日本海に突き出た能登半島、その更に先端部分の奥能登地区(石川県珠洲(すず)市、輪島市、能登町、穴水町)。この風光明媚(ふうこうめいび)な観光地で、突如として大量のオリジナル丼メニューが増殖中だという。その名も「能登丼」。さて、その正体は一体いかなるものか?
料理素材どころか器や箸も能登尽くし
能登丼とは、石川県奥能登地区の様々な店舗が提供するオリジナル丼のこと。丼というだけあり、米には奥能登産のコシヒカリを使用し、水も奥能登の水、メイン食材は地場でとれた旬の魚介類、能登で育まれた肉類・野菜又は地元産の伝統保存食を使用しなくてはならないというルールがある。
こだわりは食材だけではなく、何と能登丼に使用する器も、輪島塗や珠洲焼きなど地元産でないとダメだと言う。箸もそうで、しかも箸は食後、客にプレゼントしてくれる。つまり能登丼とは、どこを切っても能登が顔を出す、究極のご当地丼と言っていいだろう。
これだけの厳しい「しばり」にも関わらず、能登丼の認定店は既に60店舗を数え、いまや百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の様相を呈している。雑誌やTVでも取り上げられ話題となっているのは、その使用具材だけを見ても牛肉、豚肉、鮮魚、カキ、カニと多岐に渡り、どれもが個性的だからだ。
米をポン菓子にしたデザート能登丼も
リサーチを進めていると、日本海に面した珠洲ビーチホテルのレストラン「カメリア」で提供される能登丼が「なかなかスゴイよ」、という地元の声を多く耳にした。そこで今回は、総支配人の松家清悟さんを直撃取材した。
「能登丼の取り組みはもう4、5年になります。今では、能登丼を目当てにお見えになる観光客の方も多いですよ」と松家さん。イチオシの能登丼は、定番食材の能登牛でもなく海鮮でもなく、豆腐をメインにしたもの。その名も「大浜大豆の豆腐丼」(900円)。おっと、いきなりの変化球だ!
食材のメインは、絶滅の危機にあった地元珠洲産の在来種「大浜大豆」で作られた、豆腐の厚揚げと豆乳だという。ちなみにニガリも地元のもの。これを地元産の塩をベースに作ったあんでまとめている。食べてみると濃厚な大豆のうま味が口に広がる。「大浜大豆を使った能登丼は、私が提案したんですよ」と松家さんは満面の笑顔。ちなみにこのメニューは一年を通して食べられる。
続いて登場したのは、春限定の山菜をたっぷり使った「能登山菜にがみ丼」(1,300円)。松家さんいわく、「山菜は隠れた能登の名物」とのこと。なぜならクマがいないから安心して山菜採りができるからだそうだ。なるほど。ここでコメンテーターとして呼ばれたのが、松家さんが惚(ほ)れ込む、凄腕料理長の浅田尚彦さん。
彼は京都で修行を積み、「京都府の現代の名工」にも選ばれた料理人なのだ。「料理には遊び心も大事」と、いわゆる「ネタ」の重要性を語る浅田さんが考案した能登丼は、一人鍋なのに丼という異色のメニュー。
まず、小鍋に天然のゼンマイ、セリ、ミツバ、コゴミ、ワラビなどの山菜をしょう油つゆで煮立てる。そして山菜がしんなりしたら、細かく刻んだ油揚げがのったご飯の上にのせて丼にしていただくのだ。野生の山菜は生命力の塊のような太い味わい。さすがは「現代の名工」の一品と言える。
「もうひとつ、変わった能登丼はどうですか?」と、続けて出てきたのは、何とデザート丼。その名も「みなくち農園 3つの味のいちご狩り丼」(915円)。これには地元のイチゴ農家 「みなくち農園」で栽培された、アイベリー、章姫、紅ほっぺの3種のイチゴと、イチゴと豆乳で作ったアイスクリームなどが盛りだくさんでトッピングされている。
「コシヒカリを使うって能登丼の定義はどうなるの?」と思いきや、クリームの下から出てきたのはコシヒカリで作ったポン菓子だったのである! さすがは職人さんならではのアイデア商品。「イチゴ狩りのように、ヘタを持って食べてほしいですね」と言うのはレストラン店長の須郷多昭彦さん。地元での評判通り、個性的かつ気合いの入ったメニュー展開であった。
山菜丼、イチゴ丼ともに春限定のメニューだが、他の季節でも季節限定の能登丼が登場する。季節ごとに飽きさせない姿勢がいい。ちなみにここでプレゼントされる箸は、石川県の県木・あすなろの無垢(むく)材だという。
●information
珠洲ビーチホテル レストラン「カメリア」
珠洲市蛸島町1-2-480
飛行機を眺めながら、能登牛を食す!
せっかく能登に来たのだから、「おいしい能登牛や旬の魚介類を食べたい!」という人も多いだろう。そんな人のために、能登牛と魚介の能登丼をリーズナブルに楽しめる店も紹介しよう。まずは、能登空港にあるレストラン「あんのん」。
ここでは「能登牛丼」が味わえ、能登牛を具材にする能登丼の中ではかなりリーズナブルな1,500円で展開をしている。しかし味は抜群! 上質な能登牛のうま味を生かした薄味の味付けは、どこまでも上品だ。何より、能登空港というロケーションがいい。飛行機で能登に降り立って、まず能登牛を味わう。
しかもレストランは空港の滑走路に面していて、空港を離着陸する飛行機を見ながら食事を楽しめるのだ。何とゴージャスなことよ! プレゼントされる箸は、能登空港の名が記されたオリジナルだ。
●information
能登空港レストラン「あんのん」
輪島市三井町洲衛10-11-1 能登空港3階
旬の新鮮な魚介類が器にてんこ盛り
海鮮丼を食べたいなら、輪島朝市の近くにある「まだら館」の「海鮮能登どんぶり」もオススメしたい。旬の新鮮な魚介類がてんこ盛りで、これで1,700円は食べ応え満点。もちろん具材は季節の味わいだから、何度訪れても新しいおいしさを発見できる。旅のプチぜいたくを味わいたいなら、是非とも外したくない店だ。プレゼントされる箸はかわいい朱塗り。これもポイントが高い!
●information
民芸御食事処「まだら館」
輪島市河井町4-103
どこを切っても能登が顔を出す究極のご当地丼「能登丼」。奥能登地区が生んだ新しい地域グルメだが、器や箸にもこだわりを持つなど、単なるグルメの枠を超え、もはや地域文化の創造といってもいい多彩さだ。能登がぎゅうぎゅうに詰まった一品を是非体感していただきたい。