米国の業界誌記事をザッピングしていたら「シリコンウェハが3年ぶりの値上げ局面へ、台湾3社が価格改定交渉入り」という記事にあたった。最近のTSMCの決算が示す通り、相変わらず驚異的なペースで拡大している半導体デバイス市場の様子はよく報道されるものの、半導体サプライチェーンの上流に属するシリコンウェハなどの材料市場での状況に関する記事はあまり見かけないので、興味を持って読んだ。

ここで言っている「シリコンウェハ」とはファウンドリで前工程を行った回路作りこみ済のウェハではなく、前工程処理をする前のまっさらなウェハのことだ。この記事では台湾のベンダーの動向について述べられているが、値上げ基調はシリコンウェハ業界全体のトレンドらしい。

  • バルクウェハ

    回路が形成される前のバルクウェハ

1.値上げが起こりにくいシリコンウェハのビジネス

私自身もAMDでの勤務した後、シリコンウェハの外資企業で数年ほど働いた経験があるが、同じ半導体業界とはいってもウェハのビジネスはデバイスとはかなり異なるものだと感じた。

ご存じのように、シリコンウェハ市場では日本の信越化学とSUMCOが6-7割の世界シェアを持ち、そのあとに台湾のGlobalWafer、韓国のSK Siltron、ドイツのSiltronicが続き、特殊スペックを得意とする小規模ウェハメーカー数社で構成されている。高純度の多結晶シリコンを超高温で溶融し、種結晶を逆時計回りにゆっくりと回転させながら単結晶インゴットを引き上げる工程から始まって、インゴットをワイヤーソーで輪切りにして研磨する工程は、すべてがかなりアナログな作業である。

  • 300mmウェハのインゴット

    300mmウェハのインゴット

しかし、ナノメーター単位の平坦度まで研磨・洗浄されて製造されるシリコンウェハ製造の工程には長年の経験で蓄積した知見が求められ、その製造プロセスに関わるエンジニアたちはまさに匠の技を備えた職人の印象があった。

  • シリコンインゴット成長装置の概要図

    シリコンインゴット成長装置の概要図

こうした高度な技術が凝縮されたシリコンウェハ製品だが、そのビジネス形態はデバイスのそれとは大きく異なっている。

各デバイスメーカーが購入するウェハは、口径、厚み、エッジの形状などの物理的な大まかなスペックは共通だが、ドーパント(不純物)で加減される導電性(P型/N型)や抵抗率などの電気的特性や、結晶・表面品質(平坦度/反り)などに関するスペックの詳細な要求は各ユーザーによってまちまちであり、基本的にすべてカスタム製品である。

こうした複雑なスペックを作りこんだサンプル製品は、顧客サイドで半年から一年は優にかかる各種テストによる認定作業の結果、ようやく採用となる。しかし、一度採用されれば同じスペックの製品をスケジュール通りに要求量を製造し納入する事が絶対的ミッションであり、CPUのようなデバイスのようにメーカー側の性能アップグレードで世代交代をリードすることはできない。むしろ、定期的な価格交渉で漸次的な価格低減努力が常に要求される。

要するに、シリコンウェハ市場でのベンダーと顧客の関係は、デバイスメーカー顧客が主導権を持っているケースが多い。顧客の多くは、「コンサインメント(預かり在庫・委託販売)」の形式で在庫を保有するが、この場合では、顧客の注文書が出ていない在庫の所有権はベンダー側にある。シリコンベンダーは必要充分量の在庫を常に用意しているが、顧客からの注文を受けるまではその在庫リスクをすべて負う事になる。こうしたビジネス形態では、需給状況の変化による価格改定はなかなか起こらない。

2.AI半導体の市場拡大に伴って値上げ局面を迎えるシリコンウェハ市場

永年継続されたシリコンウェハ市場でのこうした伝統的ビジネス環境にもAIトレンドの影響が及びつつある。

記事によれば、シリコンウェハの値上げ局面の背景には2つの大きな環境変化があるという。1つが長期契約の事情だ。大量のデバイスを製造する大手顧客のほとんどは、ウェハ在庫の確保のためにベンダーとの間で2-3年の長期契約を結んでいる。

3年前の市場環境は、コロナ禍によるサプライチェーンでの混乱でファウンドリの稼働率は60-70%まで落ち込んでいた。ウェハ需要が下がる中で結ばれた長期契約ではウェハ単価はかなりの安価に抑えられた状態だった。しかし現在では、こうした長期契約が改定時期に当たっており、AI市場の急激な拡大を受けて、デバイス顧客側では旺盛なエンド需要にこたえるべく製造を増やした分、手持ちの在庫はかなり減少している。フル稼働の製造ラインにとってウェハの確保は必須となっていて、ウェハベンダー側には以前にも増した価格交渉力がついているというのが現状らしい。ウェハベンダーとデバイスメーカー顧客の力関係にも変化が生じていると考えられる。

もう1つの理由がウェハ使用面積の急増である。AI半導体のCPU/アクセラレーターなどのロジックではコア数/キャッシュメモリー容量は飛躍的に多くなっているし、HBMの場合は従来の汎用DRAMと比較してギガバイト当たり約3-4倍のウェハ面積を使用するという。結果的にAIデータセンター構築に必要なシリコン面積は急激に増加し、それがウェハ価格の上昇につながっている。ウェハメーカー側も、急増する需要に応えるべく増産のための設備投資に積極的である。

3.各サプライチェーンでの価格上昇を飲み込む勢いのAIデータセンター投資

こうした設備投資に伴うコスト増はウェハ単価に転嫁され、価格の上昇を生む。AI半導体デバイスの集積度も急上昇し、シリコンウェハのスペックにもより高度なものが要求されコスト増の要因となる。しかし、AIデータセンターへの積極投資基調は変わらず、これらのコスト増を飲み込む勢いは変わっていない。

シリコンウェハの価格上昇は、単なる材料費の高騰ではなく、AI需要の波が半導体サプライチェーンの最上流まで到達したことを示している。AIデータセンターへの投資が現在の勢いを維持する限り、ウェハ価格を含むサプライチェーン全体のコスト上昇は吸収される可能性が高い。今回の値上げ局面は、AI半導体市場の成長が材料産業の設備投資や価格決定力まで変え始めたことを映し出している。