米国とイランの対立によって引き起こされた原油価格の乱高下と、原油供給への不安が一般消費財に価格上昇をもたらしている。日本政府は潤沢な石油備蓄を理由に、経済界から一般庶民に広がる不安解消に躍起となっているが、物品価格を押し上げるインフレ傾向は中東情勢の不安定化より以前から始まっていた。広範囲での価格上昇は明らかで、生活上の最小限のものしか購入しない私でさえも、日々の生活への影響を感じる今日この頃である。
「訳あり品」の宣伝が目立つ今日と、飲み屋店主の工夫
中東情勢の不安定化は誰もが望まない状況であるが、そのために図らずとも生鮮食品から医療用器具まで、原油に由来するサプライチェーンの複雑さを実感させられる。
「こんなものまでも……」と思われるものでもサプライチェーンを遡れば原油に由来するチョークポイントがあることを思い知らされる。原油を原料としなくても、その輸送コストや生産コストは原油の相場に大きく影響され、商品提供者による企業努力を超えて値上がりする場合、商品価格に転嫁されるのは致し方ないことである。
そのような状況で、盛んと宣伝されているのが「訳あり品」の活用である。特に野菜などの生鮮食品では、ちょっとした傷、欠け、形状などの理由で廃棄されていたものを、「訳あり品」として低価格販売する例が増えている。生産者側からすれば、せっかく丹精込めて作った作物を廃棄するのは忍びないし、消費者にとっても味や安全性が担保されていれば低価格品が提供されることは大歓迎であり、食品ロスの解消にも貢献する。
私が行きつけの飲み屋に立ち寄って、まず目を向けるのが値段表である。ある程度流通側で統制されている飲み物は別として、季節ごとに変化する献立を眺めているだけでも楽しいし、いつもの献立に値段に変化がある場合、その背景を推測するのも興味深い。店主との会話で食品流通についての認識を新たにする時もある。店主側としては、いろいろな工夫により質の高いものをいつもの価格で提供する努力を怠らない。
例えば、その店は鮮度の高い「刺身」を提供するが、「魚の串焼き」も非常にうまい。一本の串焼きでも個々の魚の種類が違っているので、どういうことか店主に聞いたら「前日に余った刺身をぶつ切りにして、麴付けにすると翌日の串焼きにはちょうど良い具合に浸かる」という話だ。また、仕入先も常に自分で確かめに行って、直接仕入れるため「味にまったく遜色がない訳あり品」などを入手できるという。
実にうなづける話で、ついつい杯を重ねてしまう。
「訳あり品」で苦境を凌いだかつてのAMD
現在では、NVIDIAに次ぐAI半導体企業群の一角に確固としたポジションを確保するAMDも、巨人Intelを相手に、CPU市場での熾烈な競争を続けていた1990年代には多くの試行錯誤を経た結果の「訳あり品」も現れた。多くは発売された後にほどなく市場を去って行ったが、中には赤字続きのAMDの窮地を救った救世主のような「訳あり品」もあった。
その代表格が1995年にリリースされたAm5x86である。当時AMDはIntelの第5世代プロセッサー「Pentium」に対抗するため、野心的な独自アーキテクチャーのK5プロセッサーを設計していたが、かつてのIntel互換路線から独自技術へと大きく舵を切ったこのAMDの命運をかけた大プロジェクトは遅延に遅延を重ね、Pentiumの市場投入が本格化するとその遅延がAMDの財務を揺るがし始めていた。
そこで、AMDが苦肉の策として開発したのがAm5x86であった。このプロセッサーはCPUは第4世代のAm486であるが、レベル1キャッシュの容量を8KBから16KBへと増量した486クラスの強化版ともいうべき製品であった。しかし、Intelによる強力なマーケティング活動で市場は第5世代に移っている。そこでAMDのマーケティング部門が考え付いたのが第5世代を感じさせる「Am5x86」というネーミングである。言ってみれば「Pentium相当の訳あり品」という感じであるが、実際値段もこなれたソケット1/2/3マザーボードで使用することで、まだ高額だったPentiumのソケット7でのPCと総合性能ではかなりいい勝負をするということで、その優れたコストパフォーマンスで低価格帯のPC製品として爆発的に売れた。
とは言っても、消費者には明示的にその素性を伝えなければ「まがい品」となってしまうので、チップのマーキングにはAm5x86の下にAm486 DX5と表記し、その中身が486コアである事をはっきり謳っているが、なんとも紛らわしいことは事実である。K5プロジェクトの失敗を何とか現有製品で乗り切ろうとするAMDの苦肉の策で、何とかAMDは持ちこたえ、その後に控えるK6へとの橋渡しを見事にやってのけた「訳あり品」の傑作だと私自身は思っている。
その後もAMDはいくつかの「訳あり品」をリリースしたが、成功を見ずに早々と姿を消した「訳あり品」の例もいっぱいある。その代表格が「Athlon II X3」である。
AMDは2009年ころ、Intelに先駆ける業界初の4(クアッド)コアのプロセッサーの発表でIntelを追い越す製品の投入として勢いに乗っていたが、自社ファブでの製造面でいくつかの問題を抱えていた。4コアの設計ではレベル3キャッシュも内蔵し、Intel相当品との比較で大きな性能差を目指してたが、その野心的な設計目標に反し製造現場では多くの問題を抱え歩留りが非常に悪かった。
4コアとレベル3キャッシュが正常に動作するチップの製造では出荷テストでスペック外の「不良品」が続出した。これを何とか解決しようとしたマーケティング部門が出した答えが「3コア(Tri-core)」プロセッサーである。「3 is better than 2(2よりいい3)」などと言う安易なキャッチコピーで営業部に販売促進を迫って来た。本来4コアとして製造されたが、一部の機能が動作しなくても、ダウングレードされたスペックでは正常動作するのであれば、別製品として販売するのには何ら問題はない。しかし結局市場受けは非常に悪く、おまけに台湾を中心にグレー市場にリマーク品が現れたので結局早々にロードマップから姿を消した。
戦略的重要性を増す現代の半導体事情
時は下ってAI時代に突入した現代、半導体はその戦略的重要性を増している。かつての半導体チップの規模感を表現した動作クロック数やコア数などの比較表現はデータシートには登場するものの、AIデータセンターの構築に至っては、その価値は消費電力の総ワット数で表示される規模の競争となっている。しかし、このワット数は結局データセンターを構成する半導体のトランジスタ数に直結するのも事実である。
現代の半導体の世界では最早「訳あり品」の入り込む隙はない。
