70代の東山は、第二期唐招提寺障壁画制作のため、しばしば中国を訪れたほか、回顧展や新作展のためヨーロッパにも足繁く旅行している。創作意欲はますます高まりをみせ、活発な制作活動を続けた。淡々と道を歩みつづける東山の姿は、まるで修行僧のようですらある。「第7章 おわりなき旅」ゾーンでは70代から80代に至ってもなお衰えを知らぬ東山の姿を垣間見ることができる。「白い朝」は、唐招提寺障壁画が完成した直後に描かれた大作。雪が積もった木の枝にとまって背を向ける一羽のキジバト。清浄な雪景色の中に息づく生命の温もり。このキジバトはここまで飛びつづけてきた東山自身の姿かもしれない。
1998年(平成10)、90歳を迎えた東山は、改組第30回日展に「月光」を出品する。「残照」以来、ほとんど休むことなく続けられた日展への出品だったが、これが最後となった。翌1999年(平成11)5月6日、芸術家の生命の炎はついに燃え尽きる。その直前に描かれた絶筆が、「第7章 おわりなき旅」の最後に掲げられている。「夕星」と題されたこの絵には、夕闇の風景と空に輝く星が描かれて、見る者を不思議な幻想に誘う。
上部半分に描かれた風景は、東山が生前買い求めた墓所からの眺めにそっくりだという。中央に立つ4本の杉の木は、先に失った両親とふたりの兄弟とも譬えられる。その上空で輝く星は、東山自身であろうか。手前に広がる水面には、なぜかその星影だけが映っていない。長い遍歴の果てに描いた最後の作品。それは、あの「道」(1950)に描かれた行く手であろうか。果てることのない旅を続けてきた東山が、最後にたどり着いた風景だったのかも知れない。
人間は、なんと偉大になりうることか。果てることのない旅を淡々と続けてきた東山は、その画風でも精神性でも、見事なまでの飛翔を見せてくれる。7章に分けられた会場内を辿るだけで、その90年に及ぶ偉大なる魂の遍歴を、私たちもまた追体験する。「生かされている」を信条とした東山魁夷。会場入口に掲げられた東山の写真の前にもう一度戻った。降りしきる雪の中で、前方を見据えてスケッチの筆を走らせる東山。その姿が、偉大なる画家・東山魁夷のすべてを物語っているかのようだ。
展覧会名 | 生誕100年 東山魁夷展 |
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会期 | 2008年3月29日(土)~5月18日(日) |
会場 | 東京国立近代美術館(東京・竹橋) |
開場時間 | 10:00~17:00(木・金・土は20:00まで) |
休館日 | 4月7・14・21日、5月12日 |
主催 | 東京国立近代美術館、日本経済新聞社 |
入場料(当日) | 一般・1,300円/大学生・900円/高校生・400円 |