New Relicは5月21日、2026年4月1日付けで同社の日本事業統括責任者を務めることになった、古舘正清氏の就任会見に合わせて事業戦略を発表した。AI時代の「リアルタイム経営」を支援するため、国内の大企業(エンタープライズ)に向けた伴走型の支援サービスを大幅に強化することなどが明らかにされた。
新社長の古舘氏が指摘する「リアルタイム経営」の課題
まずは同氏の経歴を振り返ってみよう。1984年に入社した日本IBMでメインフレームを担当し、その後のMicrosoftではクライアントサーバ、Azureの立ち上げ、クラウドの導入、Red Hatにおいてオープンソースの普及、ハイブリッドクラウドの推進などを手がけた。2015年5月からF5 Networks日本法人の代表取締役社長、2017年12月にはVeeam Software日本法人の執行役員社長を歴任。
そして、4月にNew Relicの日本事業統括責任者として執行役員社長に就任した。古舘氏は「昨今ではアプリケーションとインフラが完全に分業化されており、インフラは安定かつセキュアに稼働・運用すれば十分とされ、その結果としてITと経営の分断が進んでいるという問題意識を抱えていた。このような中で、オブザーバビリティプラットフォームと出会い、経営に直結するプラットフォームであると確信した。AI時代に経営に直結するインフラを実現していくことへの挑戦を選択した。日本を“リアルタイム経営の先進国”にしていく」と、就任に至った経緯を説明した。
同氏は、BI(ビジネスインテリジェンス)はリアルタイムで経営判断をしていくという文脈で導入されていたが、あくまでも過去のデータをもとに予測して意思決定するため、リアルタイム性に疑問を感じていたという。
その点、これからのリアルタイム経営には企業におけるデジタルサービスの停止や、劣化が即時的にビジネスロスに直結する現状において、ITの問題をAIで自動修復してロスを最小化する体制が必要となっている。
デジタルサービスでは、平均単価やエラー率などをリアルタイムに監視し、その影響をビジネスロスに換算して把握するインフラが求められている。ただ、経営層での意識が不足していることから、投資の必要性を理解させる働きかけがポイントになるようだ。
一方、ビジネスプロセスでは受発注や在庫、出荷などで問題が起きるとロスが発生するが現状は可視化されていないケースが多いと古舘氏は指摘する。たとえば、基幹システムが1日停止した場合、企業の規模によっては数億円のロスが発生するが可視化されていないことがあるため、ITが必要となっている。
オブザーバビリティの進化と「ビジネス統合」への転換
このような状況において、従来オブザーバビリティは第1フェーズとしてアプリケーションを対象の中心としていた。近年ではDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展に伴い、API連携や多様な環境で生じる障害を迅速に特定・修復し、サービスの停止を最小化することを目的に企業での導入が進んだ。
今後、AIが運用を主導するAIOpsの時代が想定されることから、オブザーバビリティを経営意思決定やビジネスケースに直結するプラットフォームに拡張する必要があり、これを第2フェーズと位置付け、AIOpsと「ビジネスオブザーバビリティ」に取り組んでいる。
ビジネスオブザーバビリティとは、オブザーバビリティのデータを用いてデジタルサービスとビジネスプロセス双方の状態を可視化し、リアルタイムにビジネスロスを最小化するものだという。同氏は「ITの運用だけにフォーカスしていた分断を解消し、ビジネスKPIと統合する」と説明した。
現在、日本法人は国内オブザーバビリティ市場においてシェア48%と2位と2倍以上、7年連続で首位(2025年10月のテクノ・システム・リサーチによる調査)となっている。2018年の設立以来、成長を継続しており、国内ユーザーが3万9000人、パートナー企業内の認定コンサルタントが500人、事例は約100社に迫る勢いだ。
古舘氏は日本法人のビジョンとして、前述した「リアルタイム経営の実現」を掲げている。これを推進していくために2030年度までの指標として、Fortune 500への導入を2倍、エンジニアコミュニティを3倍、パートナー数が3倍、売り上げは2.5倍をそれぞれ計画している。
ビジョンを説明しつつ、同氏は「エンタープライズ顧客を重点ターゲットとし、圧倒的な顧客数の獲得を狙う。これまでの経験を活かして経営層とのコミュニティを構築し、ビジネスオブザーバビリティが経営にどのように貢献するかを議論していく。そのために、経営層を対象にしたビジネスオブザーバビリティアセスメントサービスを夏から提供する。ITと経営の分断という常識を変革していくことに挑戦する」と力を込めていた。
AIOpsとビジネスオブザーバビリティ
AI時代に向けたリアルタイム経営を支援するための事業戦略と技術支援の詳細については、New Relic 執行役員CTO 技術統括本部長の瀬戸島敏宏氏が解説した。
同氏は「オブザーバビリティの価値が過去5~6年で急速に変化している。クラウドやDXに伴いフルスタック監視からビジネス競争力強化をたどり、現在はAIが連動した『オブザーバビリティ 3.0』を迎えた」との認識を示す。
重点施策として「デリバリー強化」「ユースケース拡大」「エコシステムの拡大」の3つを据えている。これらの重点施策をベースに、古舘氏も言及した「CIO/CDOユーザーコミュニティ構想」「ビジネスオブザーバビリティ・アセスメントサービスの開始」に加え、「SAP専任コンサルタント部隊の稼働」「データセンターとAI機能」の4つに取り組む。
デリバリー強化
デリバリー強化に関してはコンサルティング体制を強化し、ビジネスオブザーバビリティ・アセスメントサービスを今夏に提供を予定。同サービスはリアルタイム経営の成熟度を、デジタルサービスや社内システムの事業KPI連動度やデータ統合後、AIOps成熟度、組織連携レベルなどの指標で評価する。
アセスメントから実行までを提供する体制を確立していくとともに、パートナーとの協業も開始。レガシー環境から先進企業の拡張プランまで提案を可能とし、2026年度に30社のアセスメントを行い、うち10社の受注を目指す。
ユースケースの拡大
ユースケースの拡大ではSAP専任部隊の稼働開始し、課題解決から導入までを提供する。これは「SAP ERP 6.0(ECC 6.0)」の標準サポートが2027年末で終了するため「SAP S/4HANA」などへの移行を支援することを目的とする。
同社のソリューションはSAPの認証を受けており、SAP S/4HANAの移行に伴うビジネスプロセスの複雑化に対して、リアルタイムなモニタリングを通じてリードタイム短縮やROI(Return On Investment:投資利益率)の最大化を支援。
また、エージェントレスアーキテクチャを採用し、専用プログラミング言語「SAP ABAP(Advanced Business Application Programming)」や「SAP Java」、SAP以外のシステムに関するプロセスとトランザクションを表示し、ビジネスプロセスをリアルタイムでエンドツーエンドでモニタリングできるという。
エコシステムの拡大
エコシステムの拡大については、これまで日本法人ではNew Relic User Groupなどエンジニアのコミュニティ拡大などに取り組んできた。
CIO/CDOユーザーコミュニティは、技術データを経営判断に活かすための知見を共有。特にCIOやCDOを対象に業種の垣根を超えたベストプラクティスの共有を行い、日本全体のデジタル変革をリードするプラットフォーム提供するとのことだ。
一方、データセンターとAI機能に関しては、今年3月にデータセンターの「東京リージョン」の開設を発表し、同7月から利用開始を予定している。
AI機能はアラートの発報を機に自動的にAIが調査・分析を開始し、結果・実行すべきアクションを提示する「SRE Agent」をはじめとしたAIが自然言語によるデータ分析やシステムデータの相関分析、異常検知、原因特定を行う。AIOpsにより、エンジニアから経営層までインサイトを即座に得られる環境を整備中だ。
導入による成果、オリックスとLIXIの事例
ここまで戦略を見てきた。ここからはビジネスオブザーバビリティを実現している企業の事例として、New Relic 首席エヴァンジェリストの清水毅氏がオリックスとLIXILを紹介した。ちなみに、古舘氏が説明したデジタルサービスがオリックス、ビジネスプロセスがLIXILの事例となる。
現状認識として清水氏は「これまでのオブザーバビリティは守りの運用だった。しかし、これからのオブザーバビリティは“攻めの武器”になる。AIでアプリケーション開発が加速し、人手では運用しきれない状態に対するアプローチであり、単なるシステム監視にとどまらずビジネス視点を重視する。オブザーバビリティのデータにビジネスコンテキストを紐づけ、システム以上にビジネスを理解することを目指す。顧客視点の分析を重視し、UX(ユーザー体験)や事業貢献度をデジタルシステム連動させて把握し、営業・マーケティングなどエンジニア以外の事業部門もデータを活用できる状態が重要」と強調する。
オリックスの事例
オリックスはデジタルサービスの事例だ。同社は、独自の生成AI-OCR技術を活用した文書管理サービス「PATPOST」を提供。現在、顧客が2000社を超え、どのように利用し、どのようなトラブルと関連しているのか、ということが各チームで共有されず、全体把握できていなかった。
そこで、New Relicを採用。セールス・マーケティング、インサイドセールス、カスタマーサクセス、エンジニアリングにおける各チームがNew Relicのダッシュボードを共通言語に議論している。
結果として、セールス・マーケティングチームは誰がどこで使うかを把握してユースケースを収集しダッシュボードから業種別の訴求を最適化し、インサイドセールスに活用。インサイドセールスチームは契約中・体験中の顧客に対し、ダッシュボードにもとづき適切なタイミングで的確にアプローチ。
カスタマーサクセスチームは、以前はエンジニアに問い合わせて20~30分ほどかけてトラブルを解決していたが、ダッシュボードで把握することで平均10分に短縮。エンジニアチームはシステム全体監視で問題をプロアクティブに把握し、障害特定時間は従来で平均15分を要していたが1~2分に短縮した。
LIXILの事例
LIXILは、ビジネスプロセスの事例となる。同社では工務店やリフォーム店など3万ユーザーが利用する商品検索・見積依頼・発注・納期確認を行う営業フロントシステムと、これと連携するバックエンドのSAPシステムを含む安定運用、サービス信頼性の最大化を進めることにした。
そのため、New Relicを共通基盤にWebフロントからバックエンドのSAP S/4HANAまで、多段で連携するリアルタイム処理システム全体を可視化し、社内で連携した。その結果、1週間かけていた難易度の高いトラブルシューティングを数時間に短縮したほか、問題の原因特定に要していた時間を年間200時間削減。
さらに、開発者自身がアプリケーションの状況を把握し、自律的な改善に取り組んでいるほか、各システム運用担当者が領域を超えて連携し、トラブル対応を迅速化しているとのことだ。
清水氏は「オリックスはオブザーバビリティを各チームが売り上げの要にしており、ここが大きなポイントとなる。ビジネス視点でエンジニアが貢献でき、全チームが共通言語で話せるようになっている。他方、LIXILはSAPを含むミッションクリティカルな全体システムに対するオブザーバビリティを獲得し、ビジネスプロセスをリアルタイムに一元監視し、チーム・システムの壁を越えて事業全体を俯瞰している」と述べていた。
オブザーバビリティは従来のシステム監視から、ビジネス意思決定を支える基盤へと進化しつつある。同社が打ち出した戦略は、ITと経営の分断を解消し、データにもとづくリアルタイムな意思決定を可能にする点が特徴だ。
特にAIOpsとビジネスオブザーバビリティの融合は、エンジニアだけでなく経営層や事業部門にも価値を提供する。生成AIの普及でシステムの複雑性が増す中、こうした取り組みは競争力の源泉となる可能性がある。今後、日本企業がどこまで変革を取り込めるかが鍵を握るだろう。













