書店に並ぶ短時間睡眠本。睡眠時間を減らせば確かに仕事や勉強に充てる時間は増える。しかし、本当に人は3時間や4時間の睡眠でやっていけるのだろうか? 『あなたの脳が9割変わる!超「朝活」法』(ダイヤモンド社)の著者で京大名誉教授の久保田競氏に脳科学的に"正しい"睡眠時間について教えてもらった。ジョギングや音楽など、脳科学的の権威がすすめる「脳にいい生活」についても紹介する。

"正しい"睡眠時間は7時間、睡眠を削ると寿命も削られる

(c)堀内慎祐

朝活がブームだ。睡眠時間を削って早起きしている人はいないだろうか。実はこれ、まったく逆効果だという。「そのときはいいように感じても、結果的に脳や体には悪い影響しかありません」と久保田教授は話す。

教授が推奨するのは「7時間睡眠」(正確に言うと6時間半から7時間半)だ。「そんなに寝ても大丈夫なのか」と正直ほっとした人もいるだろう。もちろん根拠はある。2002年にアメリカの精神医学者で睡眠研究者のクリプケ(Kripke)らが30~102歳までの100万人以上の男女を対象に「睡眠時間と死亡率の関係」の調査を行っている。その結果、最も死亡率が低かったのが「6時間半以上7時間半未満の睡眠」だった。それより長くても短くても死亡率は増加。睡眠時間が短い場合は、死亡率、心臓血管系の病気(心筋梗塞、狭心症、高血圧など)、脳卒中、糖尿病、肥満になるリスクが高まった。9時間以上の睡眠でも心臓血管系の病気、脳卒中のリスクは高くなったという。

「睡眠時間を減らせば1日の活動時間は増えるが、死亡率は高くなるし、病気になる確率も上がる。寿命を縮めていることになるのです。『3時間睡眠』『4時間睡眠』というのは、(著者が)経験的に言っているだけ。根拠は弱く、実証もされてないものです」と教授。『あなたの脳が9割……』を書いた動機の一つには、こうした短時間睡眠本に対するアンチテーゼもあった。

仕事が忙しくて「7時間睡眠なんてとても……」という人には昼寝がおすすめとのこと。睡眠時間が短いと話す著名人でもよく聞くと昼寝をしている、ということは多いそうだ。「スペインでは『シエスタ』といって昼寝の時間がありますが、これは実に理にかなっている」と教授。週末の"寝だめ"も「少しは有効」とのことだ。

試験前に徹夜でがんばると脳の働きは低下する!?

人は眠らずにいるとどうなるのか。久保田教授は1966年に、テレビ局からの番組制作の依頼を受け「断眠実験」を行っている。23歳の某美大生に20分ごとに脳波テストを行い、眠らせないように常に近くに人を置いた。この美大生は結局101時間一睡もせずに過ごしたそうだ。

しかし起きている時間が長くなるにつれ計算能力は落ちた。2日目には何も積極的にやらなくなり、3日目には幻覚の症状も出てきた。睡眠が正常な精神活動を支えていることが裏付けられたことになる。「1日以上の断眠で、大脳皮質の認知の働き(注意・思考・記憶など)はすべて低下します」と教授。「試験前に徹夜で勉強しても、脳の働きは鈍るということです」

ちなみにこの美大生、2日目以降食欲が旺盛になり、断眠実験の間に体重は約3kg増加したという。睡眠不足と肥満症に深い関係があることは研究で明らかになっており、平均睡眠時間が4時間以下の人は7~9時間の人より、73%も肥満になる確率が高くなるということもわかっているそうだ。

"睡眠学習"はできる!!

では7時間睡眠を実践するとして、眠る前には何をしたらよいのだろう。「勉強がやはりいいでしょうと」と久保田教授。実は眠っているときも脳は働いている。寝る前に学習したことは寝ている間に強化されて確実なものにされていくとのこと。つまり"睡眠学習"は可能ということだ。

「脳は寝ている間も働いています。半分くらいの神経細胞は活動しているのです。英単語なんかは寝る直前に覚えるといいでしょう。寝ている間に記憶は強化されているはず。『睡眠』をうまく利用して資格試験などの準備をするといいでしょう」

睡眠学習どころか眠れなくて……という人はどうすべきか。「一番いいのは体を動かしたり、頭を使ったりして疲れて眠るようにすること」と教授。「睡眠薬を使うのはよくありません。飲むと眠れるのですが、早く目が覚めます。睡眠時間が短くなるのです(反跳現象)。このことが起こらない睡眠薬はまだありません。翌朝、睡眠時間を減らして早く起きて仕事をする時には飲んでも構いません。医師に処方してもらって飲むように。お酒は1杯くらいでやめられるなら、"軽い眠り薬"になります。ただし飲み過ぎは依存症にもなりかねないので注意しましょう」。

幼少期に睡眠リズムを身につけさせることが重要なワケとは

話は少し外れるが、幼少期にぜひ身につけさせたいのが睡眠リズム。人の体内時計は24時間ではなく25時間のリズムで動く。明るくなると、光が目に入り、脳内の視交叉上核を刺激し目が覚めることで、体内時計が25時間から24時間にリセットされているそうだ。

「ふつうは1歳のころには睡眠リズムを学習し、成長しながら確立させていきますが、幼少期に学習できずにいると、成人したときに脳や神経系の病気になりやすいといわれています。その意味で幼少期の子どもの育て方というのはとても大事なのです。また、うつの悩みがある人には睡眠のリズムがうまくできていない人が多いともいわれています。7時間の睡眠リズムをぜひ確立させて健康的な生活を送ることが重要です」