鉄道ファンは車両にいろいろなあだ名を付けて呼ぶ。特徴的な姿に親しみを込めて名付け、その名前に誰もが納得して広まっていくというパターンだ。初代新幹線車両の『ダンゴ鼻』などは一般にも知られているようだけど、ほかにも意外なネーミングがある。

今回は国鉄時代に活躍した特急形車両の名前を集めた。

「ブルドッグ」

「冬休みの予定は決まったかい?」
「うん、青春18きっぷで大阪へ。ブルドッグを見てくるよ」
「え、ブルドッグなら近所の公園のドッグランによく来るけど……」
「いや……、本物の犬じゃなくて、ディーゼルカーのブルドッグだよ」

昭和のギャグマンガで怖い犬と言えばブルドッグ。あのいかめしい顔つきから、いまでも獰猛な犬だと思われているけれど、実際はとても人懐っこい性格だ。

交通科学博物館に展示されているキハ81形(画像提供 : 交通科学博物館)

そんな犬種の名前がついた鉄道車両は、国鉄が1960年に製造したディーゼルカー、キハ81形。キハ80系に分類される車両の先頭車で、ボンネットバスのような形だった。この形状は先に東海道本線でデビューした151系電車を踏襲したという。

キハ81形は151系電車と同じコンセプトで設計された。高速で運転するため、遠くまで見通せるように運転席を高い位置に置き、ボンネット内には客室用の電力を作るための発電機を搭載した。しかし151系とは違い、どことなく犬の顔のような、愛嬌のある表情になった。

迫力のある犬の顔、だからブルドッグというわけだ。いまならアニメ『ヤッターマン』に登場するロボット「ヤッターワン」に似ていると言った方がいいかもしれない。

キハ80系は全国の非電化路線で活躍した。だがブルドッグ顔のキハ81形は6両しか作られなかった。翌年(1961年)に分割・併結に配慮して貫通路を持った先頭車、キハ82形が作られると、こちらの方が運用しやすかったためだ。現在はJR大阪環状線弁天町駅近くの「交通科学博物館」に1両だけ展示されている。これが「大阪にしかいないブルドッグ」というわけだ。

「電気釜」

「上野駅の地平ホームって、ヨーロッパ風の行き止まり式だね」
「そうそう。昔はあそこに電気釜がズラリと並んでねぇ」
「えっ!? 炊き出しでもやってたんですか」
「いやいや、電気釜は電車のあだ名だよ」

電気釜は電気炊飯器である。筆者が子供の頃は、家庭のごはんはガスで炊くガス釜が多く、その後、電気釜が普及した。電車は電気で動くから、いわばすべて「電気釜」と言っていい。いや、機関車をカマというから、電気釜は電気機関車……、と思ったらちょっと違う。

「電気釜」とは、485系や183系などに見られる先頭車の形状を指す。運転台が高い位置にあり、前面にボンネットがなく平らになっている。正面から見るとピンと来ないけれど、真横から見ると、なるほどと思う。車体が釜の本体、運転席がふたに見える。これは当時の電気釜にそっくりだった。だから「電気釜」というわけだ。

東北新幹線が開業する前の上野駅地平ホームは、東北各地へ向かう485系や489系が次々と発着した。「電気釜がズラリと並ぶ」風景だった。

「電気釜」形の特急電車は1970年代に誕生し、最近まで特急「雷鳥」や「北近畿」などに使われていた。JR東日本では、「ムーンライト信州」や急行「能登」などで現役だ。ただし、製造から30年以上経過しているため、新型車両への世代交代が進んでいる。「電気釜」も絶滅の危機にある。

家電の電気釜はデザインが洗練され、最近は流線型に見える製品も多い。特急列車も同様で、丸みを帯び、運転席から前方に張り出しが増えたデザインを見かける。常磐線の「スーパーひたち」(E651系)、「フレッシュひたち」(E653系)など、最新の電気炊飯器に似ているような気がする……。

「月光形」

「そういえば、電気釜形の電車って、白と青のパターンもありましたね」
「ああ、それは581系、583系だね」
「寝台特急にも使われたタイプですよね」
「そう。でも、電気釜というより、月光形と呼ばれる方が多かったかな」

「電気釜」形の先頭車が作られた理由はキハ80系と同じで、前面に貫通路を作るためだった。編成の分割・併結に対応させるためだ。とくに183系は東京から房総半島へ向かう列車に使われ、東京駅付近の地下トンネルを走るため、避難用としても前面の貫通路が必要だった。

「電気釜」は国鉄特急の標準となり、貫通路のないタイプも作られた。485系、489系、183系、189系、381系、581系、583系などがこの形だ。このコンセプトはJR以降の特急車両にも受け継がれた。

583系の急行「きたぐに」。3月17日のダイヤ改正で臨時列車に(画像提供 : JR西日本)

ところで、これら「電気釜グループ」のなかでも、581系や583系は「電気釜」というより「月光形」と呼ばれる。これは、最初に使用された列車が新大阪~博多間の寝台特急「月光」だったからだ。

581系は世界初の寝台電車として誕生し、鉄道ファンに強い印象を与えた。当時の特急電車は赤とクリーム色にそろえられたが、581系とその改良型の583系は寝台列車に使う特徴があるため、青とクリーム色に塗られていた。他の「電気釜」とは区別するかのように、「月光形」と呼ばれた。

581系は昼間は座席特急、夜は寝台特急に使うという「変身車両」だった。昼間は座席特急「みどり」として新大阪~大分間を往復し、夜は「月光」として新大阪~博多間を往復した。だから「みどり形」でもよかったけれど、やはり寝台電車のインパクトが強かったのだろう。

ちなみに、現在は大阪~新潟間を走る急行「きたぐに」で活躍している。JR東日本も1編成のみ残っており、臨時列車やイベント列車として使われている。「きたぐに」はリフォームされて塗装が変わってしまったけれど、JR東日本の車両はオリジナル塗装のままだ。

「食パン」

「こないだ四国に行ったら、アンパンマン特急が走ってましたよ」
「車体にアンパンマンが書かれている列車だね」
「子供たちに人気らしいですね」
「そういえば、今年で食パン電車は廃車されちゃったな」
「えっ、食パンマンは人気がなかったんですか」
「いやいや……、食パン電車だよ。マンはつかないよ」

ごはんを炊く電気釜の話をしたので、次はパンの話をしよう。

おもに北陸本線で活躍した419系。昨年引退した(画像提供 : JR西日本)

「食パン電車」とは、最近まで北陸地区で走っていた419系電車である。同車両には2種類の先頭車があり、ひとつは「電気釜」タイプ。もうひとつは平面タイプ。この平面タイプが食パンのカタチにそっくりなことから、「食パン電車」のあだ名が付いた。

冷戦時代の東欧の車両にも似た「食パン電車」。どうしてこんな形になったかといえば、581系・583系を通勤電車に改造した車両だからだ。581系・583系は寝台列車の廃止にともなって余ってきた。一方、当時の国鉄は、地方都市の普通列車の運行頻度を高める施策を始めたため、車両が足りなくなってきた。そこで581系・583系の寝台設備を取り払い、一部をロングシートにして吊り革を取り付けるなどの改造を施し、普通電車に作り替えた。

ところが、この改造で先頭車が足りなくなってしまった。581系・583系は長距離特急用の車両として10両編成以上で使われている。しかし地方都市の普通列車は3両か4両編成である。編成を分割すると先頭車が足りない。足りないなら作ってしまえ、ということで、中間車両に運転台を取り付けた。これが平面タイプの先頭車「食パン型」になった。

581系・583系は3段式ベッドの寝台車として使われるため、昼間の特急電車よりも天井が高い。だから断面のタテが長く、食パンそっくりになった。これに誰もが納得してしまったというわけだ。

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