分は100人に1人でいい。人と比べなくなるんじゃないかな。人と比べて自分の人生を決めていくと一生つらいですよね。老人になっても若い人と比べたりして。自分の今の力を冷静に見て、俯瞰していくと良いと思います。

――ありがとうございました