焼きそばといえば、ソース焼きそばやあんかけ焼きそばを思い浮かべる人がほとんどだろう。しかし、北海道函館市ではかつて、「焼きそば」といえば炒めた肉や野菜にスープと麺を加えた料理を指していた時代があった。
今ではそれを知る人も少なくなり、提供している店も市内で数えるほどしか残っていないという。今回は、その中から観光客の宿泊地として有名な湯の川温泉街にある日本蕎麦店「そば処 松くら」を訪ね、函館の焼きそばの歴史を聞くとともに、スープに浸る焼きそばを味わってみた。
驚き・立腹する客が続出
30数年前の「松くら」の創業時からあるメニュー「やきそば」(税込700円)。麺がスープに浸かった姿を函館の焼きそば事情を知らない人が見れば、「この中途半端なラーメンのようなものは何だ!?」と驚くだろう。
同店でもかつて、関東方面からの転入者だと知らずに「やきそば」の出前注文を受けて配達したところ、「やきそばが届かず、頼んでいないものが届いた」と立腹モード全開の電話を受けたことがあったという。地元でも若い世代だと、これが「やきそば」だということに戸惑いを覚える人はいるだろう。
店主の金野哲哉さんによると、函館にはかつて台湾出身者が営む中華料理店が多く、そこで提供されていた焼きそばがつゆだくだったことが関係しているのでは? とのことだが、はっきりとしたことは分かっていない。
全国的にソース焼きそばがメジャーになるまでは、函館で「焼きそば」といえば汁たっぷりの麺料理だったという。昭和40年代頃になり、次第にソース焼きそばが定着するようになっても、依然としてつゆだくの焼きそばを出す店は多く、湯の川地区だけでも5~6軒はあったという。
炒めた肉や野菜と一緒にズズズ
肉と野菜類を炒め、しょうゆなどの調味料で味付け。ラーメンスープを足して煮込み、最後に麺を入れる。「煮ラーメンという感じですね」と金野さん。野菜から水分が出るので、ラーメンスープをベースに醤油を足して味を整える。
食べてみると意外とさっぱりした味わいで、スープが麺にほどよくなじむ。炒めた肉や野菜と一緒に食べる麺には、確かに焼きそばの風情が。麺にスープがなじみながらもあんかけとは違う、不思議なおいしさだ。松くらにはこの「やきそば」を長年愛する固定客が少なくないという。
そもそも、日本蕎麦店のメニューになぜ「やきそば」があるのかという疑問が生じるかもしれないが、ここ函館においては長年、蕎麦屋が大衆食堂を兼ねていたという歴史がある。近年は蕎麦専門の店も増えたが、昔ながらの蕎麦店ではラーメンをはじめ、各種定食や丼物がメニューに載っているのが当たり前。もちろん「松くら」のメニューにもラーメン各種が載っている。
今では珍しくなったつゆだく焼きそば
しかし、函館で麺類といえば「塩ラーメン」が定着していった時代の流れや、手間がかかる割りにロスが出やすいことなどが敬遠されたせいか、つゆだくの焼きそばを作る店は次第に減り、今ではその存在や歴史を知る人もごくわずかだ。だが、長年通って「やきそば」を注文し続けてくれる地元の固定客に喜んでもらうため、松くらはこれからもつゆだくの焼きそばを作り続ける。
食べているうちにもスープを吸ってボリュームたっぷりになった「やきそば」を味わいながら、根強いファンがいる函館の焼きそば文化の遺産が、ぜひとも残っていってほしいと感じた。
※記事中の情報・価格は2014年10月取材時のもの