名古屋名物エビフライの店は数あれど、いわゆる「観光客相手のウケ狙い」でやっている店も実は少なくない。しかし一方で、名古屋っ子からの厚い信頼を得ている本当においしいエビフライを、良心的な値段で提供している店も存在する。そんな店の中でも有名な一店が、中村区の「ひょうたんや」だ。
大エビフライは厄介者だった
この店には特大の「元祖大エビフライ」なる特注メニューが存在する。「ひょうたんや」は昭和25年(1950)の創業。既に半世紀を超え、60年ほどの歴史を誇る洋食店だ。
洋食店のチーフをしていた初代が独立して開いた店で、今となっては下町の洋食店だが、オープン当時はハイカラの極みだったろう。この「ひょうたんや」という店名の由来は、「初めて来たお客さんに付けてもらったらしいんだよ」と、初代の息子さんで2代目店主である伊藤省吾さんが教えてくれた。
話題の大エビフライは、昭和46年(1971)の改装くらいから存在していたという。今でこそ爆食メニューは大人気だが、当時はまだそんな風潮はなかった。デカくて扱いづらい大きなエビは、問屋でも買い手がつかない厄介者だったというのである。
「あの頃は問屋が安く分けてくれたんだよ」、そう店主は笑う。そんな「安くて大きなエビ」を駆使して裏メニューで作っていたところ、それがだんだんと地域の評判になっていったというのだ。
揚げるとその大きさが増す!?
筆者が厨房に入ると、店主が見せてくれたそれは天然のブラックタイガーであった。柳橋の市場から仕入れているというが、昔とは違って今は大きなエビで話題作りをする店が多いからか、「最近は仕入れの数が少ないんだよ」と店主は困り顔だ。
厨房に入らせていただくと、そこには大エビがずらっと並んでいた。もちろん皮むきやワタ取りは一つひとつ手作業で行う。慣れた手つきで包丁をシュパシュパ。斜めにスジを入れるのは、「揚げた時に丸くならないように」というコツだという。
これに衣を付けて揚げる。「何分くらい揚げるんですか?」「測ったことないから分かんないよ」「大体音を聞いてると分かるんだよ」なるほど。みるみるうちに綺麗なキツネ色に揚がるエビフライ。正直エビのままだとそんなに大きく見えなかったのだけれど、出来上がりを見た時に「デカッ」と思わず声が出てしまった。
「揚げると身が少し縮んじゃうんだけど」と伊藤さんは言う。いやいやいや、逆にデカくなっているように筆者には見える。それがドンドンと2尾。かなりの迫力だ。恐らく30センチはある巨大エビフライ。とりあえず、いかに大きいかを伝えられればと思い、ライターと一緒に写真を一枚。
ソースはあっさり系、味噌ダレも対応可
では、いただきます。ひと口頭からパクリと口に入れて、そのあっさりした味わいに驚いた。もっと強烈な舌触りを予想していたのだが、意外や意外。フライ特有の自己主張が本当に少ない。筋切りが丹念にしてあるから、身が柔らかくてホコホコしている。
ソースはこちらもあっさり系のウスターソース。このコンビネーションが、このビッグフライを最後までおいしく食べられる秘けつとみた。ちなみに(名古屋らしく)味噌ダレでオーダーすることもできる。普通このテのフライものは途中で油っこさに参ることが多い。しかし驚いたことにここのエビフライは全くくどくないのだ。地域の口コミで常連さんの足が絶えることはないのもうなずける。値段は単品で2,000円、定食で2,350円である。
この絶品メニューのおいしさのコツを尋ねると、「それはねえうちが白絞油を使ってるからじゃないかな? フライはラードで揚げるとコクは確かに出る。しかし、たくさん食べられないんだよね」という簡潔なお答え。
白絞油とは、菜種や大豆から精製した油のこと。コクとうまみがあってさらっとしている。つまり、おいしく食べやすいフライが揚がるのだ。ラードは揚げたてが最高だけれど、冷めたらアウトとはよく聞く話。しかし、白絞油なら胃もたれもしにくい。
ちなみに、身は柔らかくて食べやすかったのだが、伊藤さんは「昔はもっと身が締まって歯応えがあったんだけどねえ」と不満らしい。値段の高騰によって、「正直、大エビフライはもうからないんだよ」という伊藤さん。
最近はネット情報をキャッチして、「爆食ツアー」で全国の大食いマニアが訪れることも少なくないという。彼らはいわゆる「メガ盛り」の店をハシゴするため、4人で来店して実は1人前しか注文しないこともザラだというのだ。店としてはちょっと困った客のはずだが、それでも「うちに来てくれてるお客さんだからね」と、嫌な顔をせず大エビフライを1人前提供しているという。
この店主のホスピタリティに触れるためにも、名古屋へ来たら是非一度は訪れてほしい、オススメの名店である。
●infomation
ひょうたんや
中村区本陣通5-34-2