先日、ある出版社の若手女性編集者からこんなことを訊ねられた。

「結婚を決めるまでの交際期間って、どれくらいが理想だと思いますか?」

現在25歳の彼女には恋人がいないのだが、30歳までには結婚して子供が欲しいという願望はあるらしい。したがって、その願望を叶えるために残された期間は5年ということになり、彼女はその5年のうちに生涯のパートナーを探し、その彼と出会い、恋に落ち、交際を謳歌し、結婚し、妊娠し、出産するというフルコースを完遂したいという。

「たとえば付き合ってから結婚するまでの期間が2年として、結婚してから出産するまでの期間が1年半くらいだとすると、それだけで3年半もかかるじゃないですか。ということは、今25歳の私が30歳までにそこに到達するには、あと1年半くらいのうちに出会いを見つけて、その人と付き合わなきゃいけない……」

彼女はそう言って、困惑した表情を浮かべた。まだ25歳という若さのわりに、ずいぶん現実的な計画を立てている女性だ。よほど結婚願望が強いのだろうか。

「そう考えると、時間がないって焦っちゃうんですよね。けど、出会い探しに焦って変な男に引っかかるのも嫌だし、そこは慎重になりたいんです。だったら交際期間を1年くらいに短縮できれば、出会い探しに余裕ができるのかなあって思うんですけど、それってどうなんですかね。やっぱり2年は付き合ってから結婚したほうがいいと思います?」

彼女に質問に対して、僕はしばらく考え込んだ。結婚までの交際期間、僕の場合は現在の妻と付き合って約2年で結婚したが、自分の中ではそれが適正だったと思っている。しかし、交際期間の適正を考えたうえで約2年付き合ったわけではなく、ごくごく自然に2年間の交際を経て結婚に至っただけだ。つまり、すべては結果論なのである。

交際期間の長短と幸せな結婚生活は、因果関係として成立しない!?

また、僕の知り合いの他の夫婦も実に様々だ。

たとえば、僕の飲み友達であるTという46歳の男性は、現在の奥様と出会ったのは今年の1月中旬だったという。そこからわずか数日で恋に落ち、3カ月程度という超短期の交際期間にもかかわらず、今年の春に結婚。新婚生活も順調で、Tは幸せそうだ。

そんなスピード結婚もあれば、先日40歳になったばかりのSという別の友人男性は、6歳下の彼女と約10年間という長い交際期間を実らせて、この夏ついにゴールインした。S曰く、今まで何度も別れの危機があったものの、それらをすべて乗り越えてきたわけだから、これからも乗り越えていけるはずだと自信を深めている。Sもまた幸せそうだ。

その一方で、Yという37歳の友人男性は、10代の後半から20年近くも付き合い続けている彼女がいるのだが、それでもいまだに結婚に踏み切れないという。Y曰く、経済的な事情などで弱腰になっていただけで、彼女と共に人生を歩んでいきたいという気持ちは20代のころからずっと変わらず持ち続けているとのこと。つまり、結婚のきっかけをつかめないまま、いわゆる内縁という関係になり、それをいまだに維持しているだけなのだ。

世の中には交際期間が短くても幸せな結婚生活を送っている夫婦は珍しくなく、その反対に交際期間が長かったとしても、結婚後に二人の関係が破綻するケースもある。交際期間の長短と幸せな結婚生活は、因果関係として成立しないのだろう。

結婚までの理想的な交際とは期間の長さではなく、その濃度

実際、僕の場合も結婚を意識すること自体は早かった。現在の妻と付き合い始めて3カ月くらいのとき、彼女と二人で僕の故郷である大阪に遊びに行ったのだが、それが大きなきっかけだった。彼女は僕の生まれ育った街の景色を見て、「この街が好きだ」と言ってくれた。また、僕の両親や姉妹と交流し、それも好きだと言ってくれた。彼女が僕のことだけでなく、僕の家族や生まれ育った街にも愛情を向けてくれたという事実が、当時の僕にはとても嬉しく、それによって彼女との人生を具体的に考えるようになった。

そして、それは僕にも言えることで、僕もまた彼女の故郷の空気を吸い、彼女の家族と交流を重ねた結果、彼女に対してだけでなく、彼女を取り巻いている環境にも愛情を抱くようになった。彼女に対する愛情が芽生えるのは当たり前のことかもしれないが、彼女を取り巻く環境にも愛情が芽生えている自分に気づいたとき、これほど貴重で素晴らしいことはないと思った。だから、僕は彼女と結婚しようと決めたのだ。

恋愛と結婚の大きな違いのひとつは、相手の家族や親戚、故郷(地元)との交流があるかないかだ。恋愛は相手のことだけを理解し、そこに愛情があれば成立するが、結婚は相手のことだけでなく、相手に付随するあらゆる要素についても理解し、それらとうまく付き合っていくことを受け入れ、できることなら愛情を注げたほうが良いだろう。

そう考えると、結婚までの理想的な交際とは期間の長さではなく、その濃度だ。たとえ数カ月の交際期間であっても、相手に対する多くの情報を入手し、そのうえで結婚に踏み切れるのなら、それは適正だと言える。少なくとも相手の家族くらいとは交流を重ねたほうが良いと思う。それによって見えてくるものは、その家族たちの人柄だけでなく、相手のルーツであり、それはすなわち自分の恋人の内面そのものなのだ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち)
小説家・エッセイスト。早稲田大学卒業。これまでの主な作品は「虎がにじんだ夕暮れ」「神童チェリー」「雑草女に敵なし!」「Simple Heart」など。中でも「雑草女に敵なし!」は漫画家・朝基まさしによってコミカライズもされた。また、作家活動以外では大のプロ野球ファン(特に阪神)としても知られており、「粘着! プロ野球むしかえしニュース」「阪神タイガース暗黒のダメ虎史」「野球バカは実はクレバー」などの野球関連本も執筆するほか、各種スポーツ番組のコメンテーターも務めている。

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