巨大AI市場が突如出現する中で、一昨年まで停滞期にあった半導体市況は回復に転じた。しかし、未曽有の半導体不足を経験した各国は自国内での半導体サプライチェーン確保に走る。

この2-3年、顕著になった米中の半導体をめぐる覇権競争は第2段階に入り激しさを増している。グローバルビジネスを展開する半導体企業各社は、増大する地政学的リスクを考慮しながらも成長戦略を推し進めている。

米中技術覇権争いの激化と自国サプライチェーンの構築に走る各国

米中の技術覇権争いは米国が中国への輸出規制をさらに厳格化することで次の段階に入った印象がある。

半導体を安全保障上の重要物資と捉えたトランプ政権に始まったHuaweiに対する厳しい輸出規制は、バイデン政権でも受け継がれ、その輸出規制の枠はデバイスにとどまらず製造装置に広げられた。

輸出規制の効果を確かなものとするために、規制の焦点がサプライチェーンの上流に移行してゆくのは自然な流れである。「システム➞デバイス➞製造装置」という段階を経て、米国は自国での半導体製造を推し進める中国のペースを何とか遅らせようとしている。中国は最先端半導体の製造ができなくなり、28nm以前の成熟したプロセス技術でマイコン、パワーデバイスなどでの世界シェアを高めている。これは、自国内で強力に進めてきた自動車のEV化を加速する為の大きな原動力となった。ピュア中国製を誇るEVブランドBYDは中国内だけでなく、世界市場への進出にまい進する。EVの世界戦略の中心となる二次電池の生産力で他国を寄せ付ない中国は、レアアースに代表される電池サプライチェーン上流を抑える動きも見せている。

こういった米中の動きと並行して今年目立ったのが、各国がサプライチェーンの確保のために半導体ファブの自国への誘致に走る各国政府と、兆円レベルに高騰する政府補助金である。すでに高度にグローバル化したサプライチェーンの分断やむなしと判断した各国が、自国のサプライチェーンを再構築しようとする動きだ。米国、欧州、日本、韓国に続いてインドや東南アジアまで半導体産業育成のための巨額の政府補助金を提示する姿は、まるで半導体ブランドの誘致合戦のような様相である。米中の緊張の間に位置するのが、世界のファブレス企業の半導体製造を一手に引き受けるTSMCをはじめとするファウンドリ企業群を擁する台湾だ。中国による台湾への軍事侵攻と、それによるTSMCでの委託生産への影響を懸念する各国政府はこぞって好条件の補助金、税制優遇、インフラ整備を提示し、それを受けて、TSMCは米国、日本、欧州での新工場建設に踏み切った。

Huaweiの5Gスマホ「Mate 60 Pro」の衝撃

米国の中国に対する輸出規制のさらなる厳格化は、中国の半導体エンジニア達の国産技術確立への情熱に火をつけた印象がある。

Huaweiは久々にスマートフォン(スマホ)の新製品「Mate 60 Pro」を発表した。米国が大きく反応したのは、スマホそのものではなく、その中に使われていた半導体が、解析の結果どうやら7nmプロセスレベルの微細加工を施した製品であるという事実だった。

中国を代表するファウンドリ企業SMICにより製造された5Gをサポートする半導体は、米国の規制外にあったDUVベースの露光装置をデュアル/マルチ・パターニングの複雑な工程を駆使して製造された可能性が高い。SMICはこの方策で今後5nmプロセスレベルの微細加工をも目指していると言われる。中国の半導体自国製造戦略が、米国との外交ルート交渉での製造装置の入手に頼るのではなく、微細加工の実現を国内のエンジニアによる匠の技に頼ろうという新しい段階に入った印象を強くした衝撃的なイベントだった。昨年末の当コラムで、私は米国の輸出規制による中国半導体生産能力の後退を予測したが、中国の半導体技術者は私の予測をはるかに超えて装置スペックを超える結果を生み出したということだ。

半導体の市況は上向くものの、選挙イヤーの2024年は地政学的リスクが増大

ほとんどの半導体リサーチ会社は来年の急激な市況回復を予測している。この2年くらい流通在庫の積み上げでかなり辛い時期を耐え忍んだメモリー各社も、AI市場からの旺盛な需要を反映してハイエンド品を中心に値段が上昇している。

半導体市場はこうしたシリコンサイクルを繰り返し、これまでも驚異的な成長を続けてきた。そのエネルギーの原動力が技術革新である。半導体の技術革新は新たなプラットフォームを生み出し、そのプラットフォームが急速に成長し、経済成長の大きな部分を支えてきた。今年は経済全体に占める半導体分野の役割が大きく注目された年であったという印象があるが、AIの登場は半導体が経済的側面のみでなく、社会的側面で大きな影響を持つものになったという事実を明らかにした年であったと感じる。

  • Intel 4
  • Intel 7
  • 半導体の技術革新の最たる例となるプロセスの微細化。いわゆるムーアの法則をけん引してきた技術。写真はIntelの最新世代となる2023年12月に発表されたノートPC向け製品に適用されたIntel 4と第5世代Xeonスケーラブルプロセッサ(Xeon SP)に適用されたIntel 7のウェハ(編集部撮影)

社会的な動きといえば、2024年は「選挙イヤー」と言われる。来年早々、一月には台湾の総統選挙がある。それに続き4-5月にはインドの総選挙、そして、米国では一月に始まる大統領予備選挙の後、3月のスーパーチューズデーを経て11月には大統領選挙を控えている。半導体産業は目まぐるしく変わる世界情勢の中で、地政学的影響を始めとする大きな変動要素に影響を受けながらもひたすら技術革新を継続してゆく。

今年も私のつたないコラムを愛読していただいた読者の皆様に感謝いたします。

来年が皆様にとって素晴らしい年となりますように!!