あれよあれよという間に2023年が終わろうとしている。世界情勢は極めて不安定だが、図らずも、半導体業界がかつてない注目を浴びた年ともなった。

業界人でなくとも生成AI、ChatGPTなどの言葉を無視できない時代となり、一般人が今まで聞いたこともないTSMC、NVIDIAなどの企業名が一般紙の紙面に踊った。あわただしく過ぎゆく2023年を振り返ってみよう。

突然猛スピードで始まったAI時代と、内包する問題が顕著化した今年

ChatGPTの出現で幕を開けた2023年であるが、その後のAI市場の急速な拡大には長年ハイテク・半導体業界を見てきた私にとってもかつて経験したことがないスピードだった。このスピードは来年も加速が継続される予想である。GAFAMに代表される巨大IT企業の今後の成長は生成AIの分野で競合とどう差別化するかが焦点となっている。

OpenAIの大株主として先行するMicrosoftは、生成AIを実装したAIアシスタント「Copilot(コパイロット)」を早々に業務用ソフトに組み込み11月から提供を開始、OSのWindows10/11に標準搭載した。危機感を感じているのがクラウドサービスでトップシェアのAmazon/AWSと、検索エンジンでトップシェアのGoogleである。MirosoftはAI化をさらに加速させこの2つの巨大市場を手中に収めようとしている。フェイスブック/インスタグラムを運営するMETAもSNSをメタバース化しAI機能の実装を進化させる。まだ目立った動きを見せていないAppleを含み、多くの企業で生成AIを進化させるプロジェクトが鋭意進められている事が各社の発表の節々に感じられ、来年に訪れるAIトレンドの大波が迫ってくるのを実感する。

AIは爆走するテック市場には大きな利益をもたらしたが、同時にそれが内包する問題も明らかになった。飽くなきテクノロジー競争と企業統治・倫理リスクという相反する問題が共存する構図だ。OpenAIのCEO、Sam Altmanをめぐる動きはまさにこの分野が大きな課題を抱えていることを象徴している。当局の対応もまちまちだ。AIに対する規制で足並みがそろってきたEUと、GAFAMに代表される米系巨大IT企業に配慮する米政府のコントラストは、この問題の解決が一筋縄では行かないことを物語っている。日本政府もやっと重い腰を上げて事業者向けのAIガイドライン案をまとめたが、実効性のある法整備にはまだまだ遠い状況である。

NVIDIAが躍進、世界最大の半導体メーカーに

AI市場の急速な拡大は、AIワークロードの高速処理に欠かせないGPUをリードするNVIDIAを世界最大の半導体企業に押し上げた。第2四半期の決算では、前年比で売り上げが2倍になるという前代未聞の成長を見せ、世界最大のポジションめぐって抜きつ抜かれつの地位にあったIntelとSamsungをあっさりと抜き去った。加速的に増大した需要にNVIDIAの供給が追い付いていないのは明らかで、H100を代表とする最先端品は現在でも異常な高値で取引されている。「革ジャンCEO」として一躍有名になったNVIDIAのJensen Huangの写真を毎日の報道で見かける年だった。1993年に創立され、40年の歴史を持つシリコンバレーの老舗企業NVIDIAは、かつてはグラフィクス用のハイエンドGPUというどちらかと言うと玄人好みのニッチプレーヤーであったが、現在では巨大企業だけでなく、各国の首脳がこぞって面会を望む世界的な重要人物である

創立以来40年間CEOを勤めるJensenは、その先見性でGPUのAIアプリケーションでのポテンシャルにいち早く投資し現在の地位を築き上げた。現在でもNVIDIAの技術開発から営業に至る全社の陣頭指揮を執るその超人的な動きにはただ驚かされる。最近も、一週間で日本を含むアジア5か国の首脳クラスと面談するという神出鬼没ぶりだ。現在、NVIDIAはあくまで全方位的なスタンスをとっているが、供給不足とH100をはじめとする先端GPUの単価高騰は、顧客側のフラストレーションを増大させており、巨大市場を取り込もうとする競合らによる開発を加速させている。来年は各社のNVIDIAへの挑戦が繰り広げられることが予想される。

  • 「GH200 Grace Hopper」

    HBM3eを搭載した「GH200 Grace Hopper」の外観イメージ (出所:NVIDIA)

AIプロセッサーは熾烈な開発競争時代に

メインフレーム、PC、スマートフォン、そしてデータセンターと、半導体業界では中心となるアプリケーションが急速に普及し、その中で業界標準を打ち立てた企業が独占的な市場支配を享受する状態を何度も経験してきた。しかし、それに対してチャレンジャーが現れるのが常である。

現在のNVIDIAの独り勝ちはまさにその状態で、各社は新たな技術革新で果敢な挑戦を加速させる。その芽が明らかになったのも今年の特徴である。私の印象では、長年GPU市場でNVIDIAのライバルとして挑戦してきたAMDはその中でも最も有力なチャレンジャーであるように見える。

AMDはGPUだけでなく、業界標準のx86命令セットCPU市場で長年続いたIntelの市場独占に風穴を開けた歴史がある。AMDが満を持して発表したMI300A/Xシリーズでは、CPUとGPUを共有メモリーで連結して高速処理を行う「Unified Memory Architecture」を前面に出した。かつてCPU+GPUのヘテロ構造で統合チップを業界で初めて可能とし、APUというカテゴリーを創造した際にも耳にしたアーキテクチャーで、今回の発表でこの点が強調されたのにはAMDがたどってきたチャレンジャーとしての存在と符合する部分があり、「これは何か起こるぞ」という印象を強く持った。

AIプロセッサーの自社開発で先行したAmazonは中心となるGravitonのアップグレード版を発表し、トレーニング用Tranium2も追加した。ChatGPTをエンジンにクラウド市場での地位を急速に固めるMicrosoftも自社開発チップを開発中であり、GoogleもTPU(Tensor Processor Unit)の端末への搭載を進める。他にもTenstorrent、SambaNova、Cerebrasなどの新興企業など、AI市場を虎視眈々と狙うライバルが数多くチャレンジャーとして名乗りを上げている。

  • TenstorrentのCEOを務めるJim Keller氏

    TenstorrentのCEOを務めるJim Keller氏 (2023年6月の来日時に編集部撮影)

  • ambaNovaの共同創業者兼CEOを務めるRodrigo Liang氏

    SambaNovaの共同創業者兼CEOを務めるRodrigo Liang氏 (2023年12月の来日時に編集部撮影)

  • Cerebrasの世界最大級の半導体デバイス「WSE-2」

    Cerebrasの世界最大級の半導体デバイス「WSE-2」 (編集部撮影)

来年のNVIDIAのAI市場での優位性は変わらないとしても、これらのチャレンジャーとの熾烈な技術競争は見ものである。