彗星の起源「オールト雲」と未解明の力学
夜空に突然現れ、そして去っていく天体、彗星。この彗星は、いったいどこからやって来るのか。現代天文学は「オールト雲」と呼ばれる、太陽系のはるか外側に広がる天体の集まりがその供給源だとする仮説が提示されている。連載「最新研究から読み解く 天文学・宇宙物理学の最前線」の過去回はこちらを参照。
このオールト雲は、太陽からの距離が1000~10万天文単位(1天文単位は地球と太陽の距離)の遠方に存在するとされる、氷や塵を含む小天体の集まりだ。10万天文単位は1.6光年に相当し、この距離ではもはや太陽だけが重力的に支配的とはいえない。それほど遠方まで分布していることを意味する。
しかし、今のところその存在は確かめられておらず、仮説上の存在である。そして、仮にそれが存在し彗星の源だったとしても、どのような仕組みでそれらが太陽の近くまでやって来て、観測されるようになるのかについては、なお議論が続いている。
オールト雲の構成天体が彗星として姿を現すためには、銀河全体の潮汐力や近傍恒星の通過、星間空間に広がる巨大なガス雲などの重力的擾乱を受けてその軌道が乱され、近日点が太陽に近い領域まで移される必要がある。
そんな中、「彗星はダークマターに弾き飛ばされているのではないか?」という、一見奇妙な仮説を真面目に検討した論文「“OORT CLOUD BOMBARDMENT BY DARK MATTER”」が発表された。
オールト雲を構成すると考えられているのは、水、一酸化炭素、二酸化炭素、メタン、アンモニアなどの氷と、岩石質の塵や有機物が混ざった小天体。これらが太陽に近づくと氷が昇華してガスや塵を放出し彗星として観測される、というのがオールト雲を彗星の供給源とする説の基本的なシナリオである。
ダークマターは彗星を送り込むのか - 原始ブラックホール仮説
原始彗星たるこれら小天体は、太陽から遠いとはいえ、緩く束縛された軌道上にある。外力が働かない限り、その軌道が大きく変わることはないはずだ。それがなぜ、その一部だけが軌道を乱され、太陽近傍へ飛び込んでくるのか。
従来は、銀河潮汐力や近傍恒星の通過が、オールト雲天体を長周期彗星として送り込む主要因と考えられてきた。この論文の著者であるMouldは、それに加えて、ダークマターがコンパクトな天体として存在する場合にも、同様の効果が起こり得るのではないかと検討したものである。
ダークマターとは、光を出さず反射もしないため直接は見えないものの、重力を通じて宇宙の構造を支配している未知の物質だ。銀河がバラバラにならずに回転しているのも、このダークマターの重力があるからだと考えられている。
最近の研究では、このダークマターの一部は原始ブラックホールかもしれない、という仮説が検討されている。
原始ブラックホールとは、宇宙が生まれて間もないころ、物質やエネルギーが周囲より極端に密集した領域が、自らの重力で一気に収縮してできたと考えられるブラックホールである。普通のブラックホールが星の死によって生まれるのに対し、原始ブラックホールは宇宙の誕生そのものに由来すると考えられている。
もし、ダークマターの一部がこのようなブラックホールだったとしたら何が起きるのか。原始ブラックホールは光で見ることはできないが、十分な質量を持つコンパクトな天体であれば、その重力によって周囲の小天体の軌道を変えることができる。
それが高速で太陽系を通過し、オールト雲の近くをかすめると、まるでボウリングの球がピンを弾き飛ばすように周囲の原始彗星の軌道をかき乱す可能性がある。
数値シミュレーションが示す新たな可能性と今後の課題
実際に行われた数値シミュレーションでは、ダークマター天体の質量や接近距離を変えながら、オールト雲天体が太陽近傍へ送り込まれる頻度を見積もった。その結果、一定の条件のもとで原始ブラックホールがオールト雲を通過した場合、彗星が太陽近傍へ送り込まれる頻度が、観測されている彗星の出現回数と同じ程度になることが示された。
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原始ブラックホールのようなコンパクトなダークマターがオールト雲を通過した場合に、彗星が太陽近傍へ送り込まれる頻度を見積もったシミュレーション結果。縦軸はダークマター天体の質量、横軸はオールト雲天体への接近距離の上限を表し、色が明るいほど彗星の供給頻度が高いことを示す。一定の条件では、観測される彗星の出現頻度と同程度になり得ることが示されている。論文より(軸ラベル和訳は著者)
これは、彗星がダークマターによって送り込まれるという、これまでにない視点を与えてくれる結果だ。もちろん、この結果だけで彗星の発生要因を確定できるわけではない。
そもそも原始ブラックホールが本当に存在するのか、存在したとしてそれがダークマターのどれくらいの割合を占めているのかなど、今後の研究課題は山積みだ。ここで重要なのは、彗星という比較的身近な天体現象が、宇宙最大の謎であるダークマターの正体に迫る手がかりになり得る、ということ。
昔の人は彗星をほうき星と呼び不吉な前触れや神の使いと考えてきたが、現代の私たちにとっての彗星はそれどころか、宇宙の最大の謎にヒントを与えてくれるこの上もない福音なのかもしれない。
