近年の災害の頻発により、大規模集中型の電力システムにおける災害時の脆弱性が顕在化している。防災性の高い地域づくりに向け、再生可能エネルギーの余剰電力で水を電気分解して水素を製造・貯蔵し、必要時に燃料電池で発電する「水素蓄電システム」の導入が検討されている。しかし、同システムには瞬間的な変動への対応が難しいという課題が存在していた。
そこで理化学研究所(理研)、公立阿伎留医療センター、メグレナジーの3者は9月25日、水素を生成する水電解セルの安定性を向上させる制御方法を導出するとともに、水電解セルの製造方法の改良にも成功したと共同で発表した。
同成果は、理研 光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チームの和田智之チームディレクター、公立阿伎留医療センターの武井正美院長、メグレナジーの図師誠代表取締役社長らの共同研究チームによるもの。詳細は、9月8日から11日にかけて北海道大学 札幌キャンパスおよびオンラインで開催された「2026年第87回応用物理学会秋季学術講演会」にて発表された(発表日は9月8日)。
防災向けに期待される「水素蓄電システム」の課題
災害により基幹系統からの電力供給が停止した場合でも、自立的にエネルギーを供給できる高い防災性を備えた地域づくりが求められている。その実現手段の1つとして、地域や施設単位で再生可能エネルギーを利用した小規模な「自律エネルギー供給システム」を整備することが検討されている。
しかし、再生可能エネルギーは発電量が不安定なため、出力変動を補償する必要がある。現在は、出力制御が容易な火力発電を中心に補償が行われているが、出力変動への適応限界があるため、これに代わる発電量補償システムが求められている。バッテリーによる蓄電手法もあるが、長期間の保管では自己放電してしまうという課題を抱える。そこでエネルギーの長期間の保存に適し、より防災向けとして期待されるのが水素蓄電システムだ。
ただし、水素蓄電システムにも瞬時の電力変動へ追従するのが難しいという課題が存在する。そのため、水素蓄電システムのみで自立可能な自律エネルギー供給システムを構成するには、バッテリーやスーパーキャパシタ(急速充給電可能な蓄電装置)といった高速応答性能を持つデバイスとの組み合わせが不可欠となる。
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再生可能エネルギーを必要時に利用可能とするシステムの模式図。急速充給電可能なバッテリーに加え、水電解セルと燃料電池を介して大量のエネルギーを貯蔵できる水素貯蔵部を備える。これら各デバイス間での電力充給電は、必要に応じてエネルギーを利用できるよう適切に制御することが不可欠となる (出所:理研Webサイト)
研究チームはこれまで、複数の電力貯蔵デバイスで構成される電力システム全体の制御手法として、DCバスライン(直流電力線)の電圧を信号として用いる方式を提案していた。しかし、この制御方法は、電力システムを構成する各電力貯蔵デバイスは安定動作するという前提に立っており、電圧によって安定領域が定まるデバイスの条件までは考慮されていなかった。そのため、化学反応を伴う水素蓄電システムなどを組み込んだ際の安定運転対策が十分でなく、電力システム全体の長時間安定運転に懸念が残っていた。
そこで今回の研究では、電力貯蔵デバイスに水素蓄電システムを含むシステムを安全かつ安定して運転させるべく、自立型の自律エネルギー供給システムの開発に挑むことにした。
今回の研究成果
研究チームは、2025年に水素蓄電システムを構成する水電解セルの電気化学的な反応の安定性を検証しており、今回はその知見をさらに発展させ、水素蓄電システムを含む自律エネルギー供給システムの安定運転を検証した。
水素蓄電システムは、水を電気分解して水素と酸素を製造する水素製造装置、水素貯蔵タンク、そして水素と酸素を反応させて発電する燃料電池で構成される。水素製造装置に備えられた固体高分子型水電解セルに電圧を印加し、電解反応を起こして水素を発生させる仕組みだ。同セル内部には、電解質膜の両側に触媒層(電極)を接合した「膜電極複合体」を備え、それを用いて水を電気分解する。電気分解では、触媒の作用によって水素と酸素の効率的な製造が行われる。
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固体高分子型水電解セル内部には、陽イオン交換膜の両側にアノード触媒(右図ピンク)とカソード触媒(右図水色)を備えた「膜電極複合体」がある。同セルの場合、アノード側に水を供給して触媒部分で水を酸化させることで酸素が生成される。この時生じる水素イオン(プロトン)が陽イオン交換膜を透過してカソード側に移動し、その触媒部分で水素が生成される仕組みだ。外部からの電力供給は水電解の反応と対応しており、アノード側がプラス、カソード側がマイナスとなる (出所:理研Webサイト)
先行研究において、酸素生成触媒の安定性が、水電解セル全体の安定性に影響を与えることが示唆されていたという。そこで今回の研究では、触媒が置かれた環境(水素イオン指数、pH)と、触媒に印加される電圧の関係から「触媒が安定して存在するpHと電位の範囲」が導出された。
こうして導出された範囲内で運用すると、水電解セルは安定して水素を生成し続けられることが実証された。具体的には、水電解セルの酸素生成触媒として酸化マンガンに酸化イリジウムを混ぜた材料を用いた場合、マンガン酸化物が安定状態を保てるpHと電位の範囲内で制御された。環境のpHはデバイス構造により決定されるため、システム側から制御する電圧範囲を適切に規定できれば、デバイスおよびシステムの安定性を向上させることが可能だ。
一方、膜電極複合体は、高温環境で圧着(加圧による接合)することで製造される。従来は、膜電極複合体のイオン交換ポリマーが変性しないとされている約130度までが圧着温度の上限だった。今回の研究では、圧着時の温度を130度から165度に引き上げることで、セルの安定性がさらに向上することが見出された。
今回の研究では、再生可能エネルギーをエネルギー源とし、化学的反応を含むデバイスを自立型自律エネルギー供給システムで利用する際には、化学的な安定性を十分考慮した上でシステムでの制御およびデバイスの作製を行うことが重要であることが明らかにされた。
デバイス側の化学的な安定性を満たすべき詳細な条件は未解明な点が多いことから、研究チームは今後、そのメカニズムの解明を進め、エネルギー供給システムや水電解セルをはじめとする電気化学デバイスのさらなる安定運用を目指すとした。あわせて、今回の成果を現在試験的に用いられているエネルギー供給システムの安定性向上に適用し、社会への普及を推進していくとのこと。

