飛行機は天候の影響を受けやすく、冬季運航で一番危惧されるのが大雪時の運航だ。雪や氷は滑走路のみならず、飛行機が浮く構造そのものにも影響を与えている。そこで今回、全国で唯一累計降雪量が10mを超えるという青森空港で、JALが安全運航のために実施していることを取材した。
主翼に氷や雪が残っていてはいけない理由
そもそも飛行機には「クリーンエアクラフトコンセプト」という決まりがある。1980年代に米国で起きた雪が原因の事故を契機にFAA(アメリカ連邦航空局)によって制定されたもので、翼やプロペラ、操舵(そうだ)面、エンジンインレットなどに氷や雪が付着したまま離陸することを禁じている。
それは、主翼の上下を流れる空気の圧力差で生じる揚力によって浮く飛行機において、主翼の上面に氷や雪が残っていると十分な揚力が得られなくなるという構造的な理由があるからだ。なお、胴体は完全に除雪せずとも、ペイントが透けて見える程度なら離陸可能としている。
フライト中はというと、機速や気圧などを計測するセンサーや操縦席窓には電熱線でヒーティングし、主翼前縁やエンジン吸気エリアには熱風を送るなど、飛行機に備えられた機能で氷の付着を防いでいる。なお、飛行機は自動車と違ってスタッドレスタイヤを装備していない。そのため、安全に離発着するために、雪質・降雪量をもとにした路面摩擦係数の測定や横風制限値などのデータ調整、飛行機の走行速度の制限、便と便との間隔調整など、様々な対策がとられている。
さらに、大雪時には滑走路を閉鎖して除雪を行うことがある。1晩で20~30cm雪が積もることもある青森空港では3cm積もると除雪を行っており、総勢125人からなる除雪隊「ホワイトインパルス」が出動する。青森空港内の除雪面積は約55万平方メートルで、これは東京ドーム約12個分に相当するが、ホワイトインパルスなら標準約40分という速さで除雪できるという。
除氷・防氷作業は早すぎても駄目
冬季運航時、離陸の前に各航空会社は着雪着氷したものを取り除く「ディアイシング」と呼ばれる作業を行っている。これは、雪や霜を取り除く"除氷液"と雪が機体に降雪するのを防ぐ"防氷液"の散布、また、雪を吹き飛ばすエアー(ブロアー)の機能を備えた車両「ディアイシングカー」を用いて行う。このディアイシングを実施するかどうかはその時の天候を踏まえて機長が決定するが、実際に作業を行う整備士たちも機長に助言をしているという。
ディアイシングの資格の取得は、豪雪地域のみならず全国の整備士を対象にしている。ディアイシングを行うためにJALでは毎年、座学と技術訓練を整備士に義務付けており、テストに合格しなければディアイシングができないようになっている。なお、青森空港には7人の整備士がおり、全員がディアイシングの資格を持っている。加えて、19人いるグランドハンドリングスタッフの内、11人は除雪資格を持っているそうだ。
青森空港におけるディアイシングは基本的に1台のディアイシングカーを用いて2人1組で行うが、大雪時にはディアイシングカーを誘導する人を加えた3人1組で実施する。ディアイシングは、ブロアーと70度程度に過熱した除氷剤で除氷を行い、その後、除氷後に降る雪を溶かし込む高濃度のグルコール液で防氷を行う。天候によっては、除氷時に10tもの除氷剤が必要になることもあるそうだ。
通常は乗客の搭乗中にディアイシングを行い、ディアイシングが確実にされたことを機長が確認してから滑走路に向かう。そのため、コックピットで左の席に座る機長が確認できるよう、ディアイシングは左主翼から尾翼、右主翼の順で行い、胴体にも雪が積もっている時はこの左から右の流れの中で作業を行う。
雪や氷の状況にもよるが、ディアイシングの作業時間は10分が目安だという。また、除氷・防氷には持続時間に限りがあるため、貨物の搭載や乗客の搭乗のほか、滑走路の状況も含めた全体の時間を計算した上で作業をしなければならない。
さらに、機長の確認後に滑走路に向かったとしても、主翼の上面の状態を見て機長が再度ディアイシングが必要と判断すれば、飛行機はまた駐機場に戻ることもある。航空会社の評価基準となっている"安全"と"定時性"を守るために、整備士たちはベストなタイミングで作業をすることが求められている。
特に豪雪地域である青森空港では、ディアイシングから離陸までの時間を少しでも短くするために、駐機場からプッシュバックを経て自走する直前のタイミングでディアイシングを行うこともあるそうだ。ちなみに、防氷剤も「クリーンエアクラフトコンセプト」で定義されているように、付着したまま離陸することはできない。そのため、防氷剤は離陸前の自走時に風を受けて翼から流れ落ちるようになっているという。
"連隊力"で雪を一掃
日本一降雪量の多い青森空港だが、除雪が間に合わずに欠航となるということはいままで一度もないという。作業の速さで日本一とも称されている青森空港除雪隊は、一糸乱れぬフォーメーションで魅了する航空自衛隊の「ブルーインパルス」にインスピレーションを得て、2013年に「ホワイトインパルス」と命名された。
隊員は冬季運航時に臨時雇用され、普段は農業や土木に従事している人たちが多いそう。そのため、日常的にもトラックを操縦する機会が多いわけだが、作業の速さを支えているのは"連隊力"だという。滑走路や誘導路を除雪する本隊は、スノープラウやスノースイーパーなど様々な車両で構成され、計12台が隊列を組んで走行する。なお、滑走路だけの除雪などには、JAL保有のブルドーザーを出動させることもある。
青森空港内のレストラン「ロイヤルカフェ」では、「ホワイトインパルスカレー」(税込1,080円)も提供。雪の滑走路をイメージしたシーフードカレーは、ちょっとアジアンな味わいに仕上げられている。スコップ型のスプーンで完食すれば、プレートにデザインされた滑走路が姿を現す |
他の空港勤務を経て2013年より青森空港で勤務している整備士の中村英夫さんに、青森空港での業務で感じることをうかがった。
「確かに、雪下ろしは大変です。ですが、無事に飛行機が飛び立ってくれた時にはやりがいを感じます。新千歳などに比べるとこじんまりとした空港ではありますが、"定時性"という目標に向かってみんながチームとして機能しています。例えば、自分が担当した飛行機のディアイシングが終了したら隣の飛行機のディアイシングを手伝う、そんなチームプレイが自然とできるのが青森空港だと思います」。
日本一降雪量の多い空港では、日本トップレベルの熱い男たちが団結して、雪とともに冬季運航時のトラブルも一掃していることを実感した。
航空会社の分析を行っている米国のFlightStats社は、2014年におけるJALの国内・国際線の定時性到着率を87.78%と算出し、アジア・パシフィック主要航空会社部門で第1位に認定している。冬季運航では様々な制限や業務が発生するため、通常よりも運航に時間がかかってしまうことがあるが、常に高いレベルで業務に当たっている一人ひとりの活躍が、こうした結果に結びついているのであろう。