ファブレスもIT企業もIBMを見習って半導体研究に注力

IBMという企業は全体として、システムの設計からウェハ・プロセスの研究まで一貫した半導体の研究開発を行っている。では、他のファブレスやIT企業はどうだろうか。

QualcommやNVIDIAはじめ米国の大手ファブレスは数年ほど前より、将来の技術ノード用に開発されている製造装置や材料、製造技術が、自社で開発中の半導体デバイス設計にどんな影響を与えるか、サプライチェーン全体について調べることに、多数の人材を投入しはじめている。ファブレスもプロセス技術者を抱え、先端半導体プロセスに関する学会情報や装置材料業界動向を真剣に収集している。

例えばAppleはプロセッサ専業ファブレス企業を買収し、iPhoneはじめ自社製品用に独自のアプリケーションプロセッサを設計している。また同社は、米国Maxim Integratedが売却しようと画策していたがなかなか買い手がつかなかった200mmファブ(カリフォルニア州サンノゼ市内)を2015年12月に買収しているものの、ここでどのようなことをするかを明らかにしていない。こうした点を踏まえると、IBMモデルに一番近づいてきている企業と言えよう。

このほか、GoogleやFacebookなどのITサービスプロバイダも独自にチップ設計を進めているほか、プロセスエンジニアの雇用を始めた。つまり、彼らは、IBMの垂直研究モデルをリバースエンジニアリングして、図5に示すように、サプライチェーンの上から下に向かって埋め始めたということだ。

IBMを見習ってこのような戦略をとるためには、どうしても半導体研究部門が必要となる。なぜなら、いまやシステム・アーキテクチャの優位性は、製造プロセスの優位性に依存するからである、最終製品の性能や機能性を確保するためには、トランジスタ技術や相互配線技術や製造バラつきをきちんと押さえておかないとならない。

ファブレス企業やIT企業は、ファウンドリに製造を委託するに際して、どのファウンドリが技術的に先進的なのかを判断できるだけの技術的な知識を持たなければ的確な判断ができない。この判断が最終製品の優位性を決めるからである。

図5 IBM、Apple、Google、Facebook各社の競争力の源泉となる技術の深さ(5年前と現在との比較)。左上から、システム機能設計、チップ設計、IP設計、インターコネクトプロセス開発、トランジスタおよびプロセス開発

設計と技術を同時に最適化

IBMの歴史は100年以上に渡るイノベーションの歴史である。同社は常に30~50年先を見据えてきた。現在はニューロモフイック(脳神経細胞を模した)コンピューティング、コグニティブ(認知)コンピューティング、量子コンピューティングなど先進コンピューティングの研究開発に取り組んでいる。このために、世界各地で大勢の社員が将来の姿を思い浮かべながら研究に従事している。今後は技術とシステムをともに最適化することが重要になる。IBMではこれを「DTCO(Design-Technology-Co-Optimization)」と呼んでいる。半導体設計と製造の間を橋渡ししているDFM(Design for Manufacturing:製造を容易にするために、製造のトラブル情報を設計にフィードバックし、容易に製造が行えるように設計を手直しする仕組み)に似ているが、これよりもはるかに早い段階から設計と技術が連絡を密にして協業するということだ。

微細化の限界をシステムの力で乗り越える

2020年代にブレークスルーが求められているのは、原子のレベルに到達して行き詰るのが見えてきたプロセスの微細化にどのように対処するかである。これを乗り越えるにはさまざまな手法が考えられる。ゲートオールアラウンド構造、縦型FET、ナノワイヤ、ナノシート、フォト二クス、3次元マルチチップ集積、などだ。

IBMは微細化の限界は2032年にやってくるとみている。これをアプリケーションの出発点として、その要求をシステムに落とし込み、さらにデバイスに落とし、プロセスに落とすという具合にして、システムと技術の両方を最適化することで解決しようとしている。デバイスの微細化そのものが目的ではなく、アプリケーションが望む最適なシステムを作り上げることが目的だからだ。

これを具体的で例示してみよう。これからの大きなアプリケーションはビッグデータ抽出・解析であるが、これには、エッジデバイスから吸い上げた大量のデータの処理が必要である。そのためにはハードウェアシステムが必要だ。そのアーキテクチャを構成するために心臓部にはプロセッサが必要だ。メモリや周辺チップも必要になる。これらには、トランジスタや相互配線も必要だ。これらはトランジスタの性能パラメータに影響を与えるからだ。システム構築には、単一のトランジスタの性能だけではなく、装置や材料、プロセスの知識も必要になる。なぜなら、これらが、コンタクト抵抗のような性能パラメータに影響を与えるからからである。

システムエンジニアは、単一のトランジスタの性能だけではなく、仕事関数の異なるマルチ・スレッショルド電圧ゲートスタックにも目をやらねばならない。これらのどれ1つが欠けても、最適なシステムは作れない。テクノロジーの限界を乗り越えるため、今後は、テクノロジー、システム、アプリケーションのすべてが最適化することが求められる。ちなみに、IBMが進める半導体研究のライバルであるベルギーの独立系半導体ナノテク研究機関であるimecのLuc Vsn den hove社長兼CEOも同じことを強調している。半導体プロセスやデバイスの限界を、システムやアプリケーションを含めた最適化で乗り越えようとする、先進研究機関に共通した考え方だ。

「IBM研究グループの当面のROI(投資対効果)は、将来実用化するシステム -おそらく2020年代か2030年代に実用化されるだろう- を製造できる技術を持つということである。IBMのROIは、長年にわたるビジネスの継続性であって次の四半期の業績向上ではない。過去100年に渡り常に時代を先取りして取り組んできたイノベーションを倍の200年に延ばすことである」とVLSI ResearchnのHutchenson氏は結論付けている。

IBM半導体研究チームの最大のライバルは、imecである。SamsungやGFはIBMと協業すると同時にimecのコアメンバーでもある。imecは、このほか、世界中の主要半導体メーカー、ファブライト、ファブレス、ファウンドリと協業して一体となって微細化に取り組んでいる。研究面だけ見れば、両社のビジネスモデルは似ているが、企業としてのビジネスモデルは、まったく違う。imecはあくまでも研究機関であり、自社製品やサービスを売る企業ではないが、IBMはコンピューティングをベースにしたサービスを提供することをコアビジネスとする企業である。研究は、基本的に、コアビジネスを支え、先頭を走ることを支援するためのものである。両社は現在5nmおよびそれ以降の究極の半導体微細化(およびその限界や3次元化による打開策)を検討しており、今後、両社の競争はさらに激化するであろう。