先週、台北で開催されたComputex Taipei2022では、相変わらず元気のよいAMDのCEO、Lisa Suが“Key Note Speaker”として登場した。ここ数年、このイベントの話題の中心はAMDやNVIDIAで、かつてIntelがPC市場を支配した状況から一変した感がある。

ほんの20年前まで、ComutexはIntelのCPUを頂点としたハードウェア周辺機器が一堂に会する「Intelサプライチェーン展示会」のような印象があり、その中にあってAMDを始めとする対抗勢力はブースの位置から発表内容まで“日陰者”の存在のような扱いを受けた(この印象は、当時AMDに勤務していた私のひがみも多分に反映されているとは思うが)事を思うと隔世の感がある。

Lisa Suは例年通り、一連の新製品を披露したが、その中にZen2コア/6nmプロセスによる普及価格帯向けノートPC用APUとして発表された製品があった。かつてのAMDはデスクトップ分野でIntelと競り合うのが精一杯で、ノートブックCPUとしての存在感がまったくなかった。しかし、現在のAMDは製造をTSMCの先端プロセスに任せているので、処理能力/消費電力をバランスよく両立させた優れた製品が続々と発表されている。私も自身でRyzenベースのノートブックを使っているが、非常に満足している。新製品の性能もさることながら、その発表で私が注目したのは、新製品のコードネームが“Mendocino(メンドシノ/メンダシーノ)”であったことである。

MendocinoはかつてIntelがPentium IIベースのCeleronにつけた開発コードネームである。

  • 私用のPCはAMDでしっかり固めている著者

    私用のPCはAMDでしっかり固めている著者

AMDとIntel、CPUコアのコードネームの変遷

CPUコアに社内用の開発コードネームを付ける習わしは、Intel80386/Am386頃から始まった。

新アーキテクチャーによるCPUコア開発の際、社内コードネームをつけるのには下記のような理由や背景がある。

  • 開発当初は社内でも極秘プロジェクトで、開発が進むにつれて関係者が多くなり、コードネームで呼び合うことでそのプロジェクトの情報がシェアできる。
  • 基本コアが出来上がると、派生製品も次々に開発されるので、製品戦略の体系的理解にも役立つ。そうこうするうちに、Intelの対抗製品の情報も入ってくるので、コードネームによって競合戦略を立てるのに便利である。
  • 製品の発表とともに型式がつけられるが、一般的に型式は無機質な番号が並ぶ場合が多く、発表後も暫くはそれ自体に意味があるコードネームで呼ばれ続ける事が多い。発表前からプレスなどに段階的に製品情報がリークされる事が多いので、新製品を待ち焦がれるユーザーにとっても慣れ親しんだネーミングとなる。

Intelは伝統的に米国の都市、河、湖などの名前をコードネームに使っていて非常に一貫性がある。かつてIntelがMendocinoというコードネームで1998年に開発したのは、Celeronの初代コアであったCovingtonの後継で、Pentium IIベースのコアのL2キャッシュを128KBに限定した廉価版であった。1998年と言えば、AMDがK6コアで市場にカムバックし、両社の競争が激化した時代である。コストパフォーマンスに優れるAMDのK6シリーズに対し、IntelはハイエンドPentium IIのポジションを防衛するために廉価版となるCeleronブランドを立ち上げ、正面対決を開始した時期と重なる。K6の躍進で波に乗るAMD社内では、ガチな対決姿勢を見せ始めたIntelのCeleron製品の情報を受けて、「“めんどっちーの”が出てきたな」などと揶揄していたのを思い出す。因みに、Mendocinoはカリフォルニア州の郡の名前で、海岸に面した風光明媚な土地である。

AMD-K6は、失敗に終わったK5の後継で、その後AMDを名実ともにIntelの対抗勢力に位置付けることとなったK7に中継した大変に重要な製品ファミリーである。“Kシリーズ”のKは、当時はやっていた映画「スーパーマン」の超人的能力を無力化する架空の宇宙物質“Kryptonite(クリプトナイト)”にあやかっていた。当時向かうところ敵なしのIntelの対抗勢力となるというAMDの強い願いが込められていた。K5とK6はコードネームがそのまま製品名となったが、K7からはAthlon/Duronなどの商標名に変わった。

  • 野心的なプロジェクトK5

    野心的なプロジェクトK5はビジネス的には失敗だったが、その後のAMDのプロセッサー開発に大きな技術的蓄積を残した

Intelのコードネームに一貫性があるのに対し、AMDのコードネームには一貫性がまったくない。K7シリーズのコードネームに当初使われていた「Spitfire(スピットファイアー)」や、「Thunderbird(サンダーバード)」は、第二次大戦の連合軍の戦闘機にちなんで付けられたが、その当時のAMDの主力工場が戦時中ひどい爆撃を受けたドイツのドレスデンにあったため、社内では非常に評判が悪く、その後「Thoroughbred(サラブレッド)」や「Palomino(パロミノ)」などに替わった。

特に、ThunderbirdコアのAthlon製品は、オーバークロッカーに人気があり、オーバークロックのし過ぎで壊れて動かなくなった状態を「焼き鳥になりました」などと揶揄される場合もあった。Intelのコードネームが全社的に一貫しているのに対し、AMDのそれはどちらかと言うと場当たり的で、開発チームリーダーの嗜好性を反映している印象があり、両社の社風の違いが垣間見える。Zenコアになってからの一連の製品にはルノアール、マティス、セザンヌなどの有名画家の名前を使っているようだ。

冒頭のZen2ベースのMendocinoも普及価格帯向けのモデルであることを考えると、現在のAMDの社内にこれまでのIntel/AMDのコードネームの変遷を意識した人がいたのかもしれないが、真偽は定かでない。

コードネームが入り乱れるIT業界

IT業界各社の製品開発のコードネームを調べてみると面白い。

AppleのMacOSはハーモニーやフォルテッシモなどの音楽用語が使われた後(Classic Mac OS)、Mac OS X以降はネコ科の動物の名前を経た後、カリフォルニア州の地名が使われているし、iOSもアルパイン、シュガーボウルなどのスキーリゾートの名前が連なっている。

かたや、GoogleのAndroidに目を移すと、初期はカップケーキ、エクレア、ドーナツ、フローズンヨーグルトなどお菓子の名前がずらずらと並んでおり、見ているだけでも楽しくなってしまう。

コードネームは開発チームの責任者の趣味嗜好で決まる場合が多いが、熾烈を極める各社の開発競争にあって、チーム全体の士気を高める役割もしているのである。