──ところでニコニコ動画では初期の頃から片岡さんがプロデュースされた『テニミュ』が人気でしたが、ご覧になったことはありますか?

片岡 以前からよく見ていましたよ(笑)。やっぱり関心事ですしね。現在ではこれもテニミュの楽しみ方としてはある種、容認できる見方なんじゃないかなと思っています。ただ他の動画はまったく見ていなかったし、生放送についても知りませんでした。ドワンゴに入社して今はたくさん見るようになったんですが、その中で特に面白いなと思ったのは、政治家の記者会見やインタビューの生中継ですね。何時間も続く会見をずっと見ていると、その方の人柄が伝わってくるんですよ。舞台も同じです。生身の人間がむき出しでやっているからこそ面白いし、汗が飛んだり唾が飛んだり、湯気だって見えたりする。そういう熱気が座席で見ている人と同じようにモニターの向こうにも伝わったらと思っているんです。

──『テニミュ』をニコニコミュージカルで上演する可能性もあるのでしょうか

片岡 テニミュがニコ動の中で面白くいじっていただいて楽しんでもらえているということはよくわかっています。だけどテニミュはもうあのスタイルで完成されているものなので、同じことをやるつもりはありません。

──そもそもニコニコミュージカルの話がスタートしたきっかけは何だったのでしょう

片岡 そんなに古い話ではなくて、昨年の4月くらいだったかな。ひろゆき(西村博之)さんと川上(量生ドワンゴ会長)さんが私のところにミュージカルの件で相談に来られたんです。もともとひろゆきさんとは、2001年にある会合でご一緒したことがありました。帰宅してから娘に彼のことを話したら、「それはひろゆきさんっていう超有名な人だよ! 2ちゃんねるを作った人なんだよ」って、飛び上がるくらいに驚いて言うんですよ。それで、僕としては娘とコミュニケーションをとるためにも、これはひろゆきさんと仲良くしておく必要があるな、と(笑)。これも人と人との巡り合わせですよね。彼がいなかったら僕は今ここにいないと思いますよ。

──ミュージカルの現状について片岡さんが思うことを聞かせてください

片岡 東京ではいま、演劇ブームといっていいくらいに各劇場のスケジュールがパンパンに埋まっている状態が続いています。こうした現象は3年くらい前から顕著になってきているのですが、ある資料によると、ちょうどその頃からパッケージビジネスはどんどん下火になってきているのに、ライブエンターテインメントだけが右肩上がりになってきているんです。これは僕の仮説なのですが、現代がユビキタス社会になり、いつでもどこでも娯楽を楽しむことができるようになったからこそ、逆に人間同士のふれあいを求めるという流れが起きているんじゃないかと思うのです。

──確かにデータはコピーできても、「体験」はコピーできませんよね

片岡 そういった流れからミュージカルをやることになって、じゃあ知っている話でやろうと思ったのが漫画・アニメ起源のミュージカルの出発点だったわけです。

──どうして漫画やアニメをミュージカルの題材に選んだのでしょうか

片岡 それは「劇団四季」を反面教師にしたからなんです。劇団四季は大人のミュージカル入門としては適切な興行の仕組みを持っていると思うんだけど、たとえば『オペラ座の怪人』とか『夢から醒めた夢』といった有名な演目でさえ、わずかな人しか知らないですよね。公演を見た人が学校や職場でその話をしても、会話が盛り上がらない。劇団四季のミュージカルは、劇団四季ファンの間で自己完結してしまっているんです。ところが漫画やアニメが題材なら、ミュージカルを見ていない人とでも「どんなのだった?」って盛り上がることができる。これって大事なことだと思うんですよ。

──それが『テニミュ』の発想につながったわけですね

片岡 そうですね。ミュージカルという表現形式は100年以上の歴史があって、もう完成されているんです。劇団四季はそれに則ってやっているわけですけど、はっきり言うと、つまらないと感じてしまう。もちろん僕も、ミュージカルという表現の持っている形式を崩してやっていこうという気持ちはないんだけど、でも既存の演劇業界とは違うものを作らないと、自分が見たいものはできないと思ったんです。その答えが、漫画・アニメ起源のミュージカルだったわけです。

──片岡さんの手がけられたミュージカルと既存のミュージカルとの具体的な違いは?

片岡 一つには、キャラクター重視ということがあります。ファンが見て「これは○○と違う」って言われたらおしまいなんです。それは原作を冒涜することだし、やっぱり原作あっての舞台だから。僕が漫画・アニメ起源のミュージカルに求めるものは、一番はキャラクター。次に演者の熱気。そしてそれを引き出すためのスタッフの集中力です。技術的なレベルの重要度は、4番目か5番目くらいですね。たとえば技術レベルは30点くらいなんだけどキャラクターにぴったりのニオイを持った人と、技術レベルは80点なんだけどキャラクターにはそれほど合っていない人なら、前者を採用します。

──徹底していますね

片岡 これは誰というわけではなくて具体的なイメージはないんだけど、それまでとは違う人生を生きようとして芸能事務所と契約した方がいて、オーディションに来たとしますよね。それで採用されたとなると、彼らは目の色を変えて必死にがんばるんですよ。ここで認められたい、チャンスだ、と。もちろん歌が下手なら練習するし、滑舌が悪いなら訓練もしなきゃいけない。でも大事なのは技術的なレベルじゃないんです。音程がとれなくて歌えないのなら、語ればいい。そこから必ず伝わるものはあるし、その姿が見る人の心を打つのだと思います。

──ニコニコミュージカルでもその"熱気"がモニターの向こうに届くといいですね

片岡 そうですね。舞台の幕が下りたときに劇場全体を包み込む温かい熱、そういうものを残したいと僕は思っています。ニコニコミュージカルの課題は、モニター越しに見てくれている人たちにどういう熱が生まれるのかという部分ですね。熱はともかく十分楽しかったと言ってもらえるならそれもありだと思うし、そういった参加の仕方や劇場からの反応の返し方などについては、今後も追求するべきテーマだと思っています。

──お話を伺って、そうやって試行錯誤しながら作り上げていく過程についても見てみたいと思いました

片岡 メイキング映像なんかも出していくかもしれませんね。ユーザーと一緒に作っていく感覚で。

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ニコニコ動画とミュージカルの組み合わせで、演劇の歴史を変えたいと熱く語る片岡氏。これまでにない新しい試みがどんな化学反応を引き起こすのか、今後の展開に注目したい。