宇宙のほぼすべての銀河の中心には、太陽質量の数百万倍から100億倍に及ぶ超大質量ブラックホール(SMBH)が存在すると考えられている。しかし、SMBHは宇宙誕生からわずか3〜4億年後というきわめて初期の時点ですでに存在していることが確認されており、これほど短時間で形成されたメカニズムは謎に包まれている。

現在、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)による観測で、誕生から10億年に満たない初期宇宙において謎の小さな赤い天体「リトル・レッド・ドット」(LRD)が多数発見されている。LRDは、現在のSMBHに成長する前段階の小型SMBHが誕生した直後の初期銀河の姿である可能性があるとされている。

国立天文台(NAOJ)、神奈川大学、千葉大学の3者は、NAOJの天文シミュレーションプロジェクトが運用する天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイIII」を用いてシミュレーションを実施。SMBHの下限にあたる太陽質量の約100万倍という巨大な「重い種ブラックホール」(BH)が原始銀河団で自然に形成され、宇宙誕生から約6億年後には太陽質量の約3,000万倍にまで急成長する過程を再現することに成功したと、9月17日に共同発表した。

  • アテルイIIIによるシミュレーションで描き出された、ガスに包まれたSMBHが急成長する姿。高温な領域ほど赤く色付けされている (クレジット:鄭昇明、武田隆顕、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト) (出所:NAOJ CfCA Webサイト)

    アテルイIIIによるシミュレーションで描き出された、ガスに包まれたSMBHが急成長する姿。高温な領域ほど赤く色付けされている (クレジット:鄭昇明、武田隆顕、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト) (出所:NAOJ CfCA Webサイト)

同成果は、独・マックス・プランク天体物理学研究所のチョン・スンミョン研究員、神奈川大 工学部の平野信吾特別助教、千葉大 情報戦略機構の石山智明准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、シュプリンガー・ネイチャー社が刊行する世界最高峰の総合学術誌「Nature」に掲載された。

謎の「小さな赤い点」と超大質量ブラックホールを結びつける挑戦

LRDを急成長中の小型SMBHを含む初期銀河と仮定した場合の課題は、小型SMBHの質量がLRDに含まれるすべての星の合計質量から予想されるよりもはるかに大きな「過大質量BH」となってしまう点だ。このようなSMBHが初期宇宙にいかにして形成され、なぜ小さな赤い点として観測されるのかは大きな謎となっている。

この謎を解くには、周囲の銀河が放つ光がガスの冷却や収縮に与える影響を含め、数億光年規模の大規模構造から数光年のガス雲規模までを統合的に扱う必要がある。しかし、従来のシミュレーションでは膨大な計算量が大きな障壁となっていた。そこで研究チームは今回、宇宙初期の原始銀河団からSMBHまでを段階的に計算する「ズームイン・シミュレーション」の手法を構築し、この問題に挑むことにした。

今回の研究成果

今回の手法では、まずダークマターの運動や分布も考慮した模擬宇宙のデータ内から、銀河が密集し重い種BHの形成に適した領域が選定された。次に、選定された領域でガスが動いて天体に進化する過程について、アテルイIIIを用いて詳細な計算が行われた。このシミュレーションでは、ガス雲の収縮、超大質量星の形成、それが重力崩壊した結果生まれる特大の恒星質量ブラックホール、そしてその後の成長までが追跡された。

計算には、重力とガスの運動に加え、星やSMBHから放射される光がガスの温度や化学反応に与える影響も同時に解く「輻射流体シミュレーション」が採用された。さらに、高解像度の計算を組み合わせることで、SMBH周囲のガス円盤の挙動までもが調べられた。また今回の手法では、あらかじめSMBHを仮定することなく、どのような環境で過大質量BHが生まれるのかを直接計算することで、その自然な成長プロセスの追跡が実現された。

【動画】「謎の『小さく赤い点』の正体に迫る—ガスに包まれたブラックホールの急成長を再現—」 出所:YouTube国立天文台天文シミュレーションプロジェクト(CfCA)公式チャンネル)

シミュレーションでは、過密な原始銀河団内で明るく輝く銀河が放つ強い紫外線が、近くのガス雲の冷却を妨げ、星形成を遅らせることが確認された。これにより、ガス雲を取り囲むダークマターが集まり続け、その強力な重力によって大量のガスが集まる様子が捉えられた。やがてガスの収縮が始まり、誕生した原始星が急成長することで超大質量星に進化。最も重いものは太陽の50万〜90万倍という、SMBHの下限に近い質量に達した。これらが進化することで、太陽質量の約100万倍という「重い種BH」が自然に形成されることが判明した。

誕生したばかりの重い種BHの周囲には高密度のガス円盤が形成され、そこから大量のガスが供給されることも明らかにされた。一時的には、きわめて激しいガスの流入である「超エディントン降着」も生じ、重い種BHは宇宙誕生から約6億年後には太陽質量の約3000万倍にまで急成長を遂げた。一方、シミュレーションでは軽い種BHも生まれたが、それらはガスを集めることができず、ほとんど成長しなかったという。このように、重い種BHが選択的に豊富なガスを取り込んで急成長し、若い銀河に対して過大質量BHが形成される仕組みが示された。

  • 原始銀河団内のガス分布と、その中での重い種BHの形成・成長のシミュレーション。(a)近傍の星形成銀河(白い点線内の領域)から強い紫外線を受けたガス雲内で超大質量星が形成され、その後の進化によって重い種BH(黒い星印)が誕生。(b)この時は2個の重い種BHが形成され、近傍の銀河へ移動しながら成長していった。(c)やがて、重い種BHはガスの濃い銀河の中心へ移動し、さらにガスを飲み込みながら成長することが確認された。(d)このような重い種BHの形成と成長は、約5億光年の範囲の中の最も銀河が密集する原始銀河団で起こったという (クレジット:Chon et al. 2026) (出所:NAOJ CfCA Webサイト)

    原始銀河団内のガス分布と、その中での重い種BHの形成・成長のシミュレーション。(a)近傍の星形成銀河(白い点線内の領域)から強い紫外線を受けたガス雲内で超大質量星が形成され、その後の進化によって重い種BH(黒い星印)が誕生。(b)この時は2個の重い種BHが形成され、近傍の銀河へ移動しながら成長していった。(c)やがて、重い種BHはガスの濃い銀河の中心へ移動し、さらにガスを飲み込みながら成長することが確認された。(d)このような重い種BHの形成と成長は、約5億光年の範囲の中の最も銀河が密集する原始銀河団で起こったという (クレジット:Chon et al. 2026) (出所:NAOJ CfCA Webサイト)

さらに、成長するSMBH周辺のガスが放つ光は、それを包む濃いガスの中で吸収や散乱を繰り返した後、外へ放出される。その結果、赤い光が強くなるのと同時に、水素の光も電子による散乱で広がり、LRDに特徴的な幅広い輝線が生まれることが解明された。つまり、過大質量BHが形成される環境そのものが、同時にその天体をLRDとして観測される条件も作り出していたことが示されたのである。今回の研究は、重い種BHの誕生、急速な過大質量BHへの成長、そしてLRDとして観測される姿を、1つの物理過程として初めて結びつけることに成功した形だ。

  • シミュレーションが描き出した、重い種BH周囲のガス円盤の様子。重い種BH誕生直後(誕生後2万6000年時点)の姿。(左)重い種BHを円盤上空から見たもの。(右)円盤方向から見たもの。誕生直後の重い種BHは、濃く厚いガス円盤に包まれており、このガスによって、LRDで観測される赤い光や幅広い水素の光が生み出されるとした (クレジット:Chon et al. 2026) (出所:NAOJ CfCA Webサイト)

    シミュレーションが描き出した、重い種BH周囲のガス円盤の様子。重い種BH誕生直後(誕生後2万6000年時点)の姿。(左)重い種BHを円盤上空から見たもの。(右)円盤方向から見たもの。誕生直後の重い種BHは、濃く厚いガス円盤に包まれており、このガスによって、LRDで観測される赤い光や幅広い水素の光が生み出されるとした (クレジット:Chon et al. 2026) (出所:NAOJ CfCA Webサイト)

今後は、JWSTが観測する多様なLRDと比較し、どの程度の割合の天体が今回の仕組みで説明できるのかを確かめることが重要とする。また、LRDが非常に明るく輝く銀河「クェーサー」に進化するのかどうかも注目されているとした。そのためには、SMBH周辺から吹き出すガスのジェットや円盤風の効果、銀河規模で長く続くSMBHへのガス供給を含めた計算によって、重い種BHが最終的に10億太陽質量を超えるSMBHへ成長するのかを検証する必要があるとする。

このようにJWSTによる観測とアテルイIIIを用いた精密なシミュレーションを組み合わせることで、宇宙最初期の天体として観測されるLRDと、現在の銀河中心にあるSMBHをつなぐ進化の歴史が明らかになることが期待されるとしている。