2003年のOpteronの発表以来、2006年のデュアルコア製品の発表くらいまでの3年間はK8アーキテクチャはまさに無敵であった。K8アーキテクチャはAMDのPC市場での復権と、サーバー市場への参入を可能とした点においてまさに画期的な出来事であった。しかしマイクロプロセッサの王者インテルを相手とする技術競争はそんなに甘いものではなかった。K8の快進撃にインテルの最新アーキテクチャ"Core(コア)マイクロアーキテクチャ"が立ちはだかった(インテルの正式発表は2006年の第一四半期)。それまでの深いパイプライン構造と業界随一のプロセス技術(微細加工技術)を強力に組み合わせ、ひたすら動作周波数を上げていって他を圧倒するというネットバースト・アーキテクチャの限界を悟ったインテルは、数年前からイスラエルのデザインチームに全く新しいアーキテクチャの開発を急がせていた。その結果がコア・アーキテクチャである。

以下にコア・アーキテクチャの概要を示す。

  • 基本設計の一番の目的を、クロック周波数自体の向上から一クロック毎の性能向上に転換。
  • コンピューターとしての性能を追求しながら、消費電力の低減も追及。
  • 当初から複数のCPUコアを実装することを念頭に基本アーキテクチャを最適化。
  • 最先端微細加工技術により可能となる比較的大きい内蔵キャッシュ(6MB)を搭載、そのキャッシュをL2キャッシュとして二つのCPUコアがシェアする効率の良いキャッシュ設計。
  • 消費電力を少しでも抑えるためにプロセッサコアの回路ごとのパワー・マネジメントの導入。

インテルのCore 2Duo CPU - Meromコア (写真提供:長本尚志氏)

このようなアーキテクチャを見ると、インテルは明らかにK8を研究し、それを凌ぐCPUの設計を目指していたことがわかる。この設計チームが本国アメリカではなく、本拠地がイスラエルのデザインセンターであったことも興味深い。

インテルはコア・アーキテクチャを採用した製品を3種類リリースした、モバイル用のMerom、デスクトップ用のConroe、そしてサーバー用のWoodcrestである。通常AMDもインテルも新製品のリリースの6か月くらい前から社内で性能試験をした結果などを踏まえ、自社製品の優位性をまとめたプレゼンをお客に配り始める。もちろんNDAベースであるが、こういった情報はいろいろなチャネルから漏れてくるのが常識だ。

我々も情報を集めてOpteron、AthlonX2とインテルの新製品との性能比較に注目した。すると、どうも今回のコア・アーキテクチャはかなり出来がいいことがわかってきた。Opteronのデュアルコアの登場で、前述したスパコンへの採用などでも証明されたように、向かうところ敵なしだったK8にも強力なライバルが出現したことが明らかになった。正式な製品のリリースは6か月先とはいえ、こうした情報をすでに入手している顧客側の反応が次第に変わってきたのが感じられた。"AMDのK8ベースの将来製品はインテルのコアに本当に対抗できるのか?"、という質問をほとんどの顧客から受けるようになった。

そこで、できるだけ広く集めた情報、客の反応などを本社と共有し我々の危惧を伝えるのだが、本社は、"コア・アーキテクチャ恐れるに足らず"、の強気の姿勢を一向に変えない。この本社の態度に業を煮やした同僚は私に、"本社はOpteronの成功に酔っているのではないのか? 我々の警鐘に全く耳を貸さないというのはどういうことだ?"、と憤慨している。こういった状況は本社のマーケティングと各国の営業では日常茶飯事だ。

つまり、本社のマーケティングは"この製品はこれだけの優位性があるのだから営業がしっかりしていれば高い値段で必ず売れるはずだ"、と言い、現場を預かっている営業は、"この製品は競合に比較して優位性がないので値段を下げないと売れない"という違う立場どうしの議論だ。私の30余年にわたる営業、マーケティングの経験でこうした会話が何千回と繰り返されたことか。営業対マーケティングの議論は典型的に下記の状況のどれかで行われる。

営業 x マーケティングの対峙はビジネスの常であるどのような場合にも営業はつらい立場にあるものである (著者所蔵写真)

  1. 営業も製品もしっかりしているので放っておいても売れる - この場合、議論は起こらず、ひたすら売りまくるだけである。
  2. 製品は優秀なのだが営業がだらしないので客から足元を見られている - この議論は本当に営業がしっかりしていない場合は正論だが、製品力が落ちてきている場合は果てしない議論となる。
  3. 営業はしっかりしているのだが、製品の競合に対する優位性が左程ない、あるいは劣っているので値段を下げでもしなければ売れない - 2. の変形だが、製品力がないのを本社が認めない場合にこの議論が起こる。本社が市場を理解しないで言っているのであれば営業の説明力が足りないのである。本社が市場を理解したうえで言っているのであれば、営業は殆どなす術がなく、営業成績でやはり責められる。

Opteronが登場したころは明らかに1. の状況であった。しかし、コア・アーキテクチャの登場を前にして状況が1. から3. へとシフトしていくのを肌で感じ取った私は、ある日、本社から来日していたマーケティングの人間を連れ出してホテルのバーで一杯やることにした。そこで私は、"本当のところはどうなんだ?"、と聞くと彼は、"コア・アーキテクチャの優秀性は本社が一番よく知っている。製品テストの結果もOpteronの強力なライバルになることを示している。しかし、我々には現在Opteronの延長でコア・アーキテクチャの進撃を封じるものはない。デュアル・コア(2コア)の次に控えるクアッド・コア(4コア)の製品が出てくるまで何とか踏ん張るしかないのだ"、という答えだった。

そのころAMD本社では初の4コア製品(コードネームBarcelona)の設計が粛々と進められていた。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Device)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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