――『border:3』は恋愛でしたね。
黄瀬総監督たってのオーダーで、ラブストーリーと脚が描きたいと(笑)。毎回、各話の監督が持ち味を一番出せるのは何ですかと聞いていたのですが、そうきたかと思いました。ラブストーリーと脚といえば人魚姫しかないだろうと考えたのですが、草薙素子と人魚姫というのが、結果的に全身義体と人間というメタファーとして非常に親和性が高いなと、逆に勉強になりました。本当に、出来上がるまでは地獄でしたが……。
――素子の恋人がしっかりストーリーに絡んでくるとは思っていなかったので、新鮮でした。
そこもこれまで避けられていたところなんですよね。あんな好奇心の塊みたいな女性が、社会に出ていろいろな経験値を増やそうという時に、世間一般に行われていることの一角を経験しないわけがないだろうと。
それを潔癖すぎるヒロインにすると、ただ小人たちに守られる白雪姫になってしまって、小人たち=バトーたちよりもっと優れた男性に拾ってもらう物語になってしまう。それは方向性がおかしいだろうと、思い切って今までに書かれていなかった素子を描きました。難しいのは、それが台詞にならないこと。日常的に「好き」と言い合うわけでないので、仕草やボディランゲージで表現してもらわなくてはならない。そこは、がんばれ黄瀬さん! でした。
――部隊を立ち上げることは、素子にとって"社会に出る"ということなんですね。
今回のシリーズでは特に素子の視野が広がっていく様を描いています。活動範囲が広がっていくのと同時に素子の電脳空間もだんだん人を迎え入れる形になっていきます。素子が社会に出る、人が素子の中に入ったり通過していくという、双方向なんですね。そうやって失敗経験、成功体験が蓄積されていき、存分に失敗するからこそ、やがてスーパーウーマンな素子が生まれていく。そこは素直に描いていますね。人智を超えた経験はありません。それはもっと後の、人形使いと出会う素子ですから。
――『border:4』はいかがでしたか?
『border:4』は、『ARISE』の企画が始まった時に決着点を先に描くことでスタッフとの共通了解を作るという意味もありましたので、(これまでのシリーズの)オマージュがテーマでした。脚本を書いた順番はborder:4、1、2、3だったんです。結果的に時系列になりましたが、『ARISE』シリーズを振り返った時に構成として良かったなと思います。
旧世代の常識から直感で抜け出る新世代
――あの素子がウィルスに感染してしまうなど、若く未熟な姿に驚かされる反面、素子らしい強さも持ち合わせていました。
ネットの可能性を突き詰めていくと、個や企業や社会といった枠組みが全部バラバラになって拡散していくんです。そうなった時に自我を保てる唯一の拠り所である自分の記憶というのは、どこまで改ざん可能なのか。テクノロジーがどこまで発達しているのかを逆算して、この(ARISEの)時点ではまだ未知のテクノロジーなのではないかと考えました。
改ざんの危険性は指摘されているけれども、それを無視して電脳化や義体化が推し進められている世界。ある程度の対抗措置を取ってはいても、現実に発生したことがないことに対しては脆さがあります。その未知のものに触れたにも関わらず逆襲できる、ということで素子の特異性が描けるのではないかと考えました。
逆に、素子の一番の弱さは孤立しているということです。仲間が誰もいないから、自分の状況を判断できない。だから、象徴として鏡がよく出てくるのですが、鏡を見ても他社の意識がない限り自分の隙間を見ることはできない。そこから素子のメンバー探しにリアリティを持たせていこうとしました。擬似記憶ウィルスというのは、その目的から結果的に出てきたものでもあったのです。