医療・介護・ヘルスケア領域向けに人材サービスや、ICTサービスを手がけるエス・エム・エスは、SaaS(Software as a Service)の「カイポケ」を提供している。同サービスは、介護事業者の業務効率化と経営支援を行う、特定業界に特化したバーティカルSaaSだ。

介護業界における構造変化とICT化の必要性

少子高齢化が進む日本では、要介護・要支援認定者数と介護事業者ともに増加傾向にある。介護事業者を運営する法人の8割以上が2事業所以下の小規模法人であり、その数は全国で26万に達する。

介護事業者の収益の大半は提供したサービス対価を、国民健康保険団体連合会(国保連)へ請求・受領する「介護報酬」で成り立ち、制度上の請求プロセスがキャッシュフローの生命線となっている。

また、介護事業者は国保連請求をはじめ、書類作成など間接業務が多く、人手不足、資金繰りの難しさなどの問題が顕在化。介護を必要とする人へのケアが十分ではないほか、介護事業者における紙文化は他業界と比較しても多いのが実情であり、ICT化が急務になっている。

こうした介護事業者のインフラとして、重宝されているのがカイポケだ。2025年にファーストライト・キャピタルが公表した「SaaS Annual Report 2024-2025」における、国内上場SaaS企業ARR(Annual Recurring Revenue:年間経常収益)ランキングで9位にランクインし、ARR121億円と100億円の大台を突破している。

今回、エス・エム・エス 介護経営支援事業本部 カイポケSaaS部/経営支援部 部長の川合俊也氏に、介護業界における同社のビジネス展開や課題感などについて話を聞いた。

  • エス・エム・エス 介護経営支援事業本部 カイポケSaaS部/経営支援部 部長の川合俊也氏

    エス・エム・エス 介護経営支援事業本部 カイポケSaaS部/経営支援部 部長の川合俊也氏

中小介護事業者を支えるサービス設計の変遷

川合氏は2018年に同社へ入社し、セールス担当からキャリアをスタート。現在はカイポケの中核となるSaaSをはじめ、モバイルデバイスのレンタルやファクタリングなどBtoBの経営支援サービス全般を管掌。入社以前は、京都大学卒業後に機会の平等に関心を持ち、カナダの大学院に進学し、移民・難民研究で修士号を取得、現地での実務経験を経るなど経歴も興味深い。

カイポケは2006年から提供を開始し、当時はオンプレミスが主流の中で「中小介護事業者向けの経営支援」を軸とし、現在では単一のSaaSプロダクトにとどまらず、金融サービスを含む40以上の多様なサービスを提供するマルチプロダクト戦略を実践してきた。開発体制はOEMやオフショア開発を経て、2015年から内製化している。

サービス利用者はケアマネジャーや訪問介護・看護、通所系サービス(デイサービス、デイケア)児童発達支援・放課後などとなり、現在では6万事業者が活用している。

同氏は「2000年に介護保険法が成立し、それまでは老人ホームなどの施設で介護することが当たり前でしたが、法律が整備されたことで民間の参入が進むとともに、在宅介護の概念が生まれました。介護保険法をきっかけに、当社は一貫して中小民間事業者さんにサービスを提供しています。当時から中小民間事業者さんは、従業員が20人にも満たない状態で介護市場を支えていたことから、われわれは一貫して経営を支援することを主眼としています」と話す。

これまで同社では、IT担当者がいない中小民間事業者に対して、安価なクラウドの提供やオンボーディング体制のサポート、インサイドセールスなど、包括的な経営支援を継続し、現在の立ち位置を作ってきたというわけだ。

介護業務の特性が求めるバーティカルSaaSの必然性

介護のIT市場はSIerを中心とした第1世代、同社のようにクラウドサービスを提供する第2世代、2015年以降に細分化されてポイントソリューションを提供する第3世代に大きく分けられるという。

川合氏は「近年では市場が伸びており、スタートアップの投資も参入しています。しかし、ホリゾンタルSaaSでの解決が難しい分野でもあり、3年に1回の法改正があるため制度が年々複雑になっています。汎用ソフトの場合、メンテナンスなどが発生することから、参入障壁が高くなっているというのが実情です」と語る。

このような複雑さに加え、ケアマネジャーが1カ月のスケジュールを決めて、事業者はスケジュールに合わせてサービスを提供している。そのため、ケアマネジャーが意思決定を行う特殊なビジネスモデルであり、互いの情報を突合して請求が行われる。ここで、ミスが生じると収入に直結するなど、汎用的かつホリゾンタルSaaSでは対応が難しいといった側面があるという。

特に訪問介護のシフト作成は、性別やスキル、移動距離など多くの要素を複合的に考慮する必要があり、業務の個別性・複雑性が高い。こうしたことから、介護業界には業界特有の要件に対応できるバーティカルSaaSが適しているとされる。

カイポケが担う「業界インフラ」としての役割

その点、カイポケは介護業界における構造的課題に対して、請求管理やシフト作成、記録業務などをクラウドで一体的に支援し、ICT化の遅れた現場の生産性向上を後押ししてきた。

  • カイポケの業務適用範囲

    カイポケの業務適用範囲

現在では単一機能の提供にとどまらず、ファクタリングやモバイル端末レンタルなど周辺領域にもサービスを拡張し、業務と経営の両面を横断的に支える「業界のインフラ」としての立ち位置を強めている。

中小規模事業者が多く、専門のIT人材を持たない市場において、導入支援やサポート体制も含めた包括的なサービス設計により、継続的な利用を前提とした基盤を構築している点が特徴だ。

同氏は「ケアの直前に必要な情報が手元に整理されている状態は、心理的負担の大きい介護業務を支えるうえでも不可欠です。ITやAIを活用して情報を整備し、ケアプランのPDCAサイクルを高速化させることが介護の質向上にもつながります」と説く。

  • カイポケを利用すれば1事業所あたり月間約30時間の業務削減が可能だという

    カイポケを利用すれば1事業所あたり月間約30時間の業務削減が可能だという

AI活用と介護事業者の将来像

将来的にはAI機能の導入を検討しており、プロダクト内にとどまらずAIを開発プロセスそのものにも取り入れ、さらなる価値を顧客に提供することを目指している。

一方、5~10年後に生き残る介護事業者は、どのような姿なのだろうか。川合氏は「“良いケアとは何か”という本質的な問いに向き合い続け、ケアマネジャーさんなどから信頼を得ることだと思います。そのうえで、人口減少に対応するため、先ほども話したようにITやAIを活用して、情報処理の生産性を高めることが不可欠ではないでしょうか」と見通しを述べている。

  • 川合氏

    川合氏

介護業界は、制度依存と人手不足という構造的制約の中で進化を求められている。その変化の鍵となるのが、業務効率化にとどまらず、経営やケアの質そのものを支えるデータとテクノロジーの活用だ。

カイポケは、中小事業者を中心とした現場に深く入り込みながら、請求業務から人材、金融までを横断する基盤として存在感を高めてきた。今後、AIの実装が進めば、その役割はさらに拡張していくだろう。介護の本質である「良いケア」を支えるために、SaaSがどこまで進化できるかが問われている。