働く場所や働き方の選択肢が広がる中、企業にとってオフィスの役割も変化している。単に仕事をする場所ではなく、社員同士のコミュニケーションや新たなアイデアを生み出す場、企業の文化や価値観を体現する場として、オフィスを捉え直す企業も増えている。
本連載では、特徴的な働き方やオフィスづくりに取り組む企業を訪問。その空間に込められた狙いや、そこで実現しようとしている働き方を紹介していく。
第40回となる今回は、北海道のお土産を代表する「白い恋人」を作っている石屋製菓のオフィスを紹介する。
「お菓子メーカーなのに社内にお菓子がない」
石屋製菓は2026年8月、札幌市西区宮の沢にある本社オフィスをリニューアルした。新オフィスのコンセプトは「北海道のおいしいをつくる。つどう。つながる。~ISHIYA CREATIVE KITCHEN~」。
社員で「続けたいもの」「やめたいもの」「新たに加えたいもの」などについて意見を出し合い、従来の価値観を「進化・継承・付加・削除」の視点で整理。ワークセッションを経て、「ISHIYAらしさ」「クリエイティブ」「気持ちよく働く」という3つの柱を設定し、最終的に「北海道のおいしいをつくる。つどう。つながる。」というコンセプトにつなげたという。
石屋製菓 代表取締役社長の石水創氏によると、今回リニューアルしたスペースは、もともと生菓子やロールケーキなどを製造する工場として使われていたという。「製造機能の移転によってスペースが空く一方、既存の事務所が手狭になっていたことから、約2年前にオフィスとして活用する構想が始まった」とリニューアルの経緯を語った。
新オフィスの構想を練る中で石水氏が着目したのが、お菓子メーカーでありながら、オフィスには肝心の「お菓子」がないという点だった。
「商品について議論する際も、机上で会話したり、パソコンで他社商品などを調べたりすることが中心となり、アイデアが形になるまでに時間がかかる場面がありました。そこで、実際にお菓子を作る人の姿が見え、その場で作り、食べながら議論できるオフィスを目指したリニューアルをしたいと思うようになりました」(石水氏)
作って、食べて、議論する「ISHIYA CREATIVE KITCHEN」
新オフィスの中心となるのが、石水氏のこだわりが詰まった、全長10メートルを超えるカウンターを備えた「ISHIYA CREATIVE KITCHEN」である。
「ISHIYA CREATIVE KITCHEN」では、菓子の試作から盛り付け、試食、経営陣による商品承認まで、一連の工程を同じ場所で進められるようにした。テストキッチンの周囲には大きな仕切り壁を設けず、家具や通路の配置によって空間を緩やかに区切っている。隣接するダイニングエリアや100インチの大型テレビを備えたライブエリアでは、大人数での試食会やプレゼンテーションも想定した構造だ。
石水氏は、新商品を生み出す際に商品開発担当者だけで完結するのではなく、複数の部署が集まり、実際に食べながら意見を交わせることが新オフィスの狙いと説明した。
新オフィスでは、お土産などの商品を開発する商品開発部、白い恋人パーク内のカフェ事業などを展開するパーク事業部、喫茶店の運営や菓子以外の軽食を開発するエンターテインメント事業部の3部署が「ISHIYA CREATIVE KITCHEN」に集まって働いている。
異なる領域の商品開発担当者が同じ場所に集まることで、試作品を囲んで話し合える環境が生まれていることが紹介された。
部署のつながりが増えたのは商品開発に関わる部門だけではない。従来は工場内に置かれていた品質管理部・検査室も新オフィスへ移転した。
これまでは業務の性質上、ほかの部署との接点が限られていたが、同じオフィス空間に入ったことで社員同士の会話が増えたという。テストキッチンで商品開発を行った際には、品質管理担当者へその場で声を掛けることで、試作品について意見を交換する場面も生まれている。
従来、開発の現場へ入るには工場への入場に伴う着替えやエアシャワー、手洗いなどが必要だった。新たなテストキッチンでは、オフィスにいながら開発担当者と他部署、取引先などが試作に参加し、その場で試食や議論を行うことも想定している。石屋製菓では、将来的に地域の利用者などを招き、ともに菓子を開発する使い方についても構想しているそうだ。
石屋製菓の歴史を新オフィスへ「継承」
新しい機能を加える一方で、オフィスには石屋製菓がこれまで培ってきた歴史も残した。本社事務所は2010年に竣工し、石屋製菓の名誉会長である石水勲氏が魅了された英国・コッツウォルズ地方の石造りの建築をモチーフとしている。今回のリニューアルでは、その外観の思想を内装にも広げ、イングリッシュガーデンを意識した植栽を取り入れた。来客エリアでは、北海道産のシラカバやトドマツ、札幌軟石などを採用している。
また以前から使用していた特徴的なアーチ状の天井の一部を残し、新しい内装と調和させたことや、石水勲氏が世界各地から集め、倉庫に保管していたアンティークのシャンデリアやタイルを取り出し、新オフィスで再利用したことも「継承」の一部だ。
加えてオフィスデザインのこだわりとして、会議・来客スペースには菓子メーカーらしい意匠を取り入れた。
「白い恋人」の製造工程にちなみ、スペースには「MIX(混ぜる)」「BAKE(焼く)」「SAND(はさむ)」「CHILL(冷ます)」といった名称を付け、それぞれ異なる素材やデザインを採用している。
そのほかにも製造現場で実際に使用されてきた道具などを加工し、壁面アートとして残す試みや、オフィス内のソファに主力商品である白い恋人柄のクッションを採用するなど、会社愛を感じられるこだわりが詰まっている。
社員から取引先、地域へ広がる「つながる場」に
石屋製菓では、今回のリニューアルをオフィスづくりの完成形とは考えていない。実際に働く中で社員から新たな使い方が生まれ、活用の幅が広がっていくことにも期待しているという。
今後は社員だけでなく、取引先の商品開発担当者を招いて一緒に試作し、その場で食べながら意見を交わすことなども構想している。さらに将来的には地域の人々にもその輪を広げていく考えだ。
部署を越えて社員が集まり、菓子を作り、食べ、意見を交わす。その中心に置かれた「ISHIYA CREATIVE KITCHEN」は、社員だけでなく社外の人々もつなぎながら、新たな商品やアイデアを生み出す場になっていきそうだ。







